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十七話 女と王子一行の話

「ノア達が王都に帰ってきたようだ」


 そうディーノはエリシスに告げた。

 その時エリシスはベットに横たわり、使用人たちのマッサージを受けているところだった。気持ち良さそうに細めていた目を開いて、ディーノに話を促す。


「その、ノアという方はどんな方かしら」


 エリシスはディーノに、エリシスを阻みそうなものが現れたら報告するようにと命じている。そう、ディーノはエリシスの敵として、ディーノの名をあげたのだ。


「ノアはこの国の第四王子だ。王位継承権を放棄して、王家を出て自由にしているがーー民の人気は高い。むしろ人気が高すぎて、扱いに困っているほどだ。

 彼の母は側妃ではない。後宮に仕える平民の下働きだったらしいが、王が戯れに手を出して、妊娠させてしまった。彼女は豪商の出だったので、王はノアに王子の位を与えて飼うことにしたそうだ。


 だが、本人が優秀すぎてな。いつ殺されるかと興味津々だったのだが──危なくなる前に逃げ出したというわけだ」

「そうなの……」


 もと、とはいえ王子がいる、ということにエリシスは考えを巡らせる。

 その王子とディーノでは、どちらが良いコマになるだろうか──


「その王子様は、もう王家とは何の関係もないのかしら? たとえば、あなたとその方なら、どちらが王に近いの?」

「ノアだな。先ほども言ったが、ノアは民の人気が高い。それ故に、王家は──王は、度々ノアを王城に招いて民へのアピールをしている。

 王都に戻った時は、必ず一度は呼び出しているはずだ」

「あら、そう」


 理想的な相手の出現に、エリシスは唇を綻ばせた。彼を通じれば効率的に王城に入り込むことができそうだった。残念なことに、ディーノの副団長という立場では、彼女の思うように城内を動くことができないでいたのだ。


「その人が欲しいわね──ねぇ、今度会わせてくださらない?」


 背中のマッサージが終わり、エリシスの髪に香油が垂らされた。一滴が半銀貨一枚にもなるほどの高級な油が、惜しげもなく使われる。強い力で頭頂部や耳の後ろをもみしほぐされ、エリシスは非常に良い気分だった。


「では、そのように手配しよう。ノアのパーティメンバーはどうする?」

「パーティメンバー? あぁ。冒険者だったわね。どんな人がいるの?」


 余りの気持ちよさに眠りに落ちてゆくようだった。口をついてくる欠伸を噛み殺しながら、エリシスは次の手を考えていた。


 一見のんびりと怠惰な生活を送っているようだが、エリシスの現状は決して良いものではなかった。なんといっても、先に王都に潜入しているはずの仲間との連絡がまったく取れていないのだ。

 その仲間はエリシスが足元にも及ばないほどの魔術師であった。それなのに、どうして合流してこないのか。


 ここ数日、エリシスが外出しているのはその為であった。おかげで可愛い魔犬(ペット)を得ることができたが、彼の所在については気にかかってしまう。


 どこで何をやっているのやら──

 エリシスにとっては、魔人は同胞であるとともに、誘惑できない異物でもある。特に魔術師などは、彼女の術を破ってくる忌々しい相手であった。


「魔術師がいる。師匠に宮廷魔術師を持つ、優秀な魔術師(おとこ)だ」

「そう、魔術師なの。でも男なら何とかなるわ」


 面倒な事、とエリシスがため息を付く。優秀な魔術師というならば、王都の異変も気がついているかもしれない。これは、エリシスの魔術だけではなく、補助魔具をしっかりと準備したほうが良いかもしれない。


 今使っている補助魔具はすばらしい出来だった。ロブヌターイーターの殻で作られたアクセサリーがあると聞き、取り寄せてみれば、魔術の伝導効率が非常によかったのだ。しかも、元が魔獣であるためか、魔族の術と非常に相性が良い。市場のイーターの殻を買い漁って、補助魔具に組み込んでみれば、目を見張るほどの上昇効果を示したのだった。


 もちろん、エリシスが喜んでそれをばら撒いたのは言うまでもない。

 現在、王都の中では、エリシスの魔術の効果がとんでもないことになっている。この中にいる限り、エリシスに負けなどないはずだった。


「そいつは”聖者”だ」

「え?」


 思いもよらないディーノの言葉に、エリシスが気の抜けた声を出した。

 聖者──それは。


「ど、どうして聖者がいるの? 聖女と聖者はどちらかしかいないはずでしょう。それとも、勇者と旅に出たのが偽者だとでもいうの?」


 神の声を聞く神託(スキル)を持つのは、一世代に一人というのが一般常識である。聖女か聖者かどちらかしかいないはずだった。

 最高神であるオラファーブの寵を受けるという聖人達は、聖属性の魔術を使わせたら右に出るものはいない。神の愛を一身にうけている為と言われているのだが、そんな聖者の存在は、魔物にとっては天敵のような存在であった。


「いえ、ただ聖女も正しく聖女。ただ、聖者もいる、というだけだな。

 聖者であるハーヴィは、そのスキルを持つ為に神殿に殺されかけた。それを、彼の兄である神官(リヴ)がかばって逃げたのだ。

 そういえば、リヴも神の憶えめでたい神官だと言われていたことがあるな。ハーヴィのこともあり、今は神殿を離れているが、あのまま神殿にいれば大神官になれただろう」

「どういうことかしら。聖者に神官ですって?」


 ありえない組み合わせが獲物(ノア)の前に立ちふさがっていることを知って、エリシスが失望の息を吐く。ノアを得ようとしたならば、聖者と優秀な神官が敵に回るということだった。

 だが、もしも彼らを手札にできればどうだろう──エリシスは己の力を知っていた。

 熟れた豊満な肢体と、相手の理想を映す顔。色彩こそ変わらないが、人々はエリシスに理想の女性を投影させて魅了の術に落ちる。それこそがエリシスの強みであった。


 自分ならばできる。彼らを虜にすることができる。とエリシスは自分に言い聞かせた。

 今の王都はエリシスの巣も同様──これだけ補助がかかった状態ならば、いくら聖者といえども術にかからないわけがない。


「あとは、ハーヴィの妻であるルリだな。彼女はピアニー伯爵の娘で、かつてノアの婚約者だった女性だ。ノアが王家を離れるときに婚約も解かれたが、その時にはハーヴィと恋仲だったと聞く。いつの間に知り合ったのか」

「そう……いえ、ありがとう。少ししたら王子様と会いたいの。手配してちょうだい」

「わかった」


 少し時間を置いたほうがいい、とエリシスは判断した。

 エリシスの準備した補助魔具は王都に溢れている。王都の空気を吸えば吸うほど、身体の中から魔具に浸されていくのだ。十分な時間を置いて、ノア達がエリシスの術にかかり易くなってから動くべきだった。

 もちろん、そう長い時間は不要だ。ほんの二・三日、王都にいてくれれば良いはずだった。

 否、万全を期すならば五日──これで十分なはずだ。


「三日──いえ、五日後。そうね、五日後にしましょう」


 その日を思って、エリシスは微笑を浮かべた。


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