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十六話 王子一行との再会

「うわ、あれ──」

「ちょうちょ結びだね。あ、あそこ固結びになってる」


 メディエは絶句し、セシルはツッコンだ。


 本日の依頼は卵の回収だった。それも、”走りヘビ”と呼ばれる種類のヘビの卵の回収だ。

 走りヘビは正真正銘のヘビである。足などついてはいない。ではなぜ”走り蛇”なのかというと、彼らの習性にある。


 走りヘビは番になると結ばれる。

 言葉のあやではなく、イメージの問題でもなく、物理的に結ばれるのだ。


 雄雌の半分くらいを起点として、くるりと輪っかになる。雄が雌を抱えるように丸く輪を描くと、今度は雌が雄の体に添って輪を作る。そこを雄がくぐって、また輪になって……と何度か繰り返した結果、みごとなちょうちょ結びが出来上がるのだった。


 そして、そのちょうちょ結びは、二人に気がつくと──二本の尻尾で立ち上がり、みごとなバランスを保って走り始めたのだ。


「ふおおおおおおぉぉぉぉ──」


 メディエが感嘆の声を上げる。

 ときどきバランスをくずして倒れていたり、雌雄で逃げる方向がちがって押し問答になっているのは、愛嬌というやつであろう。

 どれだけのペアが、番の相手を間違えたと思っているのか、それは二人にはわからなかった。


 あっというまに走りヘビたちが隣の部屋に逃げ込んでしまい、メディエたちは空になった飼育部屋を見まわした。

 よく見ると、地面に引いてある干し草や藁の中に、茶色の卵がいくつも隠されているのがわかった。彼らは、かなり巧妙に卵を隠していた。


「え~っと。今回の依頼は、”イキモノノカンテイ”をかけて、”食用タマゴ”表記の物だけ集めるんだっけ」


 卵が壊れないようにと渡された、卵専用の箱を開けてメディエが言う。

 箱の中には卵一個一個を納めておける窪みがいくつもあり、その周りはスポンジのような物で保護されていた。

 まるで低反発なんちゃらのような弾力を持つそのスポンジを、指で押して楽しみながらメディエは周りを見回した。


「けっこ~、卵あるよね?」

「そうだね。さて、食用タマゴはどれくらいの割合で存在してるのかな」


 セシルが手じかにあった卵を掘り出して、魔術をかける。すると”ヘビノタマゴ”と表示が出てきた。

 ついでとばかりに知覚(パシーブ)を行うと、”有精卵(蛇)、孵化まで三日”であった。

 なるほど、中で蛇が育っているから食用ではない、ということなのだろう。


「よっしゃ! じゃぁ、どっちが先にノルマクリアするか──勝負だ!」

「いいよ。もし私が勝ったら、今日は薔薇風呂にして」

「えぇ~。んじゃ、オレが勝ったら──イーター様でグラタン作ってよ! ほこほこのグラタンが食べたいなぁ~」


 料理はセシルの当番である。

 メディエにまかせてしまったら、何をどうするかわからない、というのがセシルの認識だった。おかしな食材と使われるよりは、自分が作った方が安心安全だった。


「はいはい、勝ったらね」


 と、言いながらもセシルの中では晩御飯はイーターのグラタンに決まっていた。

 なんといってもお手軽料理なのだ。

 ゆでて殻を剥いたイーターを一口サイズに切り、ホワイトソースに絡めて焼くだけ。必要ならば、チーズを乗せたり、野菜を加えてもいい。

 ホワイトソースもチーズも、王都では簡単に手に入るものであるため、グラタンやシチューはセシルの味方なのであった。


「それじゃぁ──」

「よーい……、ドン」


 目配せをしてタイミングを計ると、メディエの合図で二人は同時に駆けだした。




 ○ ○ ○




 メディエは上機嫌だった。途中で魔術を使うことを思いついたため、タマゴ集めの時間を大幅に短縮できたのだった。やはりカゼノヤイバはすごい! とメディエは認識を新たにしたのだ。

 その点、一つ一つタマゴを拾い集めていたのはセシルだった。セシルはまじめすぎる、とメディエは常々考えている。

 もっと効率的にいかなきゃ、というのが勝者の言であった。


 ノルマをしっかりと抱えて、王都まで帰ってくる。二人はこの門をくぐる前に、カゼノヤイバを使用して風の膜を作った。それは、周囲の空気に触れないための必需品であった。

 二人にとって、もはや王都の空気は凶器だったのだ。

 密室で炊きすぎた線香のように、飲み会で香水付けすぎの女性に横に座られてしまったかのように。行き過ぎた匂いが二人に襲いかかってくるのだ。


 とはいえ、人は新鮮な空気が無くては生きていけない。二人は、自分たちとはるか上空をつなぐ風の道をつくり、新鮮な空気を得ているのだ。

 

「ん~。ちょっと魔力喰うねぇ」

「どこと繋げているの。ギリギリにしておけば、そこまで魔力は必要ないはずだよ」

「ん~。上の方?」


 メディエが空を指差す。その先、はるか上空を一羽の鳥が滑空していた。


「トンビみたいだね」

「むしろカモメじゃね? ──って、遠すぎて見えねぇな」

「カモメ……って、海にいるんじゃなかった?」


 二人が見上げる前で、その鳥は天空でくるりと輪を描いて、南東の空高く消えていった。


「いっちゃったよ」

「いつか、あんな風に空を飛んでみたいなぁ……」


 メディエが夢の様な事を言う。メディエの言うそれが、ただの軽口なのか、本気なのか、それはセシルには分からなかった。


「ま、ほどほどにね」

「うっし! 魔術もかけたし、王都に乗り込もうか!」


 ぱん、と気合を入れてメディエが王都への門を見ると、いつもの通り数人が入口の前で入門のチェックを受けていた。これまたいつもの通り、周囲を行商人が取り囲んで売り込みをしている。

 だいたい四グループ、二十人前後だろうか、とセシルは並んでいる人々を観察した。

 最後尾に並ぶために、二人は列に近づいて──足が止まった。見知った人物がいたのだ。


「あら、あなたたち。こんにちは、元気にしていた?」


 どうしようかと相談する暇もなく、声をかけられてしまって、メディエはセシルの後ろに身を隠す。

 そこにいたのは、以前世話になった冒険者のグループだったのだ。今回は全員がそろっているようで──ということは、いるのだ。アノ規格外れに大きな神官が。


「こ、こんにちは……」

「こんにちは。えっと、伯爵様がたすけてくれました。えっと──ありがとうございます?」

「ふふふ。ハーヴィがどうしても……っていうから。あなたたちに貸しを押し付けようというのではないから、気にしないでね」


 気にしないで、と言われれば気にするに決まっている。それが分かっていて言うルリの後ろには、三人の男がいてセシル達を見ていた。

 一人は言うまでもなく魔術師のハーヴィ。そして、リーダーである戦士のノアと、力強い肢体を持つ神官──とはとても思えない風体のリヴ。

 こみあげてくる恐怖をセシルの後ろに隠して、メディエは三人に声をかけた。


「こんにちは」


 口にしながらも、どんどんと声は細く小さくなってゆく。ほとんど消えてしまいそうな声で、挨拶をしてメディエは顔を隠した。


「メディエったら、もう! すみません、メディエが怖がっちゃって」

「いや。慣れている」

「まぁ、子供には、良く逃げられているな」


 諦めたようにリヴが返し、ノアがリヴの肩を叩いて慰める。ハーヴィは、セシルの後ろに隠れるメディエを睨んでいた。


「……あんまり、兄さんをいじめないでよね」


 ハーヴィの溜めが怖い、とメディエは頬を引きつらせた。今にも、親指で喉を掻っ切る仕草をしそうなほどの凶悪な顔をしていたのだ。


「あの……怖くないです。あの時は、その……」

「こちらも怖がらせてすまなかった。あぁ、近づかないから安心しなさい」

「はい……ごめんなさい……」


 セシルの背中からメディエが顔だけを覗かせて、困り顔のリヴと顔を見合わせて──そっと視線をそらせた。


「あれ──? そういえば、王都を出たって誰かが言ってたような。帰ってきたんですか?」


 こんなタイミングで? とセシルが疑問に思う。それとも、何かが起こったから──起こっているから、帰ってきたのだろうか。


「ああ、うん。今、王都で良くない事が起きてるみたいだからね」

「そういえば、君たちは王都で生活しているんだったな。最近、何か異変が起きていないだろうか」


 ノアに聞かれて、二人は”異変”について考えてみた。

 異変──なにか変ったことが起きたか──?


「う~ん、特には思いつかないかなぁ? あ、今日は蛇の卵を取りに行ってたんだよ」

「だよね。最近は──ちょっと匂いがきつくなっただけだよね。ん──匂い?」


 セシルは思い当たった。王都を包み込むこの”匂い”は十分に異変なのではないだろうか。


「うんうん。犬達も相変わらずだし……あっ!」


 メディエは考えてみた。王都中に”魔犬”が出ると言うのは、異変ではないか? きっと異変だろう。


「異変、ありました」

「うん、忘れてた事にびっくり」


 慣れってこわいなぁ、と二人は王都で起こっている事を、詳しく話し出したのだった。 


走り蛇:食材。番う前の若い肉がササミっぽくて美味しい。ここでは鳥類は少ないので、爬虫類を飼って卵を食べています。

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