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十五話 女と犬、盗賊と騎士


 魔獣にはランクがある。


 たとえば、犬系魔獣の場合、最低ランクにハウンドドックとダブルヘッドがいる。この種は体は大きいが、頭が悪く力も弱い。

 精神攻撃が可能なハウンドドックに比べて、ダブルヘッドは有益なスキルを何も持っていない。それこそペットと違うのは、頭が二つあるという、ただそれだけだった。

 頭が悪いために本能に負け、人里に餌を求めて現れては駆除されるということが頻繁に起きていた。


 集落と街道を離れると、出現するのは中級魔犬のスカーレットテイルとシルバーキリングになる。

 どちらもハウンドドックと同じ精神攻撃スキルを持つ頭の良い魔犬である。しかも、彼らは群れを作るため、非常に厄介な相手となる。

 魔犬が十頭もいれば、偽竜(レッサードラゴン)を殺すことも可能だと言われるほどに、彼らは身体能力が高く、チームワークが良い。


 その魔犬の群れを王都内で見つけた時、女──エリシスは眼を疑った。


 見つけた相手は、スカーレットテイルとシルバーキリング、ハウンドドックの混合の群れで、数は十頭を超えていたのだ。

 もっともまだ若い固体のようで、大きな個体でも一メートルにもなっていない。犬系の魔獣は餌が良ければ四・五日で三メートルに成長するので、生まれたばかりか、餌が十分にとれなかったのか、どちらかだろう。

 低く唸り声を上げる群れに包囲されながら、エリシスは馬車を停めさせた。


 魔獣の包囲する真中に馬車を停める。御者が正気だったならば、決して行わない事だった。

 けれど、御者はエリシスの命令に忠実に馬車を停止させる。

 その周辺には人はおらず、魔犬から守る者すら誰もいなかった。


「開けて頂戴」


 馬車の扉を開けろという命令にすら、御者はしたがってみせた。


 魔犬達の目が御者台から降りてくる人を見つめ、馬車の中を探る。

 犬達にとって、目の前の”人”はまずくはない程度の餌であった。あまり強くはないようだが、空腹を満たすくらいはできるだろう、ということだ。群れが大きくなると狩りは楽になるが、餌が十分に回らない事がある。そのための、一時しのぎというところだった。

 彼らにとっての”ごちそう”には、まだまだ手が届かない。


 魔犬達が監視する中、馬車の扉は開かれて中から人族の女──エリシスが降りたった。

 武器の一つも持たないまま、群れの中に体をさらしてみせたのだ。


 しかし、エリシスの匂いを嗅いで──犬達は困惑した。

 餌の匂いではなかったのだ。

 コレは──食べ物ではない、と魔犬達は判断せざるをえなかった。


 エリシスの動きに合わせて揺れる青い外出着と、上着の上に重ねられた刺繍のスカーフが犬達の視線を引く。

 身をかがめて、エリシスは犬達への挨拶に手を差し出した。


「うふふふ……。こんにちは」


 一頭が手に鼻を近づけて──ぺろりと指を舐めたのが始まりだった。

 数頭がエリシスに飛びかかると、顔を舐めまわし、髪に頭をつっこもうとし、スカートの中に入り込む。

 その暴挙を、エリシスは笑って受け止めた。

 足に頭を擦りつけて甘えてくる魔犬達をやさしくなでてやる。エリシスにとっては、魔犬もペットも同じ犬だった。


「おまえたち、一緒にいらっしゃいな。ご飯はいくらでも用意できるわよ──もっとも、上等ではないけれどね」


 足にじゃれつく一頭を抱えあげて、エリシスが犬達を誘う。

 抱えた一頭ごと馬車に乗り込むと、他の犬達も馬車に乗ろうとして──乗り切れず、蹴落とされた。

 落ちてもあきらめられずに、鳴いてエリシスの意識を引き寄せようとする。


 それをほほえましく見て、エリシスは扉を閉めさせた。

 ゆっくりと動き始める馬車の後を、魔犬達追い始める。だんだんとスピードが上るのを、楽しそうに追いかけて──我に返ったように立ち止った。


 犬達は馬車を追いかけるのをやめ、物陰に移動する。耳を立てて音を拾い、鼻をひくつかせて周囲を探った。この周辺には、魔犬達ではかなわない者が多く存在することを、彼らは知っているのだ。

 物陰に身をひそめ、丹念に周囲を確認し、素早く移動する。

 魔犬達はゆっくりと確実に──そう、臆病なまでに手堅く、馬車を追って移動を始めた。


 彼らが目指すのは、馬車の入った先──貴族地区にある騎士団副長の屋敷こそが、彼らの目的地だった。




 ○ ○ ○




「今回の旅で一番驚いたのは、アンタが強いことだと思うんだよ」

「はァ? なんだ、いきなり」


 セクドの町の宿屋の一室に、怪我をしたツェイ用の部屋をとった。今の状態で大人数部屋は傷に触るだろうという理由で、ツェイが個室になり、かわりにあいた隙間にナルが入り込んでいたのだった。

 今、ナルがいるのは四人部屋。そこに押し込められたのは、エインたち三人の騎士とナルだった。


「まぁまぁ──王都を出る時に勇者がつれてきた一般人、ってことだっただろ? それが一人前に剣を振れるとかどうなってんのかねぇ。

 あ、いや。アンタが使うのはまっとうな剣じゃなくて、ナイフだったな」


 エインはツェイとヒイロが逃げ帰ってきた後に、魔獣の退治して帰ってきたナルの姿を覚えていた。

 長めのダガーと、切れ味のよさそうなナイフを数本、その全てが血を滴らせていたのだ。切れ味が鈍ると、丁寧に研いでいたのも、ちゃんと見ている。


「……何が言いたい」

「いや、なに。アンタには、どんな紐がついてるんだろうね~。──シーフ? アサシン?」

「シーフだ」


 紐などついてはいないと、ナルが吐き捨てる。そうかそうか、とエインは相槌を打ってみせた。

 周囲の騎士達は、ナルとエインを気にしているようで、しっかりと剣が手元に用意されていた。


「目的は?」


 エインの質問に、ナルは言いよどんだ。


「……魔人を探している。ソレに合うには、勇者と一緒にいるのが一番だからな」

「勇者は撒き餌か。どんな魔人よ」

「種族は兎人。成人男性。中肉中背でミミは白い」

「おいおい、また特徴がねぇな──」


 確かに、人探しとしてこれ以上分かり辛い説明もないだろう。

 しかし本当にそんな相手なのだから、仕方がないではないか。


「オレはソイツに豹人(オトコ)としての尊厳を傷つけられた。だから、見つけ出して後悔させてやる! ──というのが、オレの目的だ」

「へぇ──」


 尊厳とはまた御大層な言い様だと、エインは興味を覚えた。

 エインにとっては残念なことに、目の前の豹人は強い。人が相手でも、魔獣が相手でも、ナルはエインよりも上手く立ち回り、勝利するだろう。

 そのナルの身に何が起こったのか。エインの前にいるのは若く美しいネコ科の獣人──どんどん連想が進んでゆくのを、エインは頭をふって止めた。

 これ以上は推理でもない、連想でもない。ただの妄想だと。


「ちなみにソイツは、”封印のプレート”という重要アイテムを持っている。──どうだ、勇者の旅に同行するのにふさわしい名目だろう」

「はじめて聞いたぞ、なんだ、そのプレートってのは」

「さァ?」


 封印のプレート──字面をみるに、かなりの重要なアイテムだと思われた。

 何を封印しているのかは定かではないが、魔人が回収したというのならば彼らに必要なアイテムだったのだろうか。


 しかし、ナルも直接見たわけではないため、詳しくは話せない。


「情報屋から聞いただけだからなァ。詳しい使用方法は不明。──それこそ、魔術師サマの方が詳しいんじゃねェ?」


 すでに、それぞれのベットに分かれていった騎士達も、聞いたことがないと首を振った。


「封印のプレート……ねぇ……」


 もう一度、エインは確認するように呟いた。


魔犬ランク付け

 ハウンドドック:低級魔犬、精神攻撃が痛い

 ダブルヘッド:低級魔犬、身体能力アップ

 ヘルボイス:中級魔犬、ハウンドドックのベース能力アップ

 スカーレットテイル:中級魔犬、ダブルヘッドの能力アップ

 シルバーキリング:中級魔犬、爪に強毒あり

個々なら弱いですが、群れると強くなります。

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