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十四話 女は誘惑、乙女は

 ここ数日、ディーノはまるで夢の中にいるかのように、地に足のつかない思いでいた。


 それと言うのも、部下である第四団部隊長から女を紹介されたからだった。第四団といえば、王都の市街地の警護にあたっている部隊である。彼らは普段から市民と親しくしているし、その隊長もまた人々に頼られる存在なのだ。


 その隊長に声をかけられた時、ディーノは警戒した。

 なんといっても、彼の部下であるアレフを無理やり引き抜いたのは自分であるし、”政治的理由”を盾にした上司命令で説明と言う説明もしていない事を忘れていないからだった。恨まれている、と思っていたのだ。


 もっとも、その警戒は杞憂に終わった。

 隊長は合わせたい人がいると言って、ディーノの時間を求めてきただけだったのだ。


 ディーノは拍子抜けた。


 その隊長の紹介のままに合った女性は、なんというか──美人だった。

 なんでも親類縁者が魔獣に襲われ、逃げ出してきたのだという。かといって伝手などなく、どこかで雇ってもらおうとしても、この魔獣騒ぎ。女の細腕では、魔獣に対応することなどできはせず。店内従業員を募集している店では、誘われるのは愛人契約ばかりだったという。

 女性が立ち往生しているところに声をかけたのが第四団部隊長で、信頼できる者を探した結果、ディーノに相談することにしたのだというのだった。


 その女性は、”愛人契約”と言う物が納得できてしまうほどの美貌であった。

 赤い、燃えるように赤い髪と、相反するような清水を湛える青い瞳──

 その女性を見た瞬間、世界から色が消えるかのようだった。


 ディーノの視線が、女性の瞳に惹きつけられる。

 ただ、瞳の青だけが視界を染め上げ、聞こえるのは女性の鈴の音のような澄んだ声だけだった。

 足元が覚束なくなり、自分が立っているのか座っているのか。どこにいるのかすら、あやふやになる。そんな不思議な高揚感がしていた。


「ディーノ様。わたくしを助けて下さいますわね──ええ、ええ。嬉しいですわ、ええ。本当に嬉しい」

「勿論、お助けしますとも。お美しい方──」


 ディーノの頭の中に霧が──瞳から入り込んだ青い霧のようなものが、ディーノの心の奥深くに入り込んで──ディーノから現実を奪ってゆく。

 彼が認識できるのは、ただ女性の命令だけだった。


「ねぇ、ディーノ様。勇者をもっとお助けするべきですわ。たった六人の英雄を同行させただけでは不足でしょう?

 ですから、残りの英雄たちも皆、送ってあげましょうよ。

 勇者のため、ひいては世界のためですわ」

「英雄を送る──勇者の下に──」


 勇者は今どうしているのだろう、とディーノはポチから報告を思い出そうとした。

 しかし、今のディーノにとって、記憶をたどるのは重労働だった。

 何を考えればいいのか、どこから記憶を探ればいいのかもわからず、ありとあらゆる記憶を探って──ようやく朝の報告に辿り着くことができた。


「勇者はセクドの町にいるはず。かの地では領主が討伐されて──」

「あらあら。それでは勇者様は大変でしょう。助力を送りなさいませ」

「確かに今の状態は大変かもしれない。世界の為だな」

「そうですわ。世界のためです」


 ディーノの言葉に、安堵したように女性が笑みを深める。

 第四団部隊長も二人と同じように、勇者と世界のために、と笑顔で繰り返した。


「ああ。それと、わたくし今日からの宿がありませんの。泊めて下さいますか? ディーノ様」


 女性の美しく整えられた指が、ディーノにのばされる。ディーノはその手を丁寧にうけると、手の甲にキスのまねごとをして見せた。


「喜んでお泊めいたしますとも、美しい方」


 そう、数日前からディーノの館では、美しい女性が共に暮らしているのだ。

 今まで女性との縁がなかったのも、この女性の為だったのだろうと、ディーノは勝ち誇った気分であった。


 彼女の助言に従って、第二団の英雄たちを出発させたのが今朝のこと。勇者のために。そして、世界に平和をもたらすためにと、ディーノは繰り返した。




 ○ ○ ○




 ミーナは自分の目を疑った。


 その時、彼女はセクドの町に到着したばかりだった。

 数えるのもばかばかしくなるほどの伝令の仕事の中で、門前に集まっている騎士達──勇者一行を見つけたのだ。


 勇者はすでに町を出たと噂になっていて、それを聞いたミーナは尻尾をしんなりさせていたのだが、その勇者が帰って来ていたのだ。

 喜びに耳を立てたミーナは、勇者の姿を探して一行を伺った。


 そこで、見てしまったのだ。


 勇者が、自分ではない、ただの町娘と話をして、笑顔を見せ、何かを受け取っているのを。

 しかも、しかも。ミーナにとっては、町娘の服装も問題だった。彼女は女薬師特有のエプロンドレスと大きなポーチを下げている。

 そう、彼女は薬師だ。ミーナと同じ、薬師なのだ。


 それが、どうしてか勇者と話をして、笑いあい、プレゼントまで送っている──


 ミーナは自分が目の前が真っ暗になるようだった。それほどの衝撃だったのだ。


 どうして?

 勇者様──どうして、あたしじゃないんですか?

 だって、勇者様のためにお仕事をしているのに。

 勇者様とお話をするためだけにがんばっているのに、どうして?

 あたしは全然勇者様とお話が出来ないのに。

 どうして、そんな町娘なんかと一緒にいるんですか?

 どうして? ──勇者様。

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして


 ミーナの傍に寄り添っていたユニコーンが、パートナーから零れ出る感情に慄いた。

 茫然としたミーナの手からは手綱が滑り落ちており、ユニコーンがミーナから距離を取る。首をかしげながらも、いつものミーナではない事だけは理解していた。


 勇者と女薬師が立ち去っても、ミーナは一人立ちつくしていた。




 ○ ○ ○




 人々が暮らす世界とは違う場所、違う次元、違う時の中で。


 微かな音とともに、銀色のプレートに罅が入った。


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