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十二話 勇者と死霊と薬草と

 驚くことに、トルクと共に偵察に出た者達は、半分以上が帰ってこなかった。


 特にエクスを始めとする騎士達は、偶然に出会った死霊の集団たちからトルク達を守るために、その場に残ったという。

 共にいた神官達も無事ではない。二人が死に、二人が魔力を使いはたしてしまっていた。五体満足で、しかも魔力も残っているのはたった一人だ。


「これはひどい」


 帰ってきたトルクは、意識を失って横たわるツェイを見て苦い顔をした。

 少しの間傷口を診ると、少し悩んだ後に水と光の魔術を展開させた。


 傷口の洗浄と治癒、そして痛みを麻痺させるためだった。痛みが落ち着けば、少しはツェイも楽になるだろう。

 心なしか弛緩したツェイの身体に、ヒイロと騎士達の顔からも力が抜ける。


「一体なにがあった? ワシらといい、おまえさんらといい──今日は事がおこりすぎじゃな」

「……トルクさん達も、なにかあったんですか?」


 ヒイロが口ごもりながらも声にする。

 あの、過剰ともいえる戦力を持つ英雄達がそろっていなくなるというのは、一体何があったのだろうか。


「会ったのよ。話に出ていた死霊の集団と、ばったり出くわしての……アレは性質が悪いな」

「そうですか……」


 トルクが森の中で出会ったのは、目を疑うほどの動く死体だった。大小さまざまな種類の死体が、木々にぶつかりながら隙間を抜けて進んでいる。中には、既に身体が朽ちはて、半透明のナニカになり果てた存在すらいた。

 ぱっと見ただけでも死霊の数は百を超えており、草原にいるであろうムレ本体の数はどれほどのものであろうかとトルクは想像した。


 今の状態で死霊共とやり合うのはまずい。

 一度キャンプに戻って体勢を調えるか、セクドの町を経由して王都に連絡をしなくては、とそこまで考えたところで、トルクは自分たちが包囲されてしまったことに気がついた。


 何時の間に、四方を抑えられてしまったのだろうかと、トルクは悔んだ。


「我らが退路を開く。そなたらは逃げるがいい」


 エクスが抜き身の剣を構えて、トルク達に宣言した。

 その言葉を受けて、騎士達も剣を引きぬいて周囲を威嚇すると、じりじりと狭まっていた死霊の包囲網が、その瞬間で止まった。


「しかし──」

「この場において、そなたたちは不要である。なんの戦力にもなるまい。

 そなたの魔力は、そなたたちが逃げるために使用するのだな」


 ぐっとトルクの言葉が詰まる。

 トルクの魔力は甚大だが、無尽ではない。しかも神官が一緒にいて、彼らを逃がさなくてはいかなかった。


「神官殿、効果的な魔術をお持ちかな?」

「いえ──まさか、こんな数がいるとは──おぉ、神よ。お救いください」


 その場に膝をつきそうな神官を叱咤して、トルクはエクスに向き直った。


「わかった。ワシらはキャンプまで戻ることにしよう。神官殿も共にな」

「ああ。そうするがいい。──騎士達も連れてゆけ。護衛が必要であろう」

「まさか! この状態で騎士まで連れてはゆけぬ」

「そうか──」


 エクスは自分達を取り囲む死霊の、その先を──ずっと続いているムレの本体まで見通すかのように、大群の先を睥睨した。


「では、さらばだ」

「うむ。またな」


 それが最後に交わした言葉であった。

 エクス達は正面に斬り込み、トルクは後方に魔術を発動させる。


 そして、逃げ出したのだ。

 その途中で別の斥候グループと合流する事ができたものの、トルクと三名の神官、そして数人の騎士だけがキャンプに帰ってくる事ができたのだった。


「まったく、死霊共を甘く見ておった。いったいどれだけの大群になっておるのやら、見当もつかん。

 こうなってはさっさとセクドの町に帰り、王都から援軍を呼ぶしかあるまいな」


 トルクの言葉に勇者は頷いたのだった。




 ○ ○ ○




 王都の北には”精霊の森”が広がっている。その森を潤し、また人々の生活を潤してくれているのは”王都の水瓶”と呼ばれる、広く美しい湖だった。その湖から流れ出る川は複数あり、それらは王都の人々の食を支える源ともなっていた。


 王都を逃げ出すようにメディエ達が訪れたのは、川にそって作られた農園の一つ。ここでは薬草が栽培されている。

 大きな籠のついた背負子(しょいこ)に薬草を収穫するのが、本日の仕事であった。


 その薬草園では、大きな葉を茂らせて天に向かって伸びている草があり、その先端にはソフトボールがいくつもついていた。そのボールは薬草の蕾であり、これを籠五杯分回収するために来たのだった。

 ボールの中で紫色に色付いている蕾を採取する。紫色ではない物は未熟なので回収してはいけないし、花が咲いてしまったものは種を採取するために落としてはいけない。


 三メートルは超える高さにある蕾を取るには、カゼノヤイバを使用するのが一般的だ。

 メディエは器用に魔術を操りながら、ターゲットを回収していった。


「じゅんちょー、じゅんちょー」


 鼻歌交じりに蕾を落としながら、メディエが言う。

 弾力のある蕾は地面に落とされただけでは割れず、ころころと転がって足元に集まってくる。勿論これも、魔術を使用しているのだ。


「良、優、良、不、良、優、良、良、良、不、優、不」


 メディエの足元に座り込んで、蕾の選別をしているのはセシルである。蕾をカンテイして、優、良、不良に分けては籠に放りこんでいた。

 優と良を分けることで、給料アップを約束されているのだ。加えて、不良品は好きにしていいと、お墨付きをも貰っている。


 セシルもテンポよく蕾を処理しているのだが、メディエが落とす量をさばききるのは無理だった。どんどんと目の前に蕾が溜まっていく。


「ストップ!」


 セシルが制止の声を上げた時、目の前は紫色の洪水となっていた。一体どれだけの数を落としたのだろうと、メディエは頭が痛くなった。


「一体どれだけの量を採ってるの。常識的に考えて、籠に入りきるのかな、コレ?」

「え~? セシルはカンテイの練習してんだろ? それの手伝いをしてるだけじゃねーの」


 ぷ、とメディエが頬を膨らませてかわいらしさをアピールする。しかし、それに騙されるようなセシルではなかった。


「そんな顔しても、かわいくないよ」

「ぬ~。じゃぁ、コレでどうよ!」


 メディエはずっと装備し続けていたネコミミを外すと、ふわふわの兎のタレ耳をセットした。目の前におちてくる耳を、両手でかかえると、もじもじと毛を遊ばせる。そのまま上目づかいでセシルを見て。


「ごめん」

「ばーか、ばーか! 本当にばーか……うぅ」


 がっくりとセシルは崩れ落ちる。

 肩を落として、しゅんとした様子でセシルを見上げてくるウサミミの少年はかわいらしかった。文句なしにかわいかったが、相手はメディエである。

 相手がメディエだと分かっていて、あざとく行われたアピールに絆されてしまったのが愚かだった。

 分かっているのに──と唇を噛んだ。


「何時気がついたのかな。私がウサギが好きだって事」

「ん? わりと始めの頃? だって、ウサミミの時だけ、視線が耳にいくんだもんよ。手が動いてたしな」


 撫でていいのよと、メディエがウサミミを揺らしてみせる。


「これは悪魔の誘惑だ。分かっているんだ、分かっているのに」


 ちくしょうと呟きながらも、セシルの手は目の前でゆれるふわふわのウサミミに伸ばされた。そのまま、柔らかな感触を堪能する。

 ウサギに限らず動物の耳の毛は身体に比べてボリュームはない。それでも真白い上毛が、毛並みに従って生えているのはこの上ない誘惑だった。

 ウサギどころか犬猫とも隔離された生活を送っていたセシルは、ようやく訪れたアニマルセラピーのチャンスに飛びついてしまったのだった。


「……ミミだけか……」


 しかし、一度経験してしまうと、上が欲しくなるのが人間と言うもの。

 セシルも例にもれず、耳だけの触れ合いでは足りないと、ウサギを全身なでまわしたいという欲求が出てきてしまったのだった。


「何? もっと?」

「嫌──本物のウサギと触れあいたいと……」


 結局メディエのウサミミは偽物でしかないと言うセシルの文句に、メディエが少し考える素振りをする。


「んー? 召喚とかは? 確かそんなスキルがあったよな」

「取っていない」


 せっかくのスキルも取っていなければ意味がなかった。


「じゃぁ、今度捕まえるか、ペットショップ見に行くか? 王都って言うくらいだから、ペットショップの一つや二つあるって。調教(テイム)なら持ってるし」

「そうか……そうだな。かわいいウサギを捕まえるとしよう。ファンタジーな感じに角が生えてるのを、ぜひ頼む」

「むちゃ言うねー」


 ケラケラと笑うメディエが、ケモミミを何度か取りかえる。結局最初の茶ネコミミに落ち着いたのは、追加効果が優秀すぎるからだった。

 装備を変えた途端に、探知出来る範囲が飛躍的に広がる。

 薬草の影に隠れて、自分たちに近づいてくるナニカの存在もまた、はっきりと見て取れた。

 そろそろと動くそれらの気配に、メディエの口元が上がる。


「無駄な努力って──見てる分にはチョー楽しいのな」

「悪趣味」


 セシルが吐き捨てた。




 ○ ○ ○




 ナルはトルクの話を盗み聞いて、駆けた。

 獣人の中でも随一と言われる脚をもって、戦場となったであろう場所を目指して、風のように木々の隙間を抜けて、跳んだ。

 森を走る事は、木上で生活する事もある豹の特性をもつナルには、あまりにも簡単な事だった。


 人が走る半分以下の時間で、その場に辿り着く。

 そして、目を見張った。


 そこには生きているモノは何もなかった。

 死霊も、騎士達も、その場に存在する何もかもが原形をとどめていない。それらは、草原に向かう道を示すかのように、一直線に残骸を並べているだけだった。


「……チッ」


 鎧の音も、剣を合わせる音もしない。鳥のさえずりさえも消えた森の中で、ナルは背中を走る悪寒を振り切るように悪態をついたのだった。


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