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十一話 勇者と英雄と聖女


「あ、水汲みなら手伝いますよ」


 昼の食事の準備をはじめようという時に、ヒイロが手伝いを申し出ていた。大きなスープ鍋を抱えて歩き出そうとしていたツェイと、水のくみ上げ用のボウルをもっていたナルは、顔を見合わせて思案した。


 彼らはすっかりヒイロと仲良くなっており、手伝いを申しだされることも多かった。

 ただ、手伝い自体に問題はないのだが、場所が場所である。見通しの悪い森の中で、皆から百メートルほど離れることになってしまうだろう。

 それなのに、勇者を連れて行っていいものか、とツェイは悩んだのだった。


「あ。え、えっと。邪魔……だったでしょうか」

「いいえ、そんなことはありません。ただ、今は魔獣の目撃情報がありますから、危険かもしれないと考えまして」

「いぃーんじゃねぇ。今のまま、出来上がった料理の仕上げだけさせてても、腕は上達しねぇよ。たまには下ごしらえからさせてやれよ」


 ナルがボウルをヒイロに渡しながら言う。

 言わずもがな、料理というのは魔獣退治のことである。ナルは、体力を削られケガを負わされ、満身創痍になった魔獣だけをヒイロの相手にさせている騎士達の教育が気に食わないのだった。

 確かにヒイロの能力は騎士達よりも劣っているだろう。それを思うと過保護になるのも仕方がないかもしれない。

 しかし、そんな甘い教育ばかりでは、育つものも育たないだろう。上分かりやすい目標を見せなくてはいけない。


 自分の手に届くくらいの良質なものを見せ、それを目指させる。

 先だってのバケモノ達のように、余りにもレベルの離れすぎた技術は、憧れとあきらめ──どうせ、自分にはできないという、達観だけを抱かせる。

 そうではなく、挑戦すれば自分にもできるのではないか、という望みを、手の届く理想を見せることも大切だとナルは思うのだった。


 勇者に万が一のことがあってもいけない。勇者は世界の希望であるのだから。

 気楽なナルに比べて、ツェイは悩んでいた。

 現在キャンプを置いているこの場所は、緑豊かな森の中である。しかし、ここから三日と離れていない所で魔獣の目撃情報があったのだ。

 勇者の安全を考えるならば、集団の中にいた方が良いのはわかりきったことだった。


 王都から見て三・四日西に進んだところにセクドの町はある。そこからさらに西には広大な森が広がっており、それを抜けた先が草原になっている。

 その草原に魔獣が集まっているということは、いつ森に入ってくるかわからないということであった。

 いるかもしれないし、いないかもしれない。


「あの、やっぱり邪魔ですか?」

「いえ。大丈夫でしょう。三人いれば魔獣から逃げていくでしょうから」

「ははッ。勇者様の護衛か? まぁ、なんとかなるといいなァ」


 長い思案ののち、ツェイは勇者と共に行くことを決めた。

 こうしてヒイロ達三人は、水を汲みに小川に向かったのだった。




 ○ ○ ○




 アレフは、自分につっかかってくる騎士達にうんざりしていた。彼らは数日前からアレフに対して当たりが悪くなり、話しかけてこなくなってしまったのだ。

 ただアレフが用事がある時だけ、彼らと話をする。それも最低限度の短い会話だけだ。


 しかも、彼らはアレフのことを”英雄殿”と呼ぶようになっていた。

 自分がその呼び名を嫌っていることを承知の上で、わざわざアレフに聞かせるように声を上げるのだ。

 その言葉を聞くたびに、自分の存在を当て擦られている気がしてならないのだ。


 小さく溜息を溢すアレフの前で、無邪気な笑みを浮かべたヒイロが騎士の一人に近づいてゆく。何事か話をした後、共に歩を進めるのを見て、アレフの胸に小さな棘が刺さったような気がした。


「子供とは、無邪気で羨ましいものだ」


 自分に言い聞かせるように、相手は”子供”だと繰り返した。


 それでも、ヒイロが羨ましいと感じることを止める事はできなかった。


 ヒイロが”勇者”であることが羨ましかった。”勇者”と”英雄”は、その存在意義から違うのだから。

 勇者とは神に選ばれた者。他の誰が認めなくても、神が認めている。

 英雄は人が認める者。人が、自分達の集団の中から優れた者を選んで名付ける存在だった。

 たとえ、真実の姿は違っても、一度英雄と認められてしまったら、英雄として生きるしかなかった。


 朝方に豹人に言われた言葉が、頭の中を木霊している。


「何を言っても、どんなに否定しても。一度付いちまった評価を変える事は難しいんだよ。


 英雄様が、いくら自分は英雄じゃない──って言っても。

 英雄になるべき人は他にいる──って言っても。

 選ばれてしまった以上は腹ァ括るしかない。


 本当に嫌なら、そう言えば良かったんだ。

 それなのにアンタは流されたんだ。でもでも、だって──と流された結果がこれだ。


 周りに流されてしまったんだから、自分は悪くねェって言うかい?

 自分の所為じゃない。コレを決めた上司が、同僚が、家族が──自分じゃない誰かが悪いって?


 それは違うだろ。

 たとえ周囲に流されては貼られたレッテルだとしても、流される事を選んだのはアンタ自身だ。

 アンタは”選ばないこと”を選んだんだから、責任を持たなくちゃいけないんだ。そうだろ。

 とりあえずは、”英雄”と呼ばれる事を受け入れるんだな。


 ンで、他の誰かと自分を比べるのをヤメナ。そんなことを続けても時間の無駄で、まったく意味がねぇ。

 それをするくらいなら、素振りでもした方が、まだ意義がある。


 隊長サンだったら──

 同僚だったら──

 勇者だったら──

 そんな風に他人と自分を比べて落ち込むなんて、ちっとも意味がねぇよ。


 どうせ比べるなら、相手に追いついて追い越すんだな。


 隊長だったらこうするだろう。なら、オレ様はもっと上手くやってみせる。

 同僚だったらこうするだろう。なら、こうした方が効率良くねぇか。

 勇者だったらこうするだろう。なら、しゃーないからフォローしてやるよ。

 この方が断然意味があるだろう。


 過去を後悔しても意味はねぇんだ。だったら現在と未来を見ろ」


 なんとも愚かな言葉だと、アレフは言葉を聞いて思った。

 助言のつもりだったのかもしれないが、あまりにもお粗末だった。


 結局は何の責任もない平民の──それも勇者にくっついてきた変わり者の言葉である。無責任な事この上ない。

 すでに”英雄”という大きすぎる責務を追っているものに、これ以上の何を負えというのか。


「顔を上げてシャンとせんか。おまえは英雄なのだと何度いえば分って──」


 次いで思い浮かぶのはトルクの叱責。けれどトルクは同じことしか繰り返さない。

 彼はただ”英雄”としてふさわしい態度をとれと口にするばかりだった。

 こ以上ないほどに恵まれない同行者に、溜息も漏れるというものだ。




 ただ地面を見ながら溜息を洩らすアレフ──それを騎士達は忌々しそうに見つめていた。


 トルクや神官、そしてエクス達は周囲の探索に出ており、ここに残っているのは騎士の半数と聖女だけ。そう、一人用の馬車を用立てて、聖女をここまで連れてきているのだ。けれど、聖女は馬車から姿をみせることはなかった。


 だからこの場にいるのは、アレフと騎士達だけだった。

 ざわめきと会話が消える。雑談の一言も零れることがなく、鳥のさえずりと木々の擦れる音、そしてアレフが溜息とともに吐く小さな声だけが聞こえる音の全てとなった。


 騎士達の手が止まり、アレフの歩む先を見つめる。

 アレフは目的もなく、ただ同じ場所を右に左にと行き来していた。しかも、騎士達の視線に気がつかないほどに、周囲を遮断してしまっている。

 その気が抜けた様子に、騎士達の視線が冷たい物に変化していく。


 先ほど、アレフはトルクとエクスの誘いを断っていたようだった。共に偵察に出ようと誘われたのに、首を振っている。

 では何かやりたい事があったのかと思えば、何もしていない。この場に残ったものは、皆──聖女以外は皆、何らかの用事があるから残っているのだ。

 アレフと同じように雑用を免除されているはずのヒイロでさえ、自分から手伝いをかってでているというのに。


 それでは、アレフは何をしたいのか。

 今のアレフを見る者からすれば、彼は斥候に出るのを嫌がり、キャンプの雑用を嫌がっている。これで英雄なのだとは、決して受け入れられなかった。



 この場に張り巡らされる緊張の糸が見えるようだった。

 しかし、アレフがそれを叩き斬る前に。



「うわああぁぁぁ。誰か、誰か助けて──」


 ヒイロが半身を血に染めたツェイを抱えて、キャンプに戻ってきたのだった。




 ○ ○ ○




 無理やり引きずり出された馬車の外、自分に頭を下げる勇者を見て、聖女は困っていた。


「そんなことを言われても困りますわ」

「お願いです! 助けて下さい。ツェイさんを助けて下さい!」


 魔獣に襲われた騎士を癒せ、と勇者が聖女に迫っているのだ。

 勇者は魔術には無知なのだろう。無知ゆえに無茶を言っている──というのが聖女の思いだった。


「ですから。失った腕をつける事はできませんわ。そんな事、奇跡でもなければありえませんもの。

 わたくしは、そんなことで呼ばれたのですか?」

「じゃぁ、奇跡を! 聖女は奇跡を起こせるんでしょう?

 それがだめでも、ツェイさんの血を、痛みを止める回復魔術をかけて下さい!」


 聖女の目の前には、右腕を食いちぎられた騎士が横になって痛みに呻いている。

 破ったシャツで右肩を止血しており、肘から先が失われていた。騎士が呻くごとに体中から脂汗が流れ、地面を濡らしているのが見て取れた。


「・・・・・・」


 それを見た聖女が小さく何事かを呟いた。その言葉は誰にも聞こえず、何事もなさず、ただ彼女の口元でほどけて消えていく。

 聖女は目を閉じて深く息を吸い込んだ。


「できません」

「なっ! どうして。どうしてですか。

 ツェイさんは僕を庇ってくれたんです。それで、こんなひどい怪我をしてしまって。でも、僕は回復の魔術を使えないんです。だから──」

勇者(アナタ)を庇ったというのならば、騎士としての誉れとなるでしょう。何を嘆くのですか?」


 ヒイロの言葉に、聖女は疑問を投げかける。


「そういうことじゃない。そうじゃないんだ。どうして──」

「おちついてください、ヒイロ。聖女様がだめと仰るんです。きっと何か理由があるんです」


 激昂するヒイロをアレフが抑える。


それよりも(・・・・・)、あなた達と一緒に行っていた豹人はどうしたんですか。帰ってきていないようですが?」


 仲間の大けがを、ソレで片づけられた騎士達の顔色が変わる。

 冷やかなアレフに手を上げたくなる衝動が突いて出て、騎士達は燃え盛る憎悪を込めてアレフを睨んだ。


「ナルさんなら、魔獣を相手にしてくれています……」


 力なく項垂れて、ヒイロはツェイの左手に両手を添わせた。ツェイの身体は小刻みに震えて、左手は強く握りしめられていた。


「ごめんなさい……わがまま言ってごめんなさい……ついて行ってごめんなさい」


 ぽろぽろとヒイロの目から涙が落ちる。


 むせかえるような血の匂いと、アレフに向けられる恨みの視線。

 ヒイロの涙を見ながら、それでも聖女は何を言うこともなく立ち続けていた。


アレフの言う事にも一理なくはないです。

行方知れずの能力未知数の一般人を心配するのは、そう変なことではないですよね?

ただ、空気の読めなさ加減は酷いですが。

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