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十話 幻獣と神官と町にせまる死霊


 森の中にぽつんと存在する集落に滞在していたノア達の頭上を、一羽の鳥が飛んでいた。

 遠目でも、その鳥が長距離を飛ぶことのできるスレンダーな白い体をしているのがわかる。良く目を凝らすと、体つきに比べて顔は小さめで、その中でもくちばしは極端なほどに小さかった。首周りと尾は黒く、それらはこれがただの鳥ではないことを現していた。

 その首周りが黒いのは、黒い薬袋をさげていたからだという伝説まである人に親しい存在──それは、幻獣であった。

 幻獣であるから物を食べる必要がなく、くちばしも小さくなっているのだ。


「あら。カラウスだわ」


 ルリが鳥に向かって手を振ると、合図に気がついた幻獣は、滑空しながら高度を落としてくる。長い翼で速度を落としながら、ゆっくりと、それでいて優美にルリの前に着地してみせたのだった。


「あれ、めずらしいね。手紙?」


 ルリの横で出立の準備をしていたハーヴィが、ルリの前で胸を張る鳥──カラウスにくくりつけられた筒を見て言った。


 この筒は通信筒と呼ばれており、中に手紙を入れれるようになっているのだ。両足に一つずつ括り付けられており、二枚の手紙を送ってきたのだろうとハーヴィは判断した。


「ふふ。良い子ね。見て、こんなに胸を張っちゃって」


 カラウスは胸を張って顔を上げて、得意げに鳴いている。人で言うなら「どや?」といわんばかりの態度に、ルリが笑った。


 カラウスは、種族名をカラドリウスという幻獣の一羽である。

 カラドリウスは人と長く共存している種であった。伝書鳥として使われていて、昔は薬を運ぶことに特化していたという。


 カラウスはルリの実家、ピアニー家が自分達の専用に育てているカラドリウスだった。

 ルリは慣れた手つきでカラウスを抱き上げると、通信筒を外してハーヴィに渡す。大人しく甘えてくるカラウスを数度なでると、ポーチから干した果物を取り出してカラウスに与えた。

 幻獣は生きるために物を食べる必要はないが、趣向品として楽しむことはできるのだ。

 喜びの声を上げるカラウスを横に、ハーヴィは小さく折りたたまれた手紙を広げる。小さな紙面いっぱいにびっしりと文字が書き込まれていて、読み辛いことこの上ない。


「それにしても、よく君の居場所がわかるよね。──ストーカーってヤだなぁ」

「カラドリウスですもの。一度覚えた相手は、世界のどこにいても追跡できるそうよ。少し前に本が出てたわね。……”カラドリウスから本気で逃げてるけど、何か質問ある?”だったかしら」

「逃げながら執筆活動してるのかな、その作者は」


 自分ならどのように逃げるか。むしろ、攻撃は最大の防御であると宣言するハーヴィに、ルリの腕の中のカラウスは身を硬くさせていた。

 ふと、こわばった体から甘い香りが漂ってきた気がして、ルリは首をかしげた。カラドリウスには嗅覚はないため、香りをまとうとおいう習性はない。

 しかし、この匂いはかなりきつく、しっかりとした甘さを持っていると感じられた。


 かすかな違和感が、強い疑問になる。


 この香水をまとっていたのはだれなのか。

 カラウスに移り香があるということは、かなり近くの者のはずである。


「ねぇ、ハーヴィ──あら。どうしたの?」


 ハーヴィはじっと手紙をにらんでいた。


「うん、コレなんだけど。ちょっと気になることがあって。

 手紙自体には問題ないんだけどね。ちょっと……甘い香りがするんだよね、コレ。それが、魔術からみじゃないかと思うんだよ」

「甘い香り? それならカラウスもそんな香りがするわ」


 ルリの言葉とともに差し出されたカラウスに、ハーヴィが顔を近づける。確かに、カラウスの全身から甘ったるい香りがしていた。


「兄さんとノアは村長のところだったよね。ちょっと行ってくるよ。

 たぶん、これは見逃しちゃいけないことだと思うんだよ。──君もそう思うよね?」

「ええ、それがいいわ。見逃してはいけないサインだから気がついたんだと思うもの」


 ルリとハーヴィが顔を見合せる。だいたい二人の意見が合うときは、それが最良の選択であることが多い。

 今回もリヴを交えた方が良いと二人は感じ、その為にノアと同行しているリヴを迎えに行くことにした。


「いいかい、バカラウス。いつも言うけど、兄さんに飛びつくんじゃないよ。距離をとって、話をするようにね」


 リヴに会うたびに甘えたおすカラウスを苦々しく思っているハーヴィは、いつものように念を押した。

 左手で体を抑え、右手で頭が動かないように固定する。そのまま自分の体に密着させるように、羽も足も動かないように念いりに抑え込んでおく。


『おお、リヴ! リヴや──』


 しかし、ノアと村長達と話をしているリヴの姿を見るや、カラウスはハーヴィの腕からするりと抜け出し、空にはばたいた。

 ち、とハーヴィが舌打ちをする。


『ひさしいの、ご同胞。我のすばらしい仕事ぶりを褒めて、撫でるがよい。ほれ、存分に甘やかすと良いぞ』

「カラウス……幾久しく。元気そうでなによりだ」

「──カラドリウスか。ルリの家の幻獣だったな。伝令か?」


 リヴの目の前でホバリングをした後、リヴの肩にとまろうとして、彼が布の薄い服しか来ていない事に気がついた。

 このまま肩に降りれば怪我をさせてしまう、と判断したカラウスは周りを見て、ノアの肩あての上に足をおろした。ノアも仕方なくそれを受け入れる。


 そんな二人を見て、村長たちは距離をとった。

 間近で見る幻獣が恐ろしかったことと、内輪の話は聞かない方が良いのではないかという判断からだった。そのまま少し離れて、自分たちの打ち合わせを始めた。


「なんだこの匂いは。ずいぶんと下品な匂いだな」

「? 匂いだと。カラドリウスには匂いを感じることはできないはずだが」


 カラウスの体から香る匂いにノアが眉をしかめた。


『匂いのぉ。我には匂いなど、とんと判らんようになっておる。

 おお、そういえば。先ほど神の娘御とその連合いもそんな事を言うておったなぁ』

「ルリがとハーヴィが、何を──」

「兄さん、近い!」


 カラウスの匂いを確かめようと、身を乗り出していたリヴを、ハーヴィが後ろに引っ張る。


『……弟は相変わらずぢゃの。神々の話を盗み聞くしか取り柄のないくせに、我等の憩いを邪魔するとは何たる侮辱』

「すまん」

「以前から思っていたのだが、本当に会話できているのか?」


 人の言葉を発しない幻獣と、リヴの間で会話は成立しているのが不思議だと、ノアが疑問を口にした。


「ほんっっと、今更な質問だよね」

「ええ。でも本当に不思議ね。どうしてリヴ兄さんは幻獣と話ができるのかしら」

『それは、リヴが同じモノ(・・・・)だからぢゃな。リヴは今は人として生きておるが、いずれ(オラファーブ)の贄となる運命ぢゃ。

 おまえさんらとは違うのぢゃ、人の王よ』


 カラウスは時々、彼にしか判からない理由で呼び名をつける。

 それは、神の娘であったり、人の王であったりした。


 リヴはカウラスの言葉を皆に伝えようとして、口ごもった。自分が神の贄となる、など伝えて良いものかと悩んだのだった。

 結局、リヴは他の話をふってこの場を乗り切ることにした。


「あー……。え──その。

 カウラスがノア(おまえ)のことを”人の王”と呼んでいるな。理由はわかるか?」

「人の王──ね」


 他の三人は、わかりやすくごまかしたリヴを見て、とりあえず置いておくことにした。そのうちに聞き出してしまえば良いと判断してのことだ。


「なんかスキル持ってるんじゃないの? 人の王ねぇ。別に王族だからってわけでもないんだろうからさ」

「そうね。特別なスキルの事じゃないかしら。確か──」

「”オウジャノイフウ”のことか。ただの周囲を鼓舞するだけのスキルなんだが」

『オゥフ。最高ランクのカリスマスキルなんぢゃがの。数百年に一人のカリスマスキルなんぢゃがの。あつかいが酷過ぎやせんか』

「カウラスが言うには、数百年に一人の最高ランクのスキルらしい」


 リヴが通訳したカウラスの言葉に、三人が目をむいた。


「え!? 何、ソレ。数百年に一人? そんなレアスキルだったの?」

「あらあら、まあまあ。王族の標準スキルじゃなかったのね。ちょっとびっくりしたわ」

「……いや。だが、スキルの希少度と、使えるか使えないかは別だ」


 三人とも、どうしても使えないスキル扱いしたいようだ。


 それもしかたないかの、とカウラスが四人を見比べる。カリスマとは、王家の者達が己の家臣(・・)の能力を上げるスキルの総称である。

 その中でも王者の威風(オウジャノイフウ)とは、家臣が多ければ多いほど強力になるスキルだった。

 その分、家臣が少なければ、ほとんど威力がない。

 ほかのカリスマスキルが固定値で上がるのに比べて、周囲の環境に影響を受ける変動性のスキルであるのだ。


 ならば、ほとんど家臣を持たないノアには意味のないスキルだっただろう。

 今のメンバーにしても”家臣”というよりも同等な”仲間”であるから、スキルは働かない。


 まさしく、”宝の持ち腐れ”とはこのことであった。


 人は生まれてくる時に、神に特別なスキルを一つ授けられる。

 それは、たとえば”オウジャノイフウ”であり、”オラクル”であり”キケンヲサグル”であったりするのだ。

 それらはスキルを持つ自身にしか知ることはできない、本当に特別なスキルなのだ。


『上手くいかないもんぢゃな』 

「まったくだ」


カウラスの言葉にリヴは深く同意したのだった。




 ○ ○ ○




 セクドの町から西には山のような死霊の群れがいる。


 セクドの町を開放して三日後、ほうほうのていで門にたどり着いた旅人が訴えたのがその言葉だった。

 ”死霊”という聞きなれない言葉に、皆が疑問符を浮かべた。


「さて、死霊というのはなんだと思う?」


 教鞭をふるうのはもちろんトルクだ。その前にいるのはヒイロとアレフ、少し離れて神官。その周りに騎士たちが五人、様子を見守っていた。


「死霊というからには、死んだ人間でしょうか。──死んだ人が魔獣となるのですか?」

「え、でも”霊”ですよ。じゃぁ、おばけの事ではないでしょうか。妖精(エルフ)の一種とか?」

「ばかもの……エルフと死霊を一緒になど、やつらの耳に入ってみよ。妖精の輪(フェアリーサークル)に一生とらわれることになるぞ」


 トルクに叱咤されて、ヒイロは肩をすくめた。

 とはいえ、ヒイロの見たことのない生き物であることは間違いなかった。


「死霊というのは、まぁ。分類としては、魔獣の一種ということになっておる。

 外見は死体じゃ。それも、人のものとは限らん。人、動物、幻獣、魔獣──その全てが原料となる可能性がある。


 多くは一頭のリーダー格に率いられており、これを撃退することで魔力の供給が切れ、退治することが可能とされている。

 逆にいえば、雑魚をいくら滅ぼしたところで、リーダーをとりこぼせば意味がないということだな。逃げた先で新たな群れを作り、再度襲いかかって来る。


 では、弱点はなんだ?」 


 記憶を探っていたアレフが、慎重に口を開いた。


「ヒカリの魔術ですよね。あと、聖なるモノにも弱いはずです。それならば、神官が同行しているのは心強いことかと思われます」

「あれ。神官さんって、戦えるの?」


 今まで一度も、神官が戦っているところを見たことがないヒイロが聞く。

 彼らは安全な場所に陣取っており、戦闘が終わったころに治療にやってくるのが常だった。


「余り攻撃魔術は得意ではないようだが。死霊というのは(オラファーブ)の教えに反する存在じゃからな。まさか後方でのんびりとはすまい……なぁ?」


 今回の話に参加している神官に向かって、トルクがいやみったらしく言う。


「もちろんです。全ては神の御心のままに」


 神官は定型文でやり過ごした。

 しかし、ここにいる者達は、その言葉に懐疑的であった。

 それこそ神官が走るところすら見たことがないのだ。それなのに魔獣を相手に戦うというのだから、本当に役に立つのだろうかと首を傾げてしまうのだ。


「神の奇跡をとくとご覧あれ」


 神官が自信たっぷりに宣言する。

 セクドの町は伯爵を領主にして、十分動き出している。民の混乱も大きくはなく、治安も悪くはない。勇者一行には、これ以上この町に滞在する理由がなかった。

 新たな脅威が目の前にある以上、それを排除に向かうのが彼らの目的でもある。結局、今日一日で準備を行い、明日の朝この町を出ることになったのだった。


特殊スキルの中で神託だけが”オラクル”なのには、もちろん理由があります。

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