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三話 ショタっ子降臨

 トランプ・ワールド・アドヴェンチャーズ──略してTWAと呼ばれるゲームがあった。主人公はトランプ四種のうち好きな(スート)を選んで種族とする。それぞれあがり易い能力値が違っており、プレイヤーのイメージに合うスートを選ぶのが一般的であった。

 スタートは”二”。そこからメインクエストを進めるうちに十まで上がる。その後は特殊なクエストをクリアすることによって(ジャック)(クイーン)(キング)、隠しクラスの(エース)のどれかになることができるのだ。


 そのゲームを男でプレイしていたセシルとメディエは、実際(リアル)は女性であった。

 それぞれ違う理由で男を選択していたのだが、メディエが男を選んでいた理由は、"男が嫌い"だったから。彼女は男性を嫌悪しており、現実だけでなくゲームの女性キャラクターにほいほい寄ってくる男のキャラクターも嫌いであった。

 残念なことに、TWAではメディエと合流するために完全オフプレイになるわけにもいかず、せめて男キャラにして、他男プレイヤーが寄ってこないようにしたのだった。


 ──それが、この度の悲劇となった。




 毛の長い弾力のあるラグマットは床の固さを伝えてくることはなく、軽くふわふわの毛布は朝の冷える空気をシャットダウンしてくれていた。思ったよりも気持ち良く夜を過ごせたことに、毛布にくるまりながらセシルは満足していた。

 昨晩の打ち合わせは結局何の役にも立ちはせず、ただなるようになる、という諦めの言葉で締めくくられたのだった。

 回らない頭で昨日の事を振り返って、目を閉じると──しくしくと泣く声が耳に届いた。


「っ!?」


 驚き、目が覚める。彼女──彼の頭には幽霊や妖怪という怪談話が思い出されていた。

 セシルは毛布にくるまったまま、助けを求めるように横にいるはずのメディエに手を伸ばす。しかしそこにメディエの姿はなく──セシルはようやく気がついた。

 泣いているのがメディエである、と。


「メディエ? どうかしたのか?」


 メディエは部屋の片隅に蹲って泣いていた。顔からは血の気がひいており唇は振るえていて、何度もぬぐったのだろう目の周辺は真赤になっていた。いつものケモミミの装備すらつけていない。どうやら本当に本気でショックなことがあったようだった。


「お願い、セシル。助けて。お願い、ムリだった。本当にムリ」


 いつもの脳天気な口調からは一転して、メディエの声は地を這っていた。そっと、セシルがメディエに近づいて、頭をなでようと手を上げて──下ろした。現状のメディエにはいくらセシルであろうと、()が触れることはマイナスにしかならないと思ったからだ。


「何がムリだった?」

「だって、ムリ。気持ち悪い。立ってるンだよ!? 朝おきたら立ってるの。ムリだって──お願いだから助けて」

「立つ? ──あぁ、”夜間陰茎勃起現象”か。成人男性ならばしかたないはずだが」

「ムリだって。知識と現物は違うって。トイレもできないのに、本当にムリ。ねぇ、切ろうよ。ポイしようよ。きって、つぶして、ぐちゃぐちゃにして──」

「おちつけ。わかったからおちつけ」


 まだぶつぶつ言っているのを制して、セシルが魔法をかける


沈静(カーム) ──落ち着いたか?」

「あー、うん。ゴメン。すっごいゴメン。なんかさぁ、朝イチで目に入ってパニックちゃって──めーわくかけてゴメン」

「大丈夫、気にすることはない。だが──ふむ。ちょっと待っていろ」


 セシルは立ち上がると、メディエをおいて部屋の隅に行き、自分のズボンに手をかけた。


「ひっ、何やってるの、セシルさん。何やってるのォ!」

「ふむ。なるほど──しかし、見れば見るほど、生身の男性だな」

「そう言ってるじゃん! しまって、ソレしまって。まじまじと見るもんじゃありませんから! しくしく……オレのトラウマなのに……」


 セシルが身を整えて振り返るのを、メディエは嫌そうにねめつけた。


「……やっぱりさぁ、これイラナイから、ポイしようよ、ね」

「……」

「ほら、男の娘(ニューハーフ)だと思えば、良くない?」

「性同一性障害で悩む全ての人に謝れ」

「ごめんなさい」


 セシルが使用していた毛布をたたんでしまう。そのまま、鞄の中のアイテムリストをじっと見て、何か考えていた。


「スキルとアイテムを考えて──一つの案がある」

「コレとさようならできるなら、なんでもオッケー。いざカモ~ン」

若水(アイテム)を使ってみるのはどうだろうか?」

「ん? それって、若返り用のアイテムじゃなかったっけ? どうすんの?」

「使うに決まっている。若水を使って少年になる。第二次性徴期前になれば、おまえの嫌悪感も和らぐんじゃないか」

「……まぁ、たぶん。もしかしたら。かもしれない」


 さすがのメディエも大人と子供の体を同じに考えることはない。それが第二次性徴期前──小学生となればなおさらだ。


「万が一、億が一のことがあるからな。捨てるのは最後の手段でいいじゃないか──ついでに、子供ならば多少物知らずでも許されるだろう?」

「あぁ、なるほど。……確かに成人男性が何も知らないよりは、子供が知らないほうが許されるよなぁ、うん」

「私もつきあうから安心しろ」

「ありがたやぁ。いや~感謝、感謝。持つべきものは友人でございます」

「やさしい友人だろう? ──おまえには感謝しているし、特別に思っているんだ、これでも」

「……オレも、セシルのことは特別だと思ってる。こうしてワケワカラン世界に来ても、セシルとだったら良いやって思っちゃうくらい」

「そうか──」


 セシルは鞄から二つの瓶を取り出した。特徴的な和紙が貼られていて、そのラベルには”若”と記載されている。透明な瓶に入った、透明な液体。これこそが若返りのアイテムである”若水”だった。


「小学校入学が六歳くらいだっけ」

「中学生は十二だな」


 どこまで若返るべきか、と頭を悩ませる。


「中学生はヤ」

「せめて小学校の中~高学年にしないか。あまり子供過ぎても身動きが取れなくなる可能性がある」

「ん~……じゃぁ、九か十。その辺でどうよ。オレはせっかくなんで九を選ぶぜ」

「なら、わたしは十にしよう」


 二人でメニュー画面を見て、減らす年齢をチェックする。ここを間違えると一気に赤ん坊に──もしくは生まれる前にさかのぼって消えてしまう可能性があるので、要注意だった。

 二人で慎重に設定操作をして、瓶のふたを開ける。何の匂いもしない、ただの水のようだった。


「せーの、で飲もうか?」

「……わかった、せーの、だな」


「「せーの」」


 声を合わせた合図に従がって、二人は若水を呷った。 




  ○ ○ ○



 王都のギルドというのはつまらないものである。大きなイベント──強力な肉食獣の討伐などあるわけもなく、小さな薬草取りや届け物の依頼が並ぶだけである。理由など考えなくても当然であろう。

 王都の周辺は常に騎士団によって見回りがされており、特に害獣はしっかり駆除されているのだから。


 勿論、大きな依頼が無いわけではない。つまり、貴族達の見栄を財力を好奇心を満たすための、大きな依頼──飛竜の卵の奪取やら海龍の素材回収やらがそれである。 そんな依頼を受けるのは存分に力があるか、ただのバカか。冒険者の大多数にとって、王都はうまみの少ない土地であり、ゆえにとどまる冒険者の数も少ない。

 せいぜいが護衛依頼で立ち寄るくらいであった。


 そんな閑散とした王都のギルドにめずらしいお客が現れた。それは、小さな獣人と人族の二人組だった。不安そうに手をつないで、まわりをきょろきょろしながら歩いている。

 ひどくかわいらしいその様子に、たった一人のギルドスタッフであるクレイブは顔がにやけるのを止めることができなかった。


「あ、あの。こんにちは!」


 ネコの獣人であろうか、茶色の耳をぴくぴくさせている。これは好奇心が抑えられない時のしぐさだな、とクレイブは思う。クレイブには職業柄獣人の友人も多くおり、彼らから獣人の感情の読み方をしっかり教わっていたのだ。


「はい。こんにちは」

「──こんにちは。ここはいろいろお仕事をくれるところで良かったでしょうか?」

「セシル! 固い、固いよ。こういうのは”ギルド”ってゆーんだよ。ね、そうですよね?」

「はい。そうですよ。ここは登録してくれた皆さんに、お仕事を斡旋する──できそうなお仕事を紹介するところです。みなさんには”ギルド”と呼ばれていますね」

 

 人族の少年の方が落ち着いて、しっかりとしゃべっていた。けれど、どこか遠慮しているように見える。ひっこみ思案な人族の少年を、獣族の少年が連れまわしているのだとクレイブには思われた。


「あのですね、あのね。とーろくしたいです!」

「え?」

「すみません──このギルドは何歳から登録できるのでしょうか?」

「そうですか。登録自体は十歳から可能です。ただ……登録をするには、おうちの人が良いよっていわないとダメだよ?」

「む~っ。登録するの!」


 クレイブは猫少年のわがままを笑ってかわす。獣人が何回かわがままを言ったところで、人の少年が溜息をついた。


「残念ですが、親に許可を取ることはできないのです」

「え? それって──」

「実は、両親は死んでしまいまして──あ、この子は孤児で小さなころに私の両親に拾われたんです。だから一緒に行くところがなくなってしまいました」

「無くなったって……魔獣かなにか?」

「いえ、病気です」

「そう……言い辛いこと言わせてごめんね」


 確かに、魔獣がでたとなれば、ギルドに連絡がないわけはない。

 しかし、両親がいなくて二人っきりとなれば困ったことになるだろう。ギルドに登録したい、というのも納得できる。


「そっか。じゃぁ。登録しておこうか。えーっと……字は書けるかな?」

「んー?」

「いえ、まだ練習中ですので──いちおう書けますけれど、読める文字かどうかわかりません」

「じゃぁ、かわりに書くよ。二人の名前を教えてくれるかな?」

「はーいっ!」

「お願いします」


 こうして、退屈なギルドにかわいらしいギルド員が増えたのだった。


アイテム紹介


若水:消耗品 年齢を下げる事が出来るアイテム。非売品。

老水:消耗品 年齢を上げる事が出来るアイテム。非売品。

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