七話 ギルドでの一幕
「おーはよ────う……」
ギルドの扉には鍵はかけられていない。いつでも、誰でも迎え入れれるようにと、常時開放されているのだ。
その扉を勢いよく開けて飛びこんだメディエは、いつもの通り元気よく声をかけて──クレイブと話し込んでいる大男を見てしまった。びくりと、メディエの身体が恐怖に震える。
「あぁ? なんだ、ガキじゃないか」
「新しくはいった子達だよ。元気だし、素直だし。魔術の才能もありそうな、将来有望な子達だよ」
「は! 子供が魔術ねぇ──」
じろじろと向けられる視線が気持ち悪くて、メディエ後から入ってきたセシルの影に身をひそめた。
「おはようございます。クレイブさん。今日は忙しいですか?」
「大丈夫だよ。このバカの事は気にしなくていいからね」
「おい、ガキの前でバカとか、汚い言葉つかうんじゃない。ガキが覚えるだろうが」
言葉に気をつける割には、”ガキ”とか言っちゃうんだと、セシルは噴き出した。
「この子は大人の男の人が苦手なので、こっちのテーブルにいますね。えっと、お勧めの依頼とかあったら」
「じゃぁ、コレ見ていてね。──今は小さな依頼が多くあるから、二人にもできる事がきっとあるよ」
「はい」
クレイブがカウンターに乗せた依頼書を受け取りに、セシルが近づいたところで大男が動く。セシルにと準備された書類を、手渡してくれたのだ。
わざわざしゃがんで、目線を落としてくれたものの、その巨体と筋肉質な身体から受ける迫力はかなりのものだった。
大きな指にはいくつもの傷とタコができていて、良く見るとその顔にも切り傷の痕が残っている。かなりの経験を積んできたのだろうと思わせる風体であった。
「ありがとう」
「おうよ。しっかし小さいな。何かできそうな依頼はあるのか?」
「先日までは、ロブヌター捕りに行っていたよ。ただ、”精霊の森”で何か起こっていると報告があったらしくて。その調査のために湖一帯が立ち入り禁止になっていてね──せっかくのロブヌター漁期間だというのに、タイミングの悪いことだ」
「”精霊の森”だと? ニンフの気まぐれか──いや、まてよ。もしかして」
大男が自分から意識を外したのをみて、セシルはそろそろと男から離れる。
振り返ると、メディエがテーブルの端に陣取って、男とクレイブの動きを観察しているのがわかった。
「そんな、警戒するような人じゃなかったよ」
「なーんで、そんなのがわかんの? わかんねーじゃん」
ぷいと、メディエが口を尖らせる。それを困ったように見て、セシルは手にした書類をテーブルに並べた。
「本質がわからない、っていうのなら、男も女も、子供も大人も同じだろう? メディエが男ばかり警戒してるのはナンセンスだよ」
「それは……そうだけどさぁ」
セシルは他人を信用していない。老若男女関わらず全ての”他人”を信じていないのだ。全てに対して疑ってかかる。
甘い誘惑には罠があり、人に優しくされたならば裏がある。彼は相手の行動を好意的に受け入れる事が出来ないのだ。
だから、メディエが”大人の男”にのみ拒否を示すのが理解できないのだった。
メディエはセシルの言い分を理解はしてはいるものの、二人の感じ方が違うのだと思わずにはいられなかった。
メディエの反応は考えて起こしているものではなく、反射的に起こっているものだった。熱されたやかんを触って手をひっこめたり、目の前に迫ったバレーボールに目を閉じたりするような、無意識で起こす反射のようなものだった。
頭で考えたからといって、どうする事も出来ない問題だった。
「まぁ、イイじゃん。どんな依頼があるのかみてみよーよ」
「そうだね。面白いのがあると良いね」
残念な事に、その場に並べられた依頼は”庭の草引き”がほとんどであった。
「やっぱり、ノアの奴らに連絡取ってくれねぇか」
大男──ダンクがそう言うのに、クレイブは呆れた声で拒否を返した。
「彼らは王都にいませんよ。何度言えば分かってもらえますか」
「だから、ギルドにはネットワークがあるだろ? だから、コッチに連絡して欲しいって伝えてくれよ」
乱暴な仕草で頭を掻きまわすと、ダンクは同じ部屋にいる子供たちの様子を伺った。
幸いにも子供達は目の前の依頼に夢中で、こちらの事を気にもしていないようだった。
「……コッチが受けた依頼、知ってるな?」
「あぁ。どんなオバカが受けたのかと思いましたよ。……討伐依頼なんて」
ダンク達が受けたのは討伐──それも魔竜の討伐依頼であった。
「違う──やっぱギルドには内緒にしてんのか。コッチが受けたのは捕獲依頼だった」
「はい? 捕獲ですか。え──いえ、魔獣の捕獲依頼なんて。ギルドの契約に違反していますよ」
「だよなぁ。コッチもこれ以上ないってくらい、ヤバイの引いたわ」
ダンクのパーティには、そういうヤバイ依頼を引き当てる天才がいる。彼が選んだ依頼は、それがどのようなものであっても無事に済んだ事はない。ただの薬草摘みの依頼のはずが、違法グループと関わっていたりするのだから、振り回される方はたまったものではなかった。
今までに関わった事件では、違法人身売買が七件、魔獣取引が四件、生贄事件が十五件と、どうしてこうなったと頭を抱える件数である。しかも、ほとんどが依頼主の不正であるため、依頼料は入ってこないのだ。
しかし、今回の依頼を選んだのはその”天才”ではなく、ダンクであった。その為、まさか裏がある依頼だとは欠片も思っていなかったのだが。
「……全部吐いてギルドの全面協力を得るか、隠して依頼主への義理を守るか。好きな方を選んでいいですよ」
「だよなぁ。──つまり、ギルドに上げてた依頼は、領地を暴れまわる魔竜の”討伐”だった。が、依頼主に詳細を確認に言ったら”捕獲”と言われたわけだ。なんでも薬学の実験体にしたいとかでな。
その時点でやばいんじゃないかとは思ったんだが、相手が貴族だろ? ひでぇの引いたと諦めて、討伐に出ようと思ったんだよ。
ほら、何言われても”実力不足”を理由に、捕獲は無理だったと言えばいいかと思ってな。
けれどな。出向いた先では魔竜はもう討伐されてたんだよ。旅の途中の冒険者──って言ってたな。そいつらが跡形もなく消し飛ばしちまって、魔竜の欠片も残ってなかったわけだ。
無駄足ふんだが、いいんじゃないかって?
こっちもそう思ったさ。ところがだ。依頼主のヤツ──依頼したのは魔竜の捕獲なんだから、魔竜をもってこい──と、こう言うんだわ。
きな臭え──どう考えたって、黒だろ?
だからさぁ、王子のコネを借りたいなって思ってんだわ。あの貴族が何を企んでるのか……まさか謀反とか、魔竜繁殖させようとか……そんなん企んでたらヤバいしな。
片棒なんか担ぎたくもねぇよ」
「…………ギルドとしても、悪事の手助けをするのは本意ではありません。わかりました、かの貴族の動向については確認しておきましょう」
「マジで悪いな」
残念なことに、貴族とただの冒険者では信頼に差がある。
たとえ冒険者が利用されたのだとしても、貴族が冒険者に責任を押し付けてしまえば、貴族が正しいことになってしまうのだ。
しかし、国中を移動するならば領主達と関わらないわけにもいかない。特に冒険者などをしていたなら、食糧や水の確保、仕事の確保──はては武器防具の購入メンテナンス等、町々に寄らないわけにもいかない。勿論町としても、珍しい素材を売りに来る冒険者達の存在はありがたいものであるし、周辺の魔獣を狩ってくれるのだから二重にありがたい存在である。
腕の良い冒険者の中では、乞われて町に腰を落ち着ける者も多く存在するのだ。
「あーあ、失敗したな」
また依頼料が入ってこない、とダンクはカウンターにうつ伏せて嘆いたのだった。
○ ○ ○
目の前に聖女が立っていた。
それは、神の寵愛が形になったような美しい少女だった。真っ白な法衣が日を反射しており、長い銀の髪が風にあおられては形を変えて輝きを返す。
その白い肌にはしみ一つなく、小さな唇は咲き始めのバラの花のように瑞々しく色付いていた。
「皆さまを苦しめていた悪は去りました」
己を注視するセクドの民の前で、聖女は宣言した。
「悲しむべきことに先の領主さまは、魔人に膝を屈していたのです。
その道を糺すために、勇者が参りました。領主の圧政から皆さまを解放するために、わたくしたちが微力を尽くしたのです。
そして、領主は討たれました。かの者が得ていた魔獣たちと共に。
皆さまを苦しめていた悪は滅びたのです。
ここから始めましょう。
新しい領主さまの下で、新たな生活を始めて下さい。
神は、何時でも皆さまを見守っておいでです」
元は領主の館があった場所。今は柱の一本も無くなってしまった荒れ地に集められたセクドの民を前にして、聖女は澄んで声で言ったのだった。
魔獣が外をうろうろしている為に、庭の草引きは嫌がられる仕事に。
そのうち買い物も代行業務ができたりして。




