六話 勇者と騎士達と突入
その一団は勇者の一行において、確かに異色な存在であった。
人数は多くはないはずなのに、彼らの纏う空気と、そこからあふれ出る威圧感を感じる。
領主の館の前に集まっている勇者達は、一行のリーダーであるエクスが声を上げるのを聞いていた。
「さて。勇者殿、英雄アレフよ。我らの力、我らの覚悟を、その目でとくと見るがいい──」
エクスが示すのは粛清──魔人にくみし、領地を荒らした者達への裁きだった。
相手が魔獣であり、ソレを飼っているのが領主だというのならば、ソレに相対するのは自分達だと宣言する。
エクスは腰に佩いていた剣を抜くと、問題の館を指し示す。エクスの持つまっすぐな剣が陽光に反射するのに合わせて、皆の視線もエクスから剣へ、剣先から館へと誘導されていった。
「我らが同胞よ、手足よ。我らが肉体よ」
エクスの声に応じるのは、侵攻期を共に戦い生き延びた英雄達。敵の居場所を定めた者たちは、狩りの合図を待ち焦がれていた。
「この地を治める者達こそが我らが敵。魔物を己が手足とし、無辜の民の血と屍の上に築かれた繁栄を謳歌する者なり。
さぁ、剣を取れ! 爪を磨げ!
悪鬼に魂まで売り渡した者共を、この目前に引き摺り出せ。
いざや、我らが敵を打ち滅ぼせ!」
「我らは敵を打ち滅ぼす!」
「敵を滅ぼせ!」
エクスに答えたのは、たった五人であった。
ほんの五人の声が、地を揺らし、風を切る怒号となって、周囲に広がると、その場を呪縛する力となった。
まるで百人はいるかのような存在感と共に、彼らは駆け出した。それはまるで、破壊が形をとったかのような光景だった。
彼らの進む先では門番が無力化され──武器を落とされると共に腕が不自然な方向に曲がっていたり、壁に叩きつけられて意識を失っている者もいた。
勢いのままに数人が建物内になだれ込み、または建物の外周を見張っている。
それを目の当たりにして、ヒイロは目を大きく開いて感嘆の声を上げ、アレフはいずれ自分もアレに参加するのかと目頭を押さえた。派手にやりおって、と文句を言うのはトルクで、ナルは他の騎士達と一緒になって頬を引きつらせていた。
まさしく、彼らとはレベルが違うのだ。
「あ。あの。すみません。あの……」
恐ろしい勢いで侵食してゆく騎士達を、ただ見入るばかりだったヒイロ達の耳に、小さな女性の声が届く。
それは、王城への使いをはたしたミーナだった。
彼女は町の入り口で一人の貴族と出会い、ここまで案内してきたのだ。
「ん? あ──」
「おお、帰ったか!」
まずミーナに気がついたのはヒイロだった。そのまま、ヒイロが話しかけようとしたところで、トルクがそれを遮った。
今度こそ勇者と話せるかと、嬉しそうにしたミーナは一転して顔を曇らせると、トルクに案内してきた貴族を紹介した。
「良いタイミングで帰ったな、ミーナ。伯爵」
「ご無沙汰ですね、トルク殿。ですが、隠居ジジイを呼び出すなんて、何かありましたかな」
「あるもある。真っ最中じゃ」
ちらりと、トルクは争いごとの続く館を見た。つられて伯爵もソレを見て、館から上がる悲鳴といたるところに入る罅、飛んでゆく衝撃波に目を丸くした。
「何がおこっているのだ、コレは──」
「先の英雄達が遊んでいるのだ。まったく、奴らは後始末のことなど何にも考えないときた!」
伯爵は侵攻期を記憶している一人である。その英雄達がどれほどでたらめな存在なのか、良くわかっていた。
だからこそ、それならば仕方がないかとすぐに諦めがついたのだった。
「貴公にはこの度の後始末──今の領主を処刑した後の、この領地の建て直しをしてもらうぞ。自分の分家の後始末だ、イヤとは言わんだろうな」
「……それは。あれを……どうにか、か」
伯爵の目に映るのは、ぼろぼろになった館──はたしてこの状態で、今までの領地経営の書類は無事なのだろうかと、疑問を抱かずにはいられない。
しかも、普通の領地経営でも難しいというのに、この領主は魔獣を飼っていたと王都に報告されている。
一族連座にならなかっただけマシかと、伯爵は今後を思ってため息を付いた。
「さて、ミーナ。君はネルネ殿から薬を預かってきているはずだが」
「はい、こちらです。えっと……」
ミーナが薬鞄から、いくつかの茶色の瓶を取り出してトルクに渡す。その瓶いっぱいに、小指の爪くらいのサイズの黒い丸薬がつめこまれていた。
「一人一粒の服用で効果がでるそうです。水で飲み込むか、口中で溶かしてください。どちらの方法でも薬が効いてくるのは、一時間以上たってからになります。一粒でも回復が不十分な場合は、一日あけて、もう一粒を服用させてください。一人につき二粒まで、それ以上は毒になるので飲まさないように願います」
ミーナの言葉にトルクは頷く。
「なんですか、それは」
丸薬に興味を持った伯爵が聞くのに、トルクはつまらなさそうに口にする。
「洗脳術──の、回復薬だよ。この町の人々は、魔人に支配されているのだ」
○ ○ ○
ヒイロ達がその町についたのは、二日前の夕方だった。門番のおざなりな誰何をうけた後、一向は暮れ行く町へと入ったのだ。
そこでトルクは違和感を感じた。
このセクドの町は比較的王都に近く、勇者誕生の話や勇者と聖女の旅についても、知らせが届いているはずである。それなのに、注目されないとはどういうことだろうか。
世界を救うという勇者と、神に近き者として崇拝を集める聖女だ──注目されないはずがないのに、町人達は一介の旅人が来たかのような振舞いをする。
なぜだ──と周囲を見回したトルクは、この町を包む空気になんらかの魔術の残り香が薄く漂っている事に気がついた。
甘ったるい、心をくすぐられるかのような、そんな魅惑的な香りである。
これに気がついたのがトルクでなければ、つい引き込まれてしまったかもしれない。それほどまでに甘美な誘惑であった。
しかし、これほど希薄した状態の魔術ならば、まず影響をうけることはないだろうとトルクは判断する。
くすん、と鼻をならしたトルクは、指を鳴らして近くの騎士を呼んだ。
「およびでしょうか?」
「ああ。──気がついているだろうか? この町は魔術の支配下にあるようだ。
しかし、この魔術は数日──いや、数週間は前に掛けられたもののようでな。どのような効果があるのか、このままでは分からない。
そこでな、ワシがこの魔術を集め、濃縮し、君にかけてみたいと思うのだが、うけてくれるな」
否定など許さないと、強い口調でトルクが言う。
「わ、わかりました」
「うむ。これは君にしか頼めないのだ。すまないが、よろしく頼むぞ」
頭を下げる騎士の肩に、トルクが手を乗せて言う。
そのまま目を閉じて、周囲の魔力を集めて、集めて──それでも足りそうになかったため、もっと広範囲にまで魔術を展開してかすかな魔力を集めた。
満足いくほどに濃くなった魔力は、かすかに色付いて、生物のようにうねっているのが感じられた。
目の前でうごめく魔力を、騎士にむかって放つ。
「カゼノヤイバ────これでよし。どうだ、何か感じることがあったら、全て話してみるがいい」
「……トルク様」
「うん?」
「あぁ、トルク様。私は、私はあなた様をお慕いしております。どうぞなんでもご命令ください────」
「は? あ、ああ。支配の術か、これは」
なるほどと、納得したトルクは”支配の術”を解いて騎士を追い払う。
甘い魅惑的な香は、人の心を支配する魔術を受け入れ易くするための香りだったというわけだ。
「支配の魔術──それも町一つを覆うような術を解くには──薬の方が楽じゃな。ミーナを捕まえてネルネ殿に話をしてみようか」
この”支配の魔術”をとくのは勿論トルクでも可能である。つい先ほど騎士の魔術を解いたのがその証拠だった。
しかし、魔術を使うには魔力がいる。しかも解呪は個人にしか効かない魔術であった。それらのことを考えて、薬師に任せようということにしたのだった。幸いなことに、ミーナの移動力を使えば、王都から半日でここまでたどり着くはずであった。
その言葉の通り、王都からセクドの町に移動したミーナは、ネルネ宛の封書を受け取ると王都にトンボ帰りすることになってしまったのだった。
その間に、勇者が捜査中の騎士達と合流して状況を確かめたところ、どうやら領主が魔獣を飼っていることで間違いがないだろうということになった。この旨は王都にも伝わっていて、王都より遣わされる使者は領主の本家筋の伯爵であるということだった。
勇者に領主を裁いてもらい、空いた領地を伯爵が治めるというのが今回の予定だった。
その話を聞いて、今にも駆け出しそうなヒイロと騎士達を、トルクは留めた。
「なんで、どうしてですか? 早く助けないと──」
「もっともな意見だがな。……この町に魔術が掛けられていることが分かった。それも、かなり厄介な魔術だ。これ以外に魔術が掛けられていないかどうか、確かめたいのでな。すまんが一日時間をくれないだろうか」
ヒイロはなんと返事をして良いか分からずに同行者達を伺う。
「その魔術というのは、一体どのようなものでしょうか?」
一行を代表したのはアレフだった。
「うむ。心を支配する魔術でな。我ら一行に対してこれほど無関心なのは、おそらくこの魔術のせいであろうな。
ワシが気にしているのは、領主に剣を向けた際に、この町ごと滅ぼされないだろうかということだ。
十中八九、相手は魔人であろう。己に敵対する者を相手に、どれほど残酷なことを行うか──わかったものではないからな」
「なるほど──」
「そういうことならば、仕方があるまい。それまでの間、我らはこの地を見て周りたいのだが、いかがか」
一行のリーダーであるエクスが方針をだした。
いかにも渋ってはいるものの、町全体を人質にとられている可能性があるということで、許可したのだった。
「はい。ではそうしましょう!」
エクスが出す方針を、勇者が了承する。
仮にもこの旅は勇者の旅である。そのことを忘れないためのやり取りであった。
そして、翌日一日かけてトルクは魔術の検知を行った。
彼は部屋に篭り、己の魔力を町中に広げることで、セクドの町に張られた魔術の網を解明していったのだ。
その結果、セクドの町には支配の魔術以外に、施された術はないことが判明した。
報告を受けて、翌朝から領主の館を包囲する準備を行い、昼前にセクド達が突入することになったのだ。
一度王都に帰ったミーナが師の薬を運んでくるのと、馬車でセクドの町に向かっていた伯爵が町にたどり着くのはほとんど同時だった。二人は合流して勇者一行を目指して──この、人並み外れた光景を目の当たりにすることになったのだった。