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五話 勇者と騎士達とのひと時

 三日かかる行程も残り一日となった。

 ここにきてようやく、ナルはヒイロを捕まえることに成功したのだった。ヒイロはトルクや騎士たちと一緒にいて、中々話をする機会がなかったのだ。

 そのヒイロが珍しく一人で歩いていると気がつくと、ナルは料理の手伝いから外れて、ヒイロに話しかけた。


「元気にしてるかい。勇者様」

「あ。えーっと……」

「ナルだよ。最近忙しそうにしてるじゃないか。ちっとは強くなってんのか?」


 ナルはヒイロをからかうが、彼の剣の腕は上手とはいえなかった。

 特に今は移動を重視しているため、剣を振ることもない。馬車の中でトルクの魔術講義を聞いているだけだった。

 せっかく少し剣の振り方がわかった様な気がしていたのに、このままでは体の動かし方を忘れてしまいそうだった。


「強くですか。……難しいですね」

「まぁ、一日二日ではなぁ。ま、魔王のところにたどりつくまでに、上達してればいいんじゃねぇ? この一行には、バケモノみたいなのが混ざってるしな」

「……そうですね」


 あからさまにヒイロは落ち込む。

 ナルはこの旅にまぎれこんでいるバケモノ達のことを考えていた。自分もかなりの使い手だと自負していたのだが、彼らの前には児戯に等しい。

 その彼らは、休憩所の周辺を見回ると言って出て行き、この場にはいなかった。

 この場所につくまでも、何頭もの魔獣・害獣を駆除しており、他の騎士達は疲れきっているというのに、なんともタフなことだった。


「そんなに落ち込むなって。他の騎士たちもな、あいつらのまねは出来ないって言ってるしなァ」


 バケモノはほんの一握り。他の騎士達は、彼らを憧れや羨望の目で見ていたり、あるいは妬みややっかみ混じりに対応していたりした。


「え。そうなんですか?」

「そうそう。ってかさ──。なぁ、最近──英雄様の様子ヘンじゃね?」

「? アレフさんですか?」

「そうそう。なんか落ち込んでるってーか。考え込んでるってーか。思いつめてる感じ?」


 これが、ナルが相談したかった内容だった。アレフは前の村に着くまでの間ずっと、ヒイロに付きっ切りで世話をしており、その時と今では様子が違う気がしていたのだった。

 一緒にいたヒイロならば、アレフの異変に気がついているのではないかと、話を振ってみたのだが。


「どうでしょうか。最近はご一緒しないんで、よくわかりません」

「そっか。あー、アレだよな。魔術師のじいさんと一緒にお勉強だもんなァ。わかんねぇか」


 そういえば、最近ヒイロの姿を見ていなかったとナルは思い至る。

 馬車の中でトルクと顔を突き合わせているだけのヒイロでは、周りの異変になど気がつかないのだろう。


 けれど、仮にも勇者の旅であるのに、その勇者が置き去りで良いのだろうか。

 勇者の現状が、旅が始まってから一度も姿を見せない聖女のものとかぶってみえて、ナルは気持ち悪さを感じた。

 いくら大切だからといって、周囲と隔離して、孤立させることが本人のためになるのだろうか。


「もうちっと周りを見た方がいいかもなァ。──聖女様のこともあるし」

「えっと……」


 どうしてここで聖女様? とヒイロが疑問を浮かべる。結局ヒイロは聖女と一度も話ができていないままであった。

 城での顔合わせの時でさえ、聖女は薄いベールで上半身を覆って、会話も全て神官が代行していたのだから。


「よし! ちょっと付き合えよ! どうせだから、皆と話してみようぜ」

「え、皆って?」

「騎士の皆だよ。いっつも勇者様にくっついてるお上品な騎士様とは別グループのな」


 その”お上品な騎士様”にヒイロは剣を習っていた。騎士の半分以上が一つのグループなっているので、ヒイロもそのグループの一員になった気がしていたのだ。

 彼らは、自分達以外のグループを小間使いか何かのように使っており、ヒイロも同じように感じていたのだが。


「別グループですか。ナルさんは随分と打ち解けてるんですね」

「ん、まぁな。叩き上げ連中とは息があうンだよな。オレ自身がそうだからなァ。

 ま、勇者様もたまには違うメンバーと話をするのもいいんじゃねえ?

 なんといったって、相手は同じ旅の仲間なんだからな」


 だから、ヒイロは”旅の仲間”という言葉に後ろめたさを感じた。彼らを仲間だと思っていなかった事を見透かされたと思ったのだ。


「……仲間だと思ってくれているんでしょうか」

「勿論だって。ほら、ちょっとこっち──」


 その”別グループ”の騎士達は、休憩所のはずれで料理を作っていた。数人の騎士からは朗らかな笑い声が聞こえてきており、楽しそうに作業をしているのが良くわかった。

 ナルは勇者を引きずってその場に入り込むと、後は煮込むだけとなっている大きなスープ鍋の前に連れて行った。

 そこにいる騎士達は皆装備を外しており、かなりのんびりとした雰囲気の中で、鍋をかき回したり、火の魔術の調整を行っていた。


「よゥ、勇者様を連れてきたぜ」


 ナルが鍋の横にヒイロを突き出す。

 周りの騎士の視線が自分に向いたのに気がついて、ヒイロはあわてて顔を伏せた。なぜか、とても恥ずかしい思いがしたのだ。


「うわぁ、ちょっとこいつ、本当に勇者様を連れてきやがった!」

「会えてうれしいです。勇者様。わたしはツェイ。こちらはエイン。奥で作業をしているのがトライアとフィオです」


 スープをかき回している大男がツェイで、火の魔術を使っているのがエインだった。

 ツェイが言ったように、スープの奥では二人が大きな鉄板に向かってフライ返しを振るっていた。そこから、ひらひらと手が振られていた。


「えっと、はじめまして、でいいんでしょうか。ヒイロです。よろしくお願いします」

「へぇ、うまそうじゃん。今日の献立はなんなんだ?」


 きちんとあいさつを返すヒイロに比べて、ナルは不真面目だった。

 香辛料を惜しげもなく使用した、スパイシーな香りの漂ってくる鍋を覗き込み、かき混ぜられている具材を目で追う。


「ロブヌターと踊り茸のスープにパン。後は、昨日血抜きして乾しておいた大蛇を焼こうかってな」


 昨日の夕方に、大きな──胴周りが二メートルもある巨大な蛇に遭遇し、退治していたのだった。

 この世界で野獣は食料である。特にこれほど大きな大蛇は、身も厚く、油ののったごちそうであった。しっかりと皮を剥いで内臓を処理した後、食用にと保存していたのだが、そのいくらかを調理しているという事だった。


「蛇ですか、いいですね。僕は、二日葉とあわせて炒めたのが好きです」


 ヒイロが、家で何度も食べていた味を思い出して言う。

 二日葉というのは、芽が出てから二日で食べれるという、庶民にとっては身近な食材であった。

 ちょっと苦味があるのが玉に瑕だが、豊富な栄養を持つ為に日常で食べられるだけでなく、旅人の必須食材にもなっているのだ。


「おっ、勇者様もイケル口だねぇ。オレは蒸し焼きにしてた時のふわふわの触感が好きかなァ」

「かば焼き一押しですよ。甘いタレをつけると、エールによくあうんです」

「野菜と一緒にパンに挟むと手軽でイイな。歩きながらでも食べられるから、忙しい時の時短テクニックだよな」


 その場は蛇の調理法でひとしきり盛り上がった。

 秘伝のタレや、合わせるハーブなど、話のネタはつきなかったのだが、ふとナルが疑問を口にする。


「でもなぁ、料理してるのって、お前さん達だけじゃねぇ? 他の騎士達はなにしてんだよ?」

「あぁ、それは。まぁ……」


 ツェイが言葉を濁す。

 反対にエインはここぞとばかりに不満をぶちまけた。


「他の騎士(ヤツ)らに何ができると思ってんだ? あいつらは、お貴族サマだぜ。料理なんてしたことないって。

 神官達だってそう。出来上がったものを持って行くだけで、皮むきの一つも手伝おうとしないしな!」

「まぁ、アノ神官どもが野菜の皮むきしてたら、オレ指差して笑ってやるけどな」


 ナルがアノと言うのにはわけがある。

 彼らは聖女の世話を任されたメンバーである。つまり、神官の中でも高位──神官の中の神官なのだ。その人員と料理の下ごしらえとは──まったく合わない組み合わせであった。


「アレフのヤツもなーんか、参ってるみたいだしな」

「あ、やっぱり? 何か悩んでるとは思ってたんだ。アレ、何悩んでんの?」


 我が意を得たりと、ナルがくいつくのだが、ツェイとエインは首を振った。


「さぁ……」

「アレフのヤツ、英雄って呼ばれるようになってからは、こっちと話そうともしないからな。貴族の中ではマシな奴だと思ってたんだけどな。

 は! 英雄様はさぞかしオエライんだろうな」

「……エイン。おまえ、ぺらぺらと口の軽い……」


 エインの言葉にツェイがストップをかけようとしたところで、ナルがツェイをとめた。


「いいじゃん。あんたら、そう思ってるんだろ? オレ達だって、今の旅が変だな~、とは思ってんの。

 ヒイロだって、別にお高くまとまりたいわけじゃなくてな、魔術師のじーさんや騎士サマ達に放してもらえなかっただけ。

 これからはサ、今まで疎遠だった分も取り替えそうや」

「そうです。いつも美味しいご飯をいただいて、嬉しかったです。ありがとうございます!

 それに、その──手伝えなくて、ごめんなさい」


 手伝うこともできずに、ご飯だけ食べていたのはヒイロも同じだった。

 旅のはじめから、休憩に入ると騎士達が食べ物を持ってきてくれて、野営となると手際よくテントが張られているのが当たり前だったため、ヒイロはそれが普通なのだと思い込んでいたのだ。

 自分の見えないところで、料理を作り、野営の準備をする人たちがいることを、ヒイロは少しも意識していなかった。


「あ──、まぁ。そりゃぁ。……美味かったならいいわ」

「あなたは勇者ですから。まずは強くなってもらわないと、ということです。料理はそれこそ誰でも──私達なら誰でもできますが、あなたのかわりに修練を積むことはできません。

 こういう言い方では問題があるかもしれませんが、勇者が些事にとらわれることなく強くなるために私達がいると、そう考えてください」

「ははッ! 言っただろ? 勇者様は──ヒイロは”周りが見えてない”だけだって」


 騎士達の勇者に対する思いを聞いていたナルが、声を大きくする。まちがいなく彼らの話を聞いている、回りの騎士達にしっかり届くようにとの配慮だ。


「ヒイロはまだまだ子供じゃねぇか。そんな子供が、周りを騎士サマや魔術師のじーさんに固められてみろよ。言われたことをハイハイってやるしかねぇだろ?

 しかも相手は剣や魔術の師匠だぜ?

 子供ン時に、師匠には逆らうな──って、拳骨くらったのを思い出すなァ」


 ナルが言う師匠とは、勿論シーフの師匠である。飛んできたのは拳骨ではなく暗器だったが、そこはナイショだ。


「違いねぇな。師匠ってもんは弟子を管理したがるんで困るわな。

 勇者の周りをお貴族サマがガードしてたのは本当だしな。食事でさえ、アノお貴族サマが取りにきてたじゃないか。

 ンだけガッチガチに固められてちゃ、手も足もでねぇわ」


 エインがさりげなくフォローを入れた。

 その言葉に、ヒイロは本当にすみませんと、肩を落としていた。


「そういえばさ、アノすっごく強いメンバー。彼らは料理しないのか?」


 雰囲気を代えようとナルが別の話題を口にしたのだが──その場に溢れていた雑音が消え、かわりにカランと調理器具を取り落とす音が響き渡った。


「げふッ」


 エインがその場に崩れ落ちる。ツェイも心なしか青ざめてはいるものの、なんとかその場に立っていた。

 周囲を見回すと、エインのように地に伏せている者、口を押さえて下を向いている者、青い顔をして振るえている者、さまざまだった。


「…………ああ、お前は知らないからな。彼らに料理をさせるなというのが、彼らと同行するときの鉄則だ」

「ごほごふッ……。いいか、アイツラは特別なんだわ。アイツラは前の侵攻期の生き残りでな──知ってるだろ、侵攻期。

 国中に魔物が溢れ、最終的に王都が戦場になったってアレだよ。アレの生き残り。

 おかげでむちゃくちゃ強いんだけどな──そん時の名残なのかね、食べれりゃ良いって考えてんだわ。

 たとえば、スープん中に蛇が丸儘(まるまま)沈んでたりする──勿論、内臓も皮も頭も毒もそのまんまでな。

 そんなメシを、食べたいと思うか?」


 しゃがみこんだまま己の腹をさすりながら、エインが口にする。

 おそらく、彼はソレを食べたのだろうと、ナルは生暖かい視線を向けてしまった。


「それは……」

「すごく、豪快ですね」

(さば)くと体積減るから──って言われた時はわけがわからなかったね。

 で、アイツラ見てるとさ、ばりばり食ってんの。頭から尻尾まで──骨も残さずにな。

 いやー、アレ見た時は、常識捨てないと強くなれないんだと悟ったね」

「侵攻期の最後には、食べるものも殆どなくなっていたと聞く。その中で生き延びようと足掻いた結果なのだろう」


 侵攻期、というのは二十年近く前におこった魔物の大量発生の事を指す。

 突如として現れた魔物達は、平和に暮らしていた村や町をいきなり襲い、壊滅させると、王都へと雪崩れ込んで来たのだ。

 そのスピードは目を見張るものがあり──当時は争いが殆どおこらない平和な時代だったために、騎士や兵士、冒険者達ものんびり構えていた。そのために、いきなり現れた敵に対処できなかったのだ。

 そうして、多くの犠牲を出して──最終的に、一人の魔人を退けた事で、魔物達はちりぢりに消えていった。


 魔人は退避する時に、現国王の妹姫を攫っていったとされている。

 その姫を救うためにと、当時の騎士団長が位を返上し、在野に下った。彼は姫を求める旅に出たというが、その後の足取りは不明。

 彼が、姫がどうなったのか、誰も知らない。


 ただ、その騎士団長は非常に有能な人であった。彼の指示のもとで全ての騎士が動いていたのだが、彼は後継者にはそれを求めなかった。

 彼は辞任するときに、騎士団を二つに分けた。それぞれの頭として、騎士団長と騎士団副長をおき、まったく異なる二つの騎士団としてしまったのだ。


 それは、侵攻期が終わった後の混乱を収め、貴族達の不満を和らげるための手段であった。

 侵攻期に前線で戦った騎士達は英雄と称えられた。

 しかし、かれらの殆どは平民出身であった。争いの最中では気にならないそのことが、争いが終わった時、不和の種となって芽吹いてきたのだ。


 特に貴族達の懸念はひどいものがあった。貴族達は、英雄達が己の座を脅かすのではないかと案じ、恐怖をつのらせていたのだ。

 騎士団長が隊を割り、英雄達を──平民出身者達を(まつりごと)から遠ざける事で、貴族の感情をいくぶんか和らげたのだった。


 もっとも、そのことが騎士団長隊と騎士団副長隊に優劣を作る事となってしまった。お互いに良い感情を持ってはおらず、互助協力から遠ざかってしまうという、新しい悩みの種となったのだった。


 とにかく、騎士の中には侵攻期を生き抜いた、非常に強い者達が混ざっているということだ。

 そして、彼らには料理をさせてはならない。


 エインの行動が移ったかのように、アレフとナルは胃と腹を撫でて、そう心に誓ったのだった。


強さのランクは、

侵攻期生き残り>|越えられない壁|>ノア達>>騎士(強)、ナル>>アレフ、騎士(貴族)>|初心者の壁|>ヒイロ


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