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四話 魔術講義

「魔術とは無限の可能性を秘めているのだ。その気になれば何でもできる。無から有を作り出すことこそが魔術の極意なのだ」


 次の目的地は、馬車で三日進んだセクドの町に決まった。

 その町はこのあたり一帯を治める領主の館があり、人が多く、旅人達も頻繁に訪れるにぎやかな町であったという。しかし、一年ほど前から旅人の失踪が相次ぎ、人の足は途絶え、商人達は町の滞在期間ですら護衛を雇っているという。


 人攫いにあっているのは間違いないのだが、それを行っているのは人なのか、それとも──と入念に検討されている途中の事案だった。

 人を攫っているのが人ならば──良くはないが、まぁ、良しとする。

 問題なのは、ソレを行っているのが魔獣だった場合だ。王都の例にもれず、魔獣は積極的に人を襲い、喰らい、増える。町のなかでひっそりと魔獣が生息している可能性がなくもないのだ。


 それら以上に厄介なのは、人が魔獣を飼っている可能性があるということだった。

 一週間に一人という決まったタイミングで人が消えるのはなぜなのか──ミーナが運んできた書面には、その町での過去の事件と、勇者に解決して欲しいという希望が書かれていた。


 現在の一行の目的は、勇者のレベルを上げる事と、”勇者”が国内を回ることで民に活気を取り戻してもらう事である。

 セクドの町の出来事は、勇者の名をあげるのにふさわしい事件だと判断された。


 勇者一行は早々と村を出て、セクドの町へと出発したのだった。もちろん、その旨は王都へ連絡をしている。王都からの使者がセクドの町に向かい、捜査中の騎士達と現地で合流する手はずになっていた。


 できるだけ早くセクドの町に到着するためにと、魔獣を勇者の剣術の練習台にするのは諦めた。勇者は残念そうにしていたが、事件の早期解決のためと言いくるめられて、馬車の中で大人しくしていた。

 その、勇者の空き時間を使って、トルクが魔術の使い方を教えることにしたのだった。


「何でもって、何ができるんでしょうか?」

「なんでも、だ。まず、四大元素に対応する魔術をあげてみよ」

「はい。えっと……風がカゼノヤイバ、火がホノオノヤ、水がミズノムチ、土がツチノツチです」


 トルクは何度も頷きながら、手の上に土の塊を出現させた。


「これが、レベル一、初級レベルのツチノツチだ。おまえさんも使ったことがあるな?」

「はぁ、ありますけど」 


 ヒイロが見ている前で、トルクが手にする土の量が人一人分ほどに増えた。


「これがレベル二、中級レベルというところか。そして──この馬車を埋めてなお余りあるほどの土を出すのが、レベル三、高位レベルだ」


 たとえるなら、低レベルならコップ一杯分、中レベルでベット一個分、高レベルでトラック一台分の土を出現させられるということだった。

 勿論、レベルが高くなればなるほど必要な魔力量は多い。自分の持つ魔力量と、魔術レベルのバランスをきちんと取っておかないと、魔術の失敗になりかねない。


「へぇ~。魔術レベルをあげると、そんなことができるんですね」

「確かに魔術のレベルは上げた方がよい。だが、それよりも大切なのは、ちゃんと使いこなす(・・・・・)ことだ。良く見ているように」


 トルクは手の中の土を器用に操ると、動物の形や家、城の形を作ったりと見事な型を作り上げた。それだけでなく、左右の掌に半分ずつ土を分けると、剣と槍の形をとって迫力のある打ち合いをこなし始めた。

 キンと、まるで本物の様な音までさせて、激しく交わる刃に、ヒイロは思わず拍手をした。


「すごいんですね」

「そう。精密さを──非常に繊細な魔力コントロールを必要とするが、実際に魔術を使用しようと思うならば、これくらいは出来なくてはいけない。

 そして、これら全てが”ツチノツチ”というたった一つの魔術によって為されている。──魔術が万能だと言った理由がわかるな?」


 真剣な表情でヒイロが頷く。

 ヒイロの育った環境では、これほど見事に魔術を操る人はいなかった。さすがは宮廷魔術師の称号を持つだけのことはある。町や村の魔術師とはレベルが違うのだ。


「後は──良く誤解されるのだが、神官も”魔術”を使っている。光と闇──ヒカリノタマとヤミノタマの高位魔術は、神官により授けられるのを知っているか」

「いいえ、そうなんですか?」


 魔術は基本的に”魔術屋”で学ぶ。町の魔術屋であれば、初期魔術のほとんどと、人気の高い中級魔術の継承用魔術玉を持っている。人の少ない村では、一年に一度各領主が魔術師を派遣してくれるのを待つしか、魔術を覚える方法はないのだった。


 ヒイロが今までいた町にも魔術屋はあった。けれど、置いてあるのは初期魔術だけで、そのために中級や高等魔術を見たこともなかったのだ。

 それは光と闇の魔術にしても同じである。


「魔術自体、中級以上を見たことがないので、よくわかりません」

「────そうか。それは、なんと気の毒なことだ。人生を大きく損しているではないか。次にチャンスがあれば、ワシが本当の”魔術”を見せてやろう」


 少年は王都に住んでいたわけではない。神託が下るまで、田舎で家畜を追って暮らしていたのだった。トルクと王都の常識は通用しない。


 トルクは麻痺してしまっているのだが、王都では何かある度に魔術を使う。

 貴族の夜会だと言ってはヒカリノタマが夜空を飾り、王城の催しだと言ってはカゼノヤイバがファンファーレを遠くまで響き渡らせる。火事が起こればツチノツチやミズノムチで消火して、家を取り壊すのもツチノツチだった。


 魔術師見習いどころか、王都に住む子供よりも魔術を知らないヒイロを前にして、何から教えればいいのやらと、トルクは頭を掻いたのだった。




  ○ ○ ○




 いかにも魔術師です、という人物がギルドの机にうつぶせていた。以前にどこかで見たとんがり帽子にマントとワンピースという出で立ちの、全身黒尽くめでひょろい青年だった。

 がっくりと頭を落とした前には、複雑な記号が書き込まれた紙が散らばっている。四人掛けの机一杯に広げられた紙の一枚が、扉から入ってきた風にあおられてくるりと宙を舞うとセシルの手元に落ちてきた。


「……バナナ?」

「あぁ、ごめにょ、ごめにょ」


 セシルの呟きに青年が顔を上げる。その目元にはくっきりと隈ができており、こころなしか頬もこけているようだった。

 その青年の姿と、手に持った紙の関係がわからない、とセシルは首を捻った。紙には立方体の中に入ったバナナが描かれていたのだった。

 ただ、立方体の隙間にはびっしりと数式が書かれており、どこから始まってどこまでが一つの式なのかすら判断がつかなかった。


「なんですか、これ?」

「何見てんの? お、バナナじゃん」

「や、これはナババの絵でしょす」


 青年はメディエ達よりもずいぶん上だと思われた。筋肉こそついていないものの、身長はしっかりのびているので、成長期の終わった十七くらいだろうかとセシルは観察をする。


「箱に入ってるの? なんで?」

「あーこれは、その……」

「手を出しちゃだめですよ、セシル君、メディエ君」


 青年が口ごもっているうちに、カウンターからクレイブが声をかける。クレイブは青年を呆れたように見ていた。


「あー、こんしゃ」

「こんにちは、クレイブさん。ところで、これはどういうことなんでしょうか?」

「その人が苦労してるのは、宿題なんですよ。魔術学校の宿題が解けなくて困ってしまって、誰か魔術師が来ないかとこうしてギルドで待ってるんです。

 ……いいですか、二人は決められた期限はちゃんと守りましょうね。ギルドの仕事も、学校の宿題も、余裕をもって計画的に進めるようにしましょうね」

「「はーい」」


 クレイブは二人に依頼内容が書かれた紙を振って見せる。どうやらその依頼書が、青年が申し込んだ内容のようだった。


 好奇心に駆られた二人がその紙を覗き込むと、そこには”上部解放の魔術空間から、生物(ナマモノ)を取り出すアイデア募集”と書かれていた。

 おそらくは、上部解放の魔術空間というのが立方体で、生物というのがナババなのだろうと思われた。


「ん~??」

「パズルみたいで面白いですね」


 二人が興味を見せたのを見て、クレイブがやってみるかい? と声をかける。思いもよらない言葉に、セシルとメディエだけでなく、青年もびっくりしてクレイブを凝視した。


「え、クレイブしゃ。条件設定出来るにょすか?」

「面白そう、楽しそう!」

「そうだね。いくつできるか、勝負しようか」

「条件設定、というか。これはゲームみたいなものだからね。魔術具が売られているんだよ」

「えー。それを早く教えてほしかったにょす。魔術具ですか──ちょっと買い物に出てきますね」


 机の上の紙を放置したまま青年は席を立つと、早足でギルドを出て行ってしまった。

 茫然とその様子を見送って、メディエはクレイブの取りだした()のような何かを見た。


「まじゅつぐ?」

「そう、これはサルノナババの魔術具というんだよ。中に小物をいれると、使用者の手の届かないところに浮かび上がる。

 けれども、この箱は蓋が無くてね。

 本家本元は、魔術具ではなく魔術でこれを展開するんだ。だから”上部解放の魔術空間”と言われるんだよ」


 クレイブは机の上に丸めていた書き損じの紙を一枚、箱の中に入れる。箱はゆっくりと上昇を始め、ギルドの天井近くまで浮かんで停止した。そのまま、揺れもせずに宙にとどまっている姿は異様な光景であった。


「ん~?」

「今の状態から、魔術を使って箱の中の物を取り出すんだよ。これは魔術の訓練になるからね、王都の子供達はみんな遊んでるんだけどなぁ」


 クレイブの愚痴は、この玩具(おもちゃ)の存在を知らなかった青年に向けられたものだろう。魔術師希望者が、魔術の訓練方法を知らなくてどうするか、ということだ。形から入るとは良く言うもので、彼の外見──装備は正統派魔術師のものだった。しかし、内面が伴わなくては、ただのコスプレである。

 非常に残念な青年だった。


「ところで、この遊びに、難しい計算は必要なんですか?」


 まだ手に持っていた紙を見ながら、セシルはクレイブに聞く。

 箱から物を取り出すだけの作業に、こんな複雑な計算は必要なのだろうか?


「あー、うん。そうだね。必要とする人達もいる、ということかな」


 クレイブの返答はかなりあいまいなものだった。普通に遊ぶ分には不要だけれども、特殊な職業の人には難しい計算が必要、ということだろうか?

 そういえば、先ほど宿題と言っていたし、”答えと証明”をセットで勉強している人達がいるということだろうか。


「さっきのお兄さんは魔術師学校に行っているんだよ。そこでは、魔術の発動する仕組みを計算しようという人達がいてね。彼はその教科の宿題に困っているんだと思うよ。

 いろいろな現象を数字で表そうとするのは、とても難しいことでね。だからそんな風に、よくわからない文章になってしまうんだね」


 へぇと、セシルは数式を改めて見直して──理解するのを諦めた。

 つまりこういうことを考えている人達がいると、それがわかっただけで良いではないか。


「わかんないことが、わかりました」

「そうだね、まだちょっと早いかな。足し算引き算が簡単に出来るようになってから、勉強しないとね」

「はい」

「え~? 勉強しないといけないの??」

「勉強は出来るときにしておいた方がいいよ。でも、今は魔術のゲームからだね。

 じゃぁ、初級魔法を使って紙を取り出してみようね。ここは室内だからね、火気厳禁だよ。だから、火魔術以外を使ってみようか」

「「はい!」」


 子供達は目の前に用意されたおもちゃに、喜んで飛びついた。


一流の魔術師になるには魔術学校へ行きます。

ただ、高位魔術が複数使える魔力量と、頭の良さ――特に理数系の学力が必要になります。

魔術は強力ですが、完全に使いこなすためには理論を勉強しないといけないという、巨大すぎる壁があります。

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