三話 王都の魔獣対処策
「一匹みたら三十匹いると思え」
己の執務室で、一枚の報告書を見ながら、ディーノは呟いた。それに、ポチが返事を返す。
「突然どうしたんスか?」
「いやな、ここ最近の魔獣の目撃情報を見ていると、先人はよく言ったものだと思わないか」
先日の大捕り物以降、魔獣を見たと言う報告があちらこちらからあがってきていた。それは貴族地区も市街地も関わらずである。報告があがるたびに、討伐隊を向かわせてはいるものの、完全に後手に回ってしまっていた。
「ああ。──最近多いですよね。どこかに抜け道でもできちゃったのか、それとも──」
「繁殖していたか、だな。魔獣がどうやって増えるのかは分かっていないから、対処の仕様は無い。魔獣の持つ特殊な魔力に感化されて、増えてゆくと言われているが……さてさて、本当かどうか」
未だ、魔獣がどのように増えていくのかはなぞのままであった。そのために、手の打ちようがない状態である。
「はぁ。わかりませんねぇ。王都の騎士としては、片っ端から駆除していくしかないと思いますよ。しゃーないです」
「後手に回るのは好きではないのだが。とはいえ、対処しないわけにもいかん、仕方あるまい」
とはいえ、魔術師から情報の共有化についてのレクチャーをうけならがらでもあり、その段取りを組んだりと非常に忙しくしていた。
「ローテーションを組んでますので、確認してください。二団を中心に、新人教育を合わせて組み込みました」
ポチがディーノの目の前に紙を置く。細かく組まれたその表は、見るだけで眩暈がしそうなほど緻密な仕上がりだった。
「……四人一組か。少なくないのではないか?」
「二団の団員は化け物揃いですよ。問題ないですって。二二四五、二三四五に分けて組ませます。団がばらつきますが、四団、五団で組ませるわけにもいきませんから、組長たちにはあきらめてもらいましょ。
んで、全員に最低一回は魔獣と対峙させる予定です」
二団は常識外に強く、三団は日頃から魔獣を相手にしている。この二組で、魔獣相手は素人になる四・五団員をフォローさせようという考えだった。縄張りを越えることに各隊長が文句を言ってくるかと想像して、しかしそんな場合ではないと思い切る。
「そうだな。縄張りなど考えている場合ではないか」
「はい。……しかし”聖女様ご一行”への出向に、二団の半分出すだけで済んだのはラッキーでしたね」
聖女様への護衛には、二団の半分が向かっている。残りの殆どを騎士団長側の人員が占めているのだった。これは、自分達にとって、非常にありがたいことだと、ポチは騎士団長に感謝をささげた、のだが。
「ラッキーか。お前、それは騎士団長の用意したリストを見てのセリフか?」
ディーノはポチの様子に苦笑する。
「え? 勿論見てますけど。何か問題でもありましたか?」
「大有りだ──と思う」
「なんスか、それ」
ディーノは机に詰まれた書類をあさると、騎士団長から渡されていた護衛選抜メンバーリストを掘り出す。名前の前にチェックをつけた書類をポチに渡しながら、納得がいかないと独り言を言った。
「いやな、私では半分しか判からなかったからな。ああ、目的は分かるんだが。具体的な理由が思いつかないと言うか……」
「?」
「こちらのリストを見ろ。このチェックを入れている人物は──アレだ。家柄が良い無能な奴らだな。先代も使いどころに悩んでいたようだが、まさか聖女の護衛に出してくるとは……」
チェックが入っているのは、メンバーの半分程度。それらが全て足手まといとは……ポチは、同僚が被っているであろう被害を偲んだ。
「はぁ。ま、”聖女様の護衛”となれば、箔が付くってことじゃないんですか?」
「”無能”だと言っただろう。そんな者が”魔王を倒す旅”などできるはずがない。逃げ帰ってくるか、死ぬか──逃げれば降格か除隊、死ねばそれで良しということだろうな。だが、残りの半分が分からん」
しかし、残りのメンバーにはいくつかの共通点がある。その一つが、年齢だった。
彼らは一様に若く、それこそ騎士団長と同じくらいかその前後だと思われた。
「んー? 皆若いですね。士官学校の知り合いでしょうか」
「学校でいじめられた仕返しでもするつもりか? ──いや、騎士団長は売られた喧嘩は買う主義だ。こんな裏で手を回すようなまねはするまいよ」
どちらかと言うと、売られた喧嘩は即座に購入するタイプの騎士団長を思う。もう少し思慮深くなって欲しいというのが、そのフォローに動くディーノの願いだった。
「なんでしょうねぇ。……気になりますか?」
すでに出発してしまったメンバーのことが、現状王都に出る魔獣のことよりも気になるか、という質問である。ポチもそれなりに意地が悪いのであった。
「気にする暇などないと、分かって聞いているんだな」
「勿論です。では、このリストは置いておいてください」
ポチは手に持ったリストを処理済みの山の上に重ねる。未採決の書類はまだまだあり、すでに終わったことに関わっている暇は無いのだった。
「とりあえず、オレが作ったローテーションを確認の後サインください。今日のうちに周知てってーさせますから」
そういってポチは、除けられた書類をディーノの机の上、多く並ぶ書類の上に広げて──押しのけられた書類が、ばらばらと雪崩を打って床に落ちていったのだった。
○ ○ ○
「あらあら。どうなっているのかしら?」
王都への門の前で、女性は呟いた。彼女は、王都を襲っている魔獣騒ぎの説明を受けたところだったのだ。
王都の外門には大抵十人近くの人々が集まっている。中に入る許可を望む者、旅人を相手に商売を行うもの、客引きをする者なども加わり、外門前は常ににぎわっている。
その全ての目が、騎士と会話をしている見慣れない女性に集まっていた。彼女は軽装で、服にも足にも少しの汚れすらついてはいなかった。めざとい女性であれば、違和感を感じたかもしれない。
しかし、数日の魔獣騒ぎのために、女達は家にこもりきりになり、今ここにいるのは男達だけであった。
彼女を取り囲む全ての男達が、女性の美しい顔が不安そうに曇るのを見て動揺していた。
「魔獣だなんて、怖いわ。……でも、今更町には帰れないし、勇者様も出発なさったのでしょう? あぁ、なんて恐ろしいのでしょう」
女性が薔薇色の唇を振るわせる。芳しい花のような芳香が彼女を包み込み、そのあでやかさに周囲の男性が色めきたった。
「あの、よろしければ家にいらっしゃいませんか」
「いいえ。家にこそ、ぜひ」
「家に──」
男達は先を争って女性に声をかける。
「ありがとうございます。でも、ご迷惑ですわ」
長い睫を伏せると、サファイアのような青い瞳が輝きを増す。それに魅入られるように男達が我も我もと声を張り上げた。
結局女性達が王都の中に入れたのは、それから三十分近くたってからだった。
「ありがとうございます、旦那様」
「なに、これくらいなんということはない。ご婦人に尽くす礼としては容易いこと──」
「あぁ、本当に頼りになります。心から感謝しておりますわ」
恰幅の良い男性が、豪快に笑う。その、ひときわ裕福な身なりをした男性にエスコートされて、女性は頼もしそうに男にすがったのだった。
騎士(騎士団長組)になるには、士官学校を卒業する必要があります。




