二話 勇者の行く初めての村と魔獣の進化
見晴らしの良い草原で、騎士の一団と魔獣の群れが戦っていた。
騎士達は馬上から強力な攻撃を繰り出していく。その槍の一撃は魔獣を貫き、瞬時に命を奪っていった。圧倒的なスピードでその一団は魔獣の数を減らしていくのだった。
数匹の弱った魔獣はたくみに騎士に追い立てられ、草原の隅で剣をふるう勇者の方に向かわされていた。
「そうです。こう、こうして腕を────」
魔獣が追いこまれている場所では、アレフがヒイロに剣の指南をしていた。
こうして、と説明しながら振られた剣が、魔獣を切り裂き、命を奪う。アレフは地獄の特訓の中で、それなり程度の魔獣なら一激で倒せるほどにレベルアップさせられていたのだった。
その剣技を丁寧にヒイロに指導する。
「うん? ……こう? いや、こっち?」
うなりながらも、ヒイロが魔獣に剣を当てる。その剣は軽く弾かれて、ヒイロはバランスを崩してしまった。
獲物の隙を見て、魔獣が其処を狙う。体力の残っている数匹が、戦闘態勢にないヒイロに飛びかかって──トルクの生み出した防護壁に阻まれ、拘束された。
「腰が入っていないから体勢を崩すんじゃろう。もっと下半身に力をいれるようにな」
「はいっ!」
「では、もう一度やってみましょう」
トルクのアドバイスにしっかり返事をしたヒイロは、もう一度、と用意された魔獣に対峙したのだった。
草原に出る魔獣達は、その村にとって脅威であった。
他の村や町に足を運ぼうとしても魔獣の存在ゆえに出る事が出来ない。かといって、魔獣の出るような危険な道を商人達が来てくれるかといえば、残念ながらこの村にはそれほどの旨みはなかった。
着る物はどうにかなっても、生活必需品──特に食糧や塩、砂糖などの調味料の補充は村では出来ない。領主に状況を訴えようにも、村を出る事が出来ない。
そんな暗澹とした中で、勇者一行がきてくれたのだ。村人は喜んで一行を受け入れ──しかも道すがら、魔獣を倒してきたと報告を受けて、村中が喜びに沸いたのだった。
そして、今日はぜひ村に泊って言ってほしいと、感謝の宴を開きかせてほしいとの懇願をうけ、勇者一行はこの村で一夜を過ごすこととなった。
「ありがとうございました、少し強くなった気がします」
ヒイロは今日の指導について、アレフに礼を述べた。彼の指示は分かりやすく、動きを真似るのも簡単だったとヒイロは思ったのだ。
「いいえ、自分に礼など不要です。こちらこそ、あまり上手に指導できていないのではないでしょうか。他の者でしたら、自分などよりももっと上手にお教えできると思うのですが」
「そう? すごく分かりやすいですよ。前の騎士さんなんか、スバーっとして、ガバーっとする……とか言われちゃって、どうしようかと思いました」
苦い顔をしてヒイロが前回の指導者を思う。彼は騎士の一人で、天才的な剣の使い手だと紹介されたのだが──相手が天才すぎて、ヒイロの参考にはならなかったのだった。
「それは……」
その騎士のでたらめさを知っているアレフも苦笑する。ズバーでは木を切り倒し、ガバーでは衝撃波を生み出すのがその騎士だった。初心者が真似しようにも出来るはずがない。
「けれど……自分の同僚だった者ならば、もっとお役に立てたでしょうに。そのことを思いますと、自分の不足を思い知らされるようで……申し訳ありません」
「ううん。気にしなくって良いですって。今いてくれてるのはアレフさんなんですから」
「それは、自分が──英雄だからで──もしも、自分が英雄でなければ──」
アレフは肩を落とした。あの日魔獣に対峙した皆の中で、自分だけが”英雄”に祭り上げられたことは、アレフの心のしこりとなっているのだった。
「そんなことないですよ。だって、ほら──アレフさん以外にも騎士さんはいっぱいいてくれてるじゃないですか」
「違うんです。彼らは違う──! ……いえ、長々とお引き留めして申し訳ありません」
無理に作り上げた明るい声で、アレフはヒイロの背中を押した。少し離れたところでは多くの村人が、勇者に話しかけようと様子を伺っているのだった。
その人の群にヒイロを押しやって、アレフは溜息をつく。何も知らない少年に愚痴をこぼす自分の弱さが情けなくなったのだった。
勇者様、勇者様、と明るい声で呼ばれる少年に目をやる。彼には自分のように複雑な思いなど持つことなく、王道を歩んでほしいと願った。
勇者を囲み、村人たちが感謝の言葉を繰り返した。
「おお、勇者様。助かりました、ありがとうございます」
「勇者様! ありがとうございます」
「ゆ、勇者様──本当にすごいです。あ、あのっ、勇者様!」
「ありがとう、勇者様!」
村人に混ざって、犬人の少女が声をかけているのをトルクは見つけた。少女の尻尾は嬉しそうに左右に振れている。
「うん? おや、君は薬師のミーナだったな」
「は、はい。ミーナです。あの、すみません、勇者様が……」
トルクに声をかけられてなお、ミーナは勇者を目を耳で追う。話がしてみたいと、少しで良いから自分を見てほしいと、そんな願いからだった。
「おお、探していたのだ。見つかって良かった──さ、こっちへ」
「えっ、あ、あの。勇者様は?」
「勇者はしばらくは村人と話をさせておく、それも勇者としての務めのうちだ。
人々の心に希望を与えるという、勇者にしかできない仕事だな。その間にワシらは次の目的地について打ち合わせをするのだ。それについて、君が運んできた書面を確認したいのでな」
「あ……す、すみません。わかりました……」
”仕事”と言われてミーナは勇者を思いきる。仕方がない、と。こうして勇者の旅を追えるのも、ミーナが書類と薬を運ぶという仕事があるからだ。
それをないがしろにしては、今後の仕事に支障が出るかもしれないと思ったのだ。
しかし、ミーナの耳だけは悔しそうに勇者の方を向いて、尻尾はくるりと丸まってズボンにひっついてしまっていた。
「しかし、一角獣は早いな。ワシらが三日かかった距離を半日とはなぁ」
「そ、それは……ユニコーンは幻獣ですから。……だから、伝令役にわたしが選ばれたんです」
今は村の宿屋に預けている一角獣を思う。
ユニコーンは幻獣にしては特殊で、人の前によく姿を見せるのだ。特にユニコーンがなつくのが若い”乙女”で、そのために若い女性の中ではユニコーンを騎獣にしているものが少なくなかった。
幸いな事に、薬師一門の中でユニコーンを騎獣にしているのはミーナだけで、その機動力のためにミーナが伝令に選ばれたのだ。自分の仕事をミーナは良く理解していた。
次も自分が伝令になるためにと、ミーナは勇者に話しかけるのを諦めると、トルクの案内する打ち合わせの部屋に向かったのだった。
○ ○ ○
王都の一角、人もまばらにしか来ない見捨てられた地区。その中に用意した屋敷でメディエとセシルはのんびりすごしていた。
五十メートルプールの掃除には二日間、しかも朝から晩までかかってしまった。
掃除自体は早くて綺麗だと依頼主には喜ばれたのだが、その二日間で魔獣に五回襲もわれてしまった。
勿論返り討ちにしたのだが、弱いモノが襲ってくるめんどくささに、屋敷から外に出る気が無くなってしまったのだった。
今日はゆっくり身体を休めて、明日からがんばろう! ということである。
しかし丸一日の休日は、暇だった。屋敷を探検し終えたメディエが、見取り図を描き起しながらセシルに問いかける。
「こう……さぁ。奥の部屋を潰して、露天風呂にしねぇ?」
奥の部屋というのは、おそらく使用人の部屋だったと思われる小部屋のことである。
「ふむ。どうやって?」
「ん~、そこだよなぁ。本当はツチノツチで土を操作できるんじゃねぇかと思ったんだけどなぁ」
「威力が弱すぎて、だめだったな。ミズノムチで分かっていたことじゃないか?」
メディエのツチノツチでは、掌程度の大きさの土を動かすのが精いっぱいであった。なんてちゃちい……とメディエの中で使えない魔術二つ目であった。
「うん、だよなぁ。だからさぁ、土の魔弾と宝飾でどうにかできないかなーと思ってんの」
「土の魔弾で穴をあけて……宝飾?」
「そうそう。細かい穴の調節作業はツチノツチでどうにかするとして。
金銀で縁を飾る仕様にすれば宝飾でいけると思わねぇ? ほら、金箔みたいにして張りつけたり、彫刻で飾ったり?」
随分豪華かつきらきらした風呂場になりそうだった。はたしてそんな風呂で落ち着けるのだろうか。
「分解だけならば分解で良いと思うんだが……随分豪華な風呂になるな」
「そうか、分解ってテがあったか」
分解というのはTWAのスキルである。無生物を分子に分解してしまうという、究極のゴミ処理魔法なのだ。ちなみにトイレ事情もこの魔法で処理されていた。
メディエにとっては宝飾スキルの失敗作:ゴミを処分するために習得したスキルだったが、こんなに役に立つとは思ってもいなかった。
メディエはあんな形にするか、こんな形にするか、と風呂についての想像をめぐらせる。
「私は別に風呂に拘りはないから、形はどうでもいい。ただ、うっとうしい野良犬がいるからな。罠だけはしっかりセットしておいてくれ」
「了解、了解。って、今もガンガン罠にかかってるみたいなんだよな~。ホント野良犬多すぎ」
屋敷の周囲にはメディエが罠を仕掛けている。夜になるとこれに野良犬が引っかかっては死んでいく。朝起きて一番の仕事が、罠に引っかかった犬の死体の処理だというのだからやっていられない。
もちろん死体にも分解である。本当に使い勝手の良い魔法であった。
「王都ってこんなに野良犬いんだなぁ」
次から次に罠にかかりに来る犬を思って、メディエは愚痴をこぼす。彼は決して”わんこまっしぐら”など仕掛けてはいない。それなのにこの数は異常だと感じられるのだった。
実は、メディエとセシルの存在こそが”魔獣まっしぐら”の生餌であった。
魔獣は己より強いものを取り込むことでレベルが上がり、己より強い存在を利用することでより強い魔獣を生み出すことができる。
その習性ゆえに、魔獣よりもはるかに強い二人は魔獣にとって極上の餌であるのだ。
勿論、レベル差がありすぎるゆえに、二人から逃げる個体もいる。圧倒的に強い者の放つ誘引力──抗い難い魅力から逃れるだけの、知恵と臆病さを持った個体だけが生き延びることができる。
現在、王都では魔獣の選別が行われているのだった。
「ほとんどが魔獣というのが怖いな。実は魔獣は身近な生き物だったのではないか? あの時、ウサギが魔獣の仔犬を庇ったのも、身近な生き物だったからではないだろうか」
「イーター様も身近だもんなぁ。……今後は魔獣だからって、イコール駆除対象とは思わないようにしとこうか」
「そうだな。”良い魔獣”がいるかもしれないからな」
良い魔獣──しかしこれから生まれてくるのは”より強い魔獣”である。
しかしそれを知らない二人は、のんびりと露天風呂の話を詰めてゆくのであった。
こうして弱い魔獣は消え、強いモノが生き残るのでした。
時間が経てば経つほど、魔獣は強く賢くなってゆきます。