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一話 魔獣のリターンマッチと勇者の出発


 クレイブが紹介した本日のお仕事リストの中に”温泉の掃除”があった。温泉という言葉に躍りあがったメディエとセシルは、即座にその依頼を受けることを決め、足取りも軽く仕事場までやってきたのだった。


 そして今、目の前に広がるのは立派な五十メートルプールだった。──ここは温泉と名前は付いているものの出るのは冷泉で、夏の時期にしか営業をしていないのだという。

 湯量はたっぷりあるので、広く深くプールを掘り水をためて遊び場にする。これぞ、王都市民の涼夏のアイテムである”冷泉プール”なのだ。


「おーでっかいぞー」


 水の抜かれたプールの底で、メディエがブラシを持って走り回る。プールの深さは二メートル近くあり、一度底に降りてしまうと登るのも一苦労だった。

 ここに水が張ればさぞや楽しいだろうと、セシルは近い未来を思う。


 彼らが期限を守ってここを掃除すれば、回数券を追加プレゼントしてくれると依頼主と約束をしたのだ。このプールで遊び回る日を思うと、ブラシを持つ手にも力が入る。


 そんな時、メディエが閃いた。


「これって、ミズノムチでどうにかできそうじゃねぇ?」


 彼が思いついたのは、ジェット噴射というものだった。高圧力で噴射される水で、汚れを押し流す──そんな掃除機具があった気がするのだ。


「TWAのスキルだったら、プールを壊しちゃいそうだもんなぁ──いざとなれば洗浄(クリーニング)もあるし。よし! 論より証拠っ」


 メディエの思いつきで発動されたミズノムチは、メディエの魔力で押しつぶされて──押しつぶされて──限界まで押しつぶされて、弾けた。パンと、軽快な音をたてた水玉は、水藻の汚れを一か所だけ──ほんの一センチ程綺麗に削り取って消えていった。


「うおおぉぉぉ?!」

「……間違ってはいない。方向は間違っていないが、威力が足りなかったな」


 がっくりとメディエが膝をつく。初級魔術では掃除にも使えない──この使えない魔術達め、と威力の低い魔術達を恨めしげに見ながら──ふとこの場所に自分達以外の何かがいる事に気がついた。


「ん? 何だ。何かいるか?」


 メディエの言葉にセシルが周囲を見回して。プールの縁にちょこんと座る仔犬を発見した。


「……仔犬風の生き物がいる」


 仔犬は身軽にプールの下に飛び降りる。くり、と首をかしげてかわいらしさをアピールした後、ゆっくりと二人に近づいてきた。その足取りにおぼつかなさはなく、コケで滑るであろうにしっかりと、よろけることなく器用に歩いていた。


「仔犬()ねぇ。──んじゃ、確認しようか」


 二人で知覚(スキル)を発動させる。

 仔犬の名はハウンドドック。紛うことなき魔獣であった。


「ん。ちょっとイキモノノカンテイするわ──あ、本当に魔獣って出ないんだ」


 メディエが魔術(イキモノノカンテイ)を使用するが、以前にセシルが言っていたように”魔獣”とは表記されなかった。


 おもしろいなぁと言いながら、メディエがヒカリノタマを魔犬に向ける。セシルも合わせてカゼノヤイバを向けた。

 それらのいくつかは当たり、いくつかは避けられてしまった。


「……やっぱり、命中率わりぃなぁ」

「練習が必要ということか」


 思わぬ反撃に、一際大きな悲鳴を上げて魔犬が二人から距離を開ける。

 そのまま二人を恐ろしそうに見て、恐らくは逃げようか戦おうかと迷って──


──シニタクナイ


 二人の耳に、小さいけれど力強い声が聞こえた。

 その声は小さい──というよりは遠くから聞こえたようでもあった。もしくはここではないどこかから響いてくるかのような、壁をへだてた向こう側で叫んだ声が聞こえたかのような声であった。


 二人がいぶかしげに魔獣を観察して──その目の前で骨が鈍い音をたてて折れた。血が泡のように噴き出したかと思うと、赤いしっかりとした繊維──筋肉が盛り上がり、魔獣の姿をいびつに歪めていく。

 ばき、ぐちゃ、ぼき……普通ではありえない音を立てて、魔獣は全長二メートルほどの大きさになった。愛嬌をたたえていた顔は凶悪になり、口からは赤いカゲロウのようなモノが溢れて、零れて消えていった。


「ひゃ? なにアレ」

「名前が変わったな。……外見もがっちりしたみたいだが。こちらに思いっきり敵意を向けてきているぞ」


 シニタクナイと叫んだ獣は、目の前の敵から逃げる事よりも戦うことを選んだのだった。


「了解──っと。ならまぁ……”カゼノヤイバ”を──って、え?」


 のんびりとカゼノヤイバを発動させたメディエを襲ったのは、魔獣の口から放たれた炎の一撃。迫りくるそれを、あわてて発動させていたカゼノヤイバでかき消した。


「うおぉ、なんだ今の」

「ふん──炎に対抗するのは氷だろう。氷の魔弾(アイスバレット)


 魔獣の口からあふれ出ているのは炎だったようだ。口を開けるたびに、息を吐くたびに炎がこぼれ、周囲を焼き焦がしていた。

 そんな炎に対するのは氷──セシルの言葉で現れ、迫ってくる氷の塊を、犬がかるくかわす。飛び退いたちょうどその場所に、メディエの魔法が襲いかかった。


氷の光線(アイスレイ)ってねぇ。……やっぱり、素早い相手には必中(レイ)でないとだめだな」


 魔法が当たった瞬間に、氷が魔獣を閉じ込める。二メートルもの巨体を封じて余るサイズに──それが、必中であるが為に威力が低いはずの光線(レイ)であることに、メディエがどれだけのMPを込めたのかが見て取れた。それでも魔獣の口からは炎がちらつき、氷の中で必死に抵抗している様が見てとれた。


「そうだな。魔弾(バレット)は思った以上に遅かった」

「だね。その分威力はあるんだけどなぁ。使い勝手が悪すぎだって。だが──光線(レイ)の方はよさそうじゃねぇ?」


 命中率が高く威力の低い光線(レイ)と、命中率が低く威力の高い魔弾(バレット)。一長一短あるため、どちらを使うかは個人の好みだった。

 メディエは”必中”に引かれてレイを良く使用しており、セシルは知恵パラメータの恩恵である”魔法命中プラス補正”を活かしてバレットを使用していたのだった。


「カゼノヤイバに風の光線(ドゥレイ)を組み合わせるとかだな。ふむ。良い目くらましになりそうじゃないか。低レベルなカゼノヤイバも少しは使い勝手が良くなるかな」


 どうすれば、今後上手にごまかしながら魔法を使えるか、とセシルが悩む。分かりやすい現象の無いレイならば、この世界の魔術とうまく組み合わせられるかもしれないと思うのだ。

 バレットは、如何にもな弾が飛んでいくため、魔術を使用してもごまかしきれるか不安であった。それに比べて、レイは発動した瞬間には相手に当たっている──軌道を見る事は出来ないのだ。だからごまかしがきく、と思ったのだった。


「へいへい。今度やってみるかね……さて、そろそろ力尽きたか?」


 氷の中で体を震わせていた魔犬が動かなくなっていた。溢れていた炎も消えて、目から光りも消えている。


知覚(パシーブ)

「ん、死んでるな。じゃあ問題だ。コレをどうする?」


 魔法で死亡を確認した後、二人で顔を見合わせる。どう──といっても、魔獣一匹で騎士団が右往左往するさわぎだったと聞いている。こんなところで子供が二人で魔獣を始末したなど、公表できるわけがなかった。

 良い案がないかどうか、少しの時間頭を悩ませて。結局、魔獣の死体は二人の魔法で消し去られたのだった。




   ○ ○ ○




 ヒイロは声をかけられた気がして、足をとめた。王都は辺境の町とは比べ物にならないくらいに人が多い。その上、目立たないようにと普通の服に着替えているおかげで、誰にも勇者だとばれることなく──本当に今のヒイロの姿は、普通のどこにでもいる少年なので、誰にも気付かれず、呼びとめられることなく王都の観光を楽しんでいた時だった。

 そんな中で、ヒイロを呼ぶ声が聞こえた気がしたのだ。


 もう一度、やっぱり自分を呼ぶ声が聞こえて、ヒイロは振り返った。

 ヒイロの少し後方には知り合ったばかりの少女がいて──彼女は、先日城で紹介された薬師の少女だと思いだした。緊張に顔をこわばらせて自分を見ている少女に、声をかけようとして──一人の男性に阻まれた。

 その男性はヒイロと少女の間に、明らかに分かっていて割り込んできていた。旅装束を整えた男は、ぶっきらぼうかつ偉そうな口調でヒイロを呼ぶ。


「アンタが勇者様なのか」

「あ、ああ。そうだけど。君は?」

「アンタに話がある。少しの間時間をくれないか」


 男の真剣な様子に、ヒイロが困った様子を見せた。

 女性には優しくするものだと教わっているし、先に声をかけてきたのは薬師の少女の方だ。ならば少女を優先させるべきだと思ったのだ。


「悪いけど、ちょっと。先約があるから──」


 男の体を避けてその奥の少女の様子を伺うと、少女はしょぼんと肩を落としていた。ヒイロに見られているのに気がつくと、なんでもないと手を振って──さびしそうに人ごみに紛れてしまった。

 少女の様子をヒイロだけでなく男も見ていて、満足そうに何度も頷いた。


「良い子だな。さて、これで先約はなくなったな。なら、こっちに来てもらおう」

「え、あ……うん、でも……」


 ヒイロの脳裏に寂しそうに消えていった薬師の少女の後ろ姿が思い出される。乗り気ではないとアピールするような、ごまかすような言葉をつなげて男を追い払おうというのだ。

 その様子を鼻で笑って、男がヒイロを裏道へと誘導する。周りに聞き耳を立てているような人物がいないことを確認して、男は話を始めた。そうして聞かされた話は、ヒイロの想像を大きく超えたものであった。




   ○ ○ ○




 翌日、ヒイロは男──ナルと共に王都の外門にいた。

 とうとう今日、旅に出発するのだった。この数日間は旅の支度を整える準備期間であった。その最後に恐ろしい陰謀を知ってしまったとヒイロは思う。けれど、自分が知ったということは、それをどうにかするようにという神の意志なのかもしれない。


 けれど、皆と合流する場にナルを伴って行くのは、多少の後ろめたさがある。それはヒイロが、自分が強くはない事を知っているからだった。いくら協力者とはいえ、同行者が一人増えるのは、旅の予定が変わってしまって大変な事になるのではないかと、そう思っていた。


 しかし、外門に到着した二人が見たものは、数台の馬車と馬具が乗せられた馬達──そして騎士の一団の姿であった。


「え?」


 茫然とするヒイロに、神官が声をかけた。その神官の近くにはアレフとトルクがいて、どうやらヒイロ達が最後であったようだ。


「お待ちしておりました、勇者様」

「すみません。遅くなりました。こっちは、ナルさんです。できたら一緒に行きたいんですけど──って。これはどうしたんですか?」

「これ、ですか? はて。何のことでしょうか」

「このド派手な一団の事じゃろうが!」


 トルクが神官を怒鳴りつける。横ではアレフが疲れたように、目頭をもんでいた。


「そうはおっしゃいますが、こちらにおわすのは聖女様ですよ。聖女様が動かれるのですから、これくらいは当然の事かと」


 神官が胸を張って言う。


「聖女様が不自由ないようにお勤めをするのが、私達神官の望みです。……神殿中の神官が動こうとするのを、これでも減らしてきたのですから、受け入れていただきませんと困ります」

「困るのはこっちじゃ!」

「ま、まぁ。落ち着いてください、トルク様」


 アレフが周囲を見回して言う。

 場所は王都外門出てすぐのところだ。好奇心にかられた市民達は門を出たところにひと塊りになっていて、一行の動きをありがたがって見ていた。”聖女”と”勇者”が揃っているということで、膝をついて拝みだしている者すら現れている。


「このままここにいても困るでしょう。民の目の前で”勇者一行”が仲違いをしてどうします。せめて今日だけでも凛々しく出発いたしましょう」

「う、うむ。ぐぐぐ……よいか、ワシはお前達を認めたわけではない! それを忘れるでないぞ」

「ありがとうございます」


 平然と神官が言う。彼にとっては、多くの神官と騎士達が同行するのは当然のことなのだ。


「ん? そういえば聖女は?」

「どうぞ聖女()とお呼び下さい。かのお方は神の恩寵の具現でいらっしゃるのですから」


 不敬な発言をした子供を、冷たく見下ろす。彼ら神官にとっては、聖女こそが最上の存在──勇者といえど、聖女がいなくては勇者だと知られる事はなかった。つまり、勇者とは”聖女によって世にもたらされた者”であり、聖女よりも下の存在なのだ。


「で、聖女様はどこ?」

「聖女様でしたら、馬車の中に。恙なくお過ごしでいらっしゃいます」

「え。なんで? あいさつも顔見せも無し??」

「……勇者様は聖女様を軽くお考えのご様子ですね。このような場所で聖女様がその尊いお姿を表せば、どれほどの混乱を招くことでしょうか。少しはお考えください」

「ふん。外見だけはオキレイな娘じゃからな」

「神とも見紛うお姿を見れば、人々は恐れ敬い──先を争ってこの場にひれ伏すことでしょう。馬車の中にいらっしゃっても隠しきれないご威光が感じられませんか? 敬虔な信者達はそれ、そのように感謝の祈りをささげておりますのに」


 そう言って神官が指し示すのは、手を合わせて一団を拝む市民達の姿だった。一行から距離をとっているが、その数はどんどんと膨れ上がっている。すでに門は人で埋め尽くされ、出入りも出来ない状況になっていた。


「お、おぅ……すごいな」

「フン! それだけ勇者(・・)が望まれておるということじゃ。勘違いをするでないわ」


 どこからわいてきたのかと人ごみに感心する勇者と、神官に釘を刺そうとするトルク。しかし、神官はトルクの発言など右から左である。


「……早く出発するべきではないでしょうか。その──これ以上市民がここに集まるのはいかがなものかと」

「そうじゃな。仕方あるまい! 出発じゃ。それ、勇者。号令をかけんか」

「ああ。うん──はい。あ、で、ナルさんなんだけど、えっと……一緒に行ってもいいかな」


 あわてて忘れていた人の紹介をしようとする。詳しい話をしようとしたところで、トルクに止められた。


「──こうなっては一人ら二人増えたところで何も変わらんだろうよ。ほら、おまえさんもついてこい」

「あ、ああ。えっと──改めて、ナルだ。よろしく頼む」


 なんだか自分が思っていた”旅”と違うなぁと、のほほんとヒイロは考えたのだった。


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