二十話 勇者のお披露目とニート終了
王宮の門から王の間と名づけられた広場に向う庭は、"飛竜の中庭"と呼ばれている。
その中庭に並ぶ騎士達の鎧に光が反射する。ずらりと並ぶ鎧は白銀色をしており、紅のマントが翻る。
飛竜の中庭と王の間を見ることができるように、周囲に設けられている回廊──諸公の間と呼ばれるその場所には、多くの貴族達が集まり、選ばれし者の登場をいまかいまかと待ち構えていた。
王の間の正面の高座に据えられた玉座──それにはこの国の国王と王妃が座る。そこから一段低くなったところには、王族達と宰相を始めとした近習たちが控えている。
そこに、門前に控える侍従が声を上げた。
「ただいまより、勇者、リンクーガの町のヒイロ殿。騎士団第四団団員アレフ・ノールトン殿、ご入場でございます」
声と共に、二人の男性が登場する。
一人は朴訥とした少年──神官が用意したという盛装を身につけている。特に逞しいということもなく、いかにも普通の少年であるように見えた。
一人は騎士。他の同僚と同じような銀の鎧と真紅のマントを身につけている。きりっとした顔立ちとしまった顔、その姿は精悍そのものであった。
この二人がこの日の主役。世界を救うと神託を受けた少年と、王都を魔獣から守った英雄の二人であった。彼らは王よりじきじきに言葉を賜る栄誉を得、そして──魔王退治に出発するのだ。
彼らは希望。
この世界を闇より救う希望なのである。
彼らと運命を共にするのは、魔術師の中でも一二を争う強者──清流のトルク。彼が使えない魔術はないとされる、王宮魔術師の頂点であり切り札でもある者。そして、聖女──神の愛子と呼ばれ、神の言葉を世界に伝える者。神と人を結ぶ者、もっとも神に近き存在と称される美しき聖女である。
彼らはこの日より旅に出る。
世界を救う旅に。
いつ叶うともしれぬ、魔王を滅ぼす旅に出る。
勇者の旅を祝福するように、金管楽器の音が高らかに響く。その後に続くように音楽が響き渡り、見守る貴族達から惜しみの無い拍手が送られる。魔術師達によって空に美しい文様が描かれれば、神官達の祝福が広場の全てに行きわたった。
それは祝福だった。
危険な旅に出発する勇者たちに対する祝福。
少しでも危険なことがないように、無事に帰ってこれるように。
権謀術数の渦巻く王宮ではあったが、この時だけは一致して勇者の道行きに祈りを奉げたのだった。
○ ○ ○
今日は朝からにぎやかだ、とセシルは感じていた。セシル達がいる貴族地区は普段は静かなのだが、今日はなぜかひどく騒がしい。
「ええ、そうです。今日は王宮でお祭りがあるんです。そして、このお祭りが終われば、お二人を解放できます」
「お! ホント?」
「それは嬉しいですけど、何があるんですか?」
ここ数日──というか十日近くは、この家の敷地内から一歩も外に出る事が出来なかったのだ。イーター様を捕りに行きたいとメディエが文句を言ったのも一度や二度ではなかった。
「先日の魔獣騒ぎの後始末に決着がつくんです。これはそれと、勇者様をお迎えしたお祝いなんです」
「おおぉ。勇者様かぁ。すごいカッコイイなぁ」
「勇者様ですか」
にっこりとメイドが笑う。彼女ら王都に住む者にとっても、魔王というのは恐ろしい存在だった。辺境であればどれほどの脅威になるか、分かったものではない。勇者の存在は、脅威に対する有効な一手となるのだ。喜ばないわけがない。
「ですから、それを仕上げてしまいましょうね。ご当主様にお渡しになるのでしょう?」
「はい、先生。がんばります」
「思ったよりも時間がありませんでした。彫刻って難しいんですね。あ、ここはどうすれば……」
メディエとセシルは手元に視線を落とす。そこには丁寧に彫られたカメオが、大人しく次の手を待っていた。驚異的な器用さを発揮し、見事なカメオを彫りあげたメイドのことを二人は「先生」と呼び、彫り方のレクチャーを受けているのだ。
「お二人とも筋がよろしくて、教える方も楽しく思っています。──お二人なら、もっと素晴らしい作品を作れますわ」
二人が宿泊のお礼にと伯爵に渡す予定の彫刻品──その出来栄えを確認しながらメイドは言う。彼らが作り上げた物は、最初の雑さが消え、日々細かく丁寧に作り上げられている。このまま技術を上げていけば、職人になることも可能だろうと思われるのだ。
「うん、ありがとう!」
「褒めてもらえて、嬉しいです」
二人もにこにこして答える。ようやく家を出れることや、器用だと褒められたことなど。いくつもの理由が重なりあって、非常にご機嫌になっているのだ。
そして翌日。
お別れの日にそれぞれから渡された彫刻を伯爵は喜んで受け取り、こっそり作っていた指輪とブレスレットはメイドの瞳を潤ませたのだった。
― 第一部完 ―
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次からは第二部 四魔将軍編となります。




