二話 ひったくり犯逮捕
「で、さぁ。ナンだと思う? ココ」
「……さきほど確認したら、シタがついていた。メニューにはログアウトの項目が無く、ゲーム通りのスキルが使えるようだな」
「ってぇ。え? 確認したわけ? オレ怖くて確認できねー。男のイチモツついてたらどうしたらイイんだろーねぇ」
首尾よく城を抜け出して城下街の一角の、それなりににぎわっている中を二人で歩く。
がっくりしながらでも、周囲の観察は怠らず、二人の目が武器を持ったガタイのよさそうなのを追いかける。おそらく、その先に目的のものがあるだろうと予想してのことである。
「だから、ついてたと言っている」
「…………ヤ。それは、セシルさんが男前すぎたからではないでしょーか。オレはやだ~。トイレいけね~~」
がっくりと落ち込むメディエの頭には、かわいらしい黒猫のネコミミがついており、それが感情に合わせるかのようにへにょりと伏せられていた。
このネコミミはメディエの装備品の一つである。ネコだけでなく、いろいろな動物のミミが用意されていて、それぞれ付加能力が違う。ネコミミは速度アップや気配隠蔽のような速度系能力アップの効果があった。
メディエはとある理由から、ネコミミ装備をすることが多い。
反対にセシルはケモミミ装備がネタ兼変態装備であることから、これらの装備を非常に嫌っていた。
「そんな変態装備を堂々と装備できるくらいなら、別にアレに触るくらいなんてことないだろうに。へんな事を気にするんだな」
「触りたくねーのよ、ホント。なんでオレってば、キャラクター男でつくちゃったのかねぇ……ショボーン」
「ショボーンを口にできるなら上々。さて──アレだな」
「ん。ギルド?」
「そうだ。どうする?」
「えーっとねぇ、その前にさ。オレたちの設定考えねぇ? 詳細聞かれたらどうすんのよ」
セシルが首をかしげた。聞かれる? どういうことだろうか。ギルドというのはそんなめんどくさい登録が必要な場所なのだろうか? そのあたりは、ファンタジー小説を好んで読んでいたメディエのほうが想像しやすかった。
「たいていさぁ、名前と出身地くらいは書くところがあって──もしかしたら職業も。でもオレたちは出身地わかんなくね? どうすんのよ」
「なるほど。職業もゲームと同じ分類とは限らないわけか」
「そうそう。オレは……ゲーム中じゃあ”ダイヤ三”だったけど──それって、一般的じゃないからなぁ」
「これでも、指輪物語ならば読んだし、映画も見たぞ。中世ファンタジー世界なんだろうか?」
「それもわかんねぇ、って」
ちらり、とギルドの出入りを確認する。皮の鎧を着ていて剣を携えているもの、上から下まで真っ黒な布装備を着ているもの、金属鎧を身につけているもの。棒や弓を持っているものもいる。布の服で出入りする者は少なかった。
「といっても、盗賊──ってのはダメだな。軽戦士くらいならごまかせるか?」
「どうしてシーフはだめなんだ?」
「だってさ。この世界の縄張りわかんねーし? 盗賊専用のギルドとか、あったらどうすんの。セシルなら……魔法使い系なんだろうけど、どうするよ」
「メイジではだめだろうか」
そこで、メディエは意識してセシルの装備を見る。そして、ギルドを出入りする人々の装備を確認して出した結論が。
「ねーわ」
「…………詳しく聞こう」
「あんな、見てみろよアレ。この国の魔法使いサマの装備。ハットとローブとワンド、かすりもしねーじゃん」
メディエが指差した先にいたのは、黒いとんがり帽子に黒いマント、黒いワンピースのようなものを着て太い木の杖を持ったひょろひょろの男だった。それに比べて、セシルの装備は布の服オンリー、武器すら短剣をさげているくらいだった。
「……棒を持てばいい?」
「いや、そういう問題じゃなくてね?」
「そういうお前こそ、自分の格好をどうにかしたらどうだ」
メディエの装備も布の服オンリー。どう間違っても前衛の装備ではなかった。
「う~ん。でも重装備したくないしなぁ……筋力パラ振ってないから選択肢狭いしなぁ。なんか思いつかない?」
「そもそも、職業欄があるかどうかもわからないのに、ここで顔をつきあわせていてもしかたないと思わないか」
「セシルさんったらオトコマエー。確かにそのとーりですよっと」
ぽこん、と軽快な音と共にネコミミをはずす。道のど真ん中でそれを行ったことで、たまたま目に入ってしまった数人が、「信じられない」とメディエを凝視していた。この世界では獣人は珍しくはない。彼らは人にはないスキルを持っている独立した種族である。
ただ、一般的であるからこそ、往来でミミが取れるというのは、非常に強い驚きとなるのだった。この世界には、本物と見まがうほどに精巧な作り物のケモミミは存在していない。
メディエは平然と、魔法の鞄の中に収納する。そのままの流れで、懐から装備アイテムを取り出そうとして──セシルがその手を掴んだ。
そのまま大通りを離れて、人気のない脇道へと身を隠す。自分達を追っていた視線が外れたのを確認して、セシルはメディエの手を離した。
「この往来の中で何を出そうとしていた。そして、いつスった?」
「え? いつものアレだよ~? 気づかなかったなんて、セシルさんったらおっちゃめぇ」
言葉と共にメディエが見せたのは、女性用インナー──いわゆるブラジャーであった。それを慣れた手つきで頭にかぶると、ソレは何の違和感も無く頭の上でかわいらしいウサギのミミに変化した。
「おぉ~。かわいい、かわいい」
「かわいい、じゃない。おまえ、装備できなかったらどうするつもりだった!? 頭にブラをセットした痴女──じゃない、変態のカミングアウトをするところだったんだぞ」
「い~じゃん、かわいいし。ウサミミはレア物なんだぞ。幸運と魅力が上がるアイテムで…………って、ナニコレ」
くりん、と首をかしげる。これは女性がやれば可愛いしぐさなのだが、いい年をした男がそんなしぐさをしても、残念な感じしかしない。
メディエは、ん~? と考え込んでむと、懐から別のブラを取り出してセシルに渡した。
「ちょっと、装備してみて」
「ことわる」
「いや、いやいやいやいや。理由があるんだってば。なんかさ、補正がはんぱねーのよ」
「だが、ことわ……」
「キャーッ」
二人が顔を突き合わせているその方向に向けて、大通りから騒ぎが近づいてくる。なにごとかと振り向いたそこには、女物のかばんを抱えて走ってくるチンピラの姿があった。
男が走ってくるのに合わせて、複数の視線が男とメディエ達に向けられた。中にはデキル者のそれも混ざっており、どうしてその者達が見ているだけなのか──それでも男は自分達の方に逃げてきているのだ。メディエはどうするべきか、セシルと顔を見合わせた。
「なぁ。どうす──」
「物取りよ、捕まえてぇ」
おそらく、大通りで仕事をして、裏通りに逃げてきているのだろう。チンピラの向こうから女性の声がするのを確認して、やはりチンピラは悪者らしいと判断をつける。
さりげなく場を譲ったセシルに、メディエは手にしたままだったブラジャーを押し付けてチンピラの前に立ちふさがった。
「どけやてめぇ──ぶっ殺すぞ!」
チンピラが手に持った光物──ナイフを振り回して叫ぶ。そのままの勢いで突っ込んできたチンピラを、ナイフを避けるついでに脚を引っ掛けて転ばし、うつぶせに倒れこんだそいつ肩のポイントに体重をかける。
振り回している腕をつかんで、くるりとひねれば──現行犯逮捕のいっちょあがりである。けれど、自分がその行動をすんなりとやってのけたことに、メディエは困惑していた。
自分は一度もやり方を学んだことなどなかったのだ。平凡な女子高校生であり、こんなドラマかなにかのような事をやったことはないのだ。しかし、できた。
まるで身体にしみこんでいるかのように、考えるまもなく反射で動いていたのだ。
「大丈夫か?」
セシルに声をかけられて、メディエは頷いた。チンピラを押さえ込んだまま、やってくるであろう警官──おそらくは兵士──への対処を頼む。
あきらめ悪く足掻くチンピラに「くっ」「大人しくしろ」「やめろ、暴れるな」などと発言をして、いかにも必死に押さえ込んでいるとアピールをする。その際、ずりずりと身体を揺らすのも忘れない。
互角のやりあいの中、チンピラの懐から小さなカードのようなものが覗いたことに、メディエは気がついた。
周囲の目が自分よりもチンピラに向かっているのを確認すると、チンピラの懐に手を入れてカードを回収する。そのまま自分の袖口にカードを差し入れ、いかにもバランスを崩したかのように、自分とチンピラの身体を大きく傾けて。激しいもみ合いを演じる。
しかし、不意に突き刺さるような視線を感じた。
それは、男が逃げてきたのに合わせて付いてきた視線の一つだった。なぜ自分が見られているのか、何かまずいことしたっけ? とメディエは記憶を探ろうとして。
「動くな、そこまでだ!」
数人の兵士がメディエとチンピラを取り囲んだ。
○ ○ ○
兵士達に解放されて、女性から少量のお礼を受け取って──かなり重要なものを運んでいたようで、鞄の中身で家が買えると女性は言っていた。そういうことをぺらぺらしゃべるから、盗まれたんじゃね? とはメディエの発言である。セシルは思っていても口にはしなかった。その瞬間、女性の顔が歪んだのは気のせいだっただろうか。
ともかく、今二人は裏通りの裏も裏。だれも住んでいない壊れた家を失敬していた。
床に放置されていたガラクタを焼き尽くし、埃と灰を風で吹き飛ばす。一瞬にして何もなくなった所に手持ちのラグマットをひけば、ちょっとした休憩所の出来上がりであった。
「と、いうわけで。コレさ~、白ウサミミの追加スキルみたいなんだぁ」
脱いだウサミミ──否、ブラジャーをもてあそんで、メディエは宣言した。
「超幸運。一人一回、幸運が訪れる──ズゴくね? だから装備を変えたくなかったんだよ」
「それで私まで変態装備を進めてきたわけか」
「そ、そそ。決して好奇心とか、そういうのではありませんでした~。っつーわけで、おかわりっ」
懐から取り出したのは新しいブラジャー。メディエの頭に乗せられたソレは、今度は白と茶色の混ざったネコミミに変化した。
「ん~、コレはふつーだな」
ぴこぴこ、とネコミミを震わせる。が、あまり芳しいものではなかったのだろう、落ち着くまもなくネコミミ装備を解除した。
「ふんふんふ~ん」
ご機嫌に、次から次へとブラ……ケモミミ装備を取り出すメディエを見て、セシルはため息を付く。
「とにかく、せっかく人目が無いところにいるんだ。ギルドやら身分詐称問題やら、ゆっくりと話し合おうじゃないか」
「お? そーいえばそうだなぁ──ん!?」
メディエが最後に装備したブラジャーは、茶色のウサミミに変化した。それに手をあてて、メディエは目を輝かせた。
「うわぁ…すごい、これ……イイ。素早さアップだけじゃなくて、探知系と隠蔽系のボーナスが付いてる。サイコー」
「……ヘンタイ」
「難を言うなら、茶色──ただの茶トラってところかなぁ。チンチラとか、ロシアンブルーとかチャムとかヒマラヤとか……レアネコだったらサイコーなんだけど」
どこまでも装備に拘りをみせるメディエ。しかし拘りの先は、ケモミミでありブラジャーである。
「うっし。明日から、アノおねーさんを狙ってアイテムゲットしよう!」
「するな! とにかく、明日のためにも話し合っておくことはたくさんあるだろう? 今は必要事項をすませないか」
「了解でっす!」
自分から進んで脇道にそれてゆくメディエの、返事だけは良いものだった。
装備アイテム紹介:下着
ブラジャー:頭装備 グラフィックはケモミミ
防御力はありませんが、特殊な追加効果があります。
パンツ(女):アクセサリ グラフィックはシッポ
防御力はありません。特殊な効果として魅了がつき、賢さが下がります。
パンツ(男):消耗品 現HPの一割のダメージを消費して、ぶつけた相手に大ダメージを与えます。
下着類は店では販売しておらず、NPCに スキル:窃盗 を行うことにより入手可能となります。初期装備者の能力により、付加能力に方向性がありますので注意。付加能力値はランダムで決まりますので、目的のものがでるまで盗みまくりましょう。詳しくは解析スレへ【TWA】ケモ装備を1000枚解析するスレ【8枚目】