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十九話 英雄の称号と暇つぶし


 魔獣騒ぎのあった翌日。アレフは下された沙汰を信じられない思いで聞いていた。

 彼の上司である騎士団副団長の執務室に呼び出されて、告げられたことは──アレフが英雄の称号を受け、勇者と共に魔王退治の旅に出るように、という指示だった。


「お言葉ですが、閣下。件の魔獣を倒せたのは自分の力ではありません」

「ああ。そうだな」


 椅子に座って、机に肘を置いて、ディーノはアレフをじっと見た。


「それに、自分の力は魔獣に通じるものではないと存じます。先輩方の中には優秀な騎士がおいでです」

「そうだな」


 騎士団にいる、恐ろしいほどの強さを誇る一団を思い出す。彼らの一撃は岩を割り、魔竜の鱗を切り裂き、魔術を散らす。そのメンバーの姿を思い出すだけで、アレフの背中に冷たい物が走るのだった。


「自分は──王都内の異変に気がつくことができませんでした。かの家を調べるようにとのご命令にも、満足にこたえることが叶いませんでした」

「それはこちらも同じだよ。情報伝達の遅さについて、魔術師(トルク)殿から叱責が飛んでね。魔術師達から速くて上手なやり方を教わることになったから、安心するといい」

「承知いたしました」


 反射的に返事をして、アレフは首をかしげる。返答を間違えたような気がするのだ。


「さて。いくら優秀で強い者がいたとして、その場に居合わせなくては仕方がない。──わかるかね。いくら第二団が強くても、第三段が魔獣相手に長けていたとしても、今回魔獣に対峙したのは君達だ。

 その時点で、君を選ぶしかない。時世を見るというのはそういうことだ。

 私は”世界を救う運命にある者”を選ぶ必要がある。

 そして、選んだ結果が君ということだ」

「あ、ありがとうございます」


 アレフは不満に思うのをやめられない。あの場にいた全員にその運命はあるのではないか? なぜ自分だけが選ばれるのだろうかと疑問がわいてくる。


「それとね。忘れているかもしれないのだが、君はノールトン男爵家の子だね。傍系ではなく直系の、四子だったかな」

「仰る通りです」

「それも良かったということだよ。貴族の君ならば、英雄になる事も勇者と同行する事も、なんの障害もない」

「…………あの場にいた者は、魔術師のナイン殿以外は、平民出身者ばかりでした。

 …………そういうことでしょうか」


 この真実は思った以上に胸にくる、とアレフは手を握りしめた。歯ぎしりしそうになるのを必死に我慢すると、カチカチと奥歯が鳴った。


「そういうことだね。平民出身だからといって、君達を軽視するつもりはないから安心するように。だが同時にいくつかの問題点も出てこないわけではない──それは、上層部(こちら)の話だな」

「そんな、自分は──」

「君はこれから、第三団に移動してもらう。そこで魔獣相手の戦い方を学びたまえ。

 タイムリミットは勇者が王都に到着するまで──後十日ほどだな。その間にできるかぎりレベルを上げてくれ。

 勇者が到着したら、”勇者”と”英雄”のお披露目をして、旅立つことになるから、そのつもりでいるように」


 すでにレールは敷かれてしまい、アレフの前に示されている。彼は英雄になるしかないのだった。


「違います。自分の力ではないのです。あれは、魔術師殿が、皆が……」

「勿論、理解しているとも。」


 困ったように、慰めるように、ディーノの声はやさしい。


「全てを理解してなお、言っているのだよ。アレフ、君が英雄になるんだ」






「……よかったンですかぁ、アレ。ちょっと気の毒じゃありませんか」


 入室した時の緊張した様子とは違い、肩を落として出て行った英雄を思って、ポチが口にする。


「なんだ。気になるのか?」

「命令をミスったのはオレですからね。……対処が遅れて、指示の全部がウラ目にでちまいました」


 ポチは執務室から続く隣室で、二人の様子を伺っていたのだ。その部屋から出てきた時のポチは、アレフにも負けないくらいに小さくなっていた。


「ふん。お前が謝るとしたら、亡くなった市民達に対してだけだな。貴族共は──本来ならば自分たちが餌にされていたことに、気がついてもいないぞ。門を閉ざしたことと、多くの騎士達による警護にご満足だ」


 本来ならば、貴族地区に魔獣を閉じ込める為の指示であった。予想外だったのは、門が閉ざされる前に魔獣が市街地に移動していたということである。


「すみませんでした」

「ん? それは何に対しての謝罪だね」

「あー。副団長(ごしゅじんさま)に頭さげさせたこと、ですかね。王宮でボロクソに言われてきてるんでしょ」

「気にするな」


 頭を下げるポチにディーノは軽く返事を返す。


「だがまぁ、私たちに足りないものがよく理解できたな」

「はい。緊張感の無さと情報伝達の遅れが一番ですね。まずはそこから──って、そのせいで魔術師達にくちばしを入れられるんですっけ」

「仕方あるまい。こちらのミスだ。それに、本当に情報のやり取りがスムーズに出来るというなら、ありがたいことだと思わねば」


 何事も前向きにとらえようと、ディーノは暗い空気を振り払う。


「それに、だ。今回の事で我々の人員不足というのが上に示せれただろう? ならば、聖女様の護衛は団長の仕事になるかもしれん」


 その事に思いいたって、ディーノとポチは悪い笑みを浮かべたのだった。




  ○ ○ ○




「さくさく、うまー」


 一夜明け、ぐっすり眠っていた二人をメイドが叩き起した。

 遅くまでカメオ作りにいそしんでいたため、声をかけられても目が開かない体を揺すり起こされる。

 なんとか薄眼を開けると、メイドが持ってきた手水盥(ちょうずたらい)──洗面器で顔を洗うように指示をされた。

 寝ぼけたままの二人が顔を洗っている間に、朝食の準備が整えられていて。


 子供の食欲のままにかぶりついた朝ごはんは、非常に美味しかった。

 蜂蜜をかけて焼いたシリアルの甘さと、小さくカットされたドライフルーツ。それらの味は牛乳により完全なハーモニーを醸し出していて──つまり、出されたのはグラノーラであった。


 さくさくと食べ進める子供達を少し離れら所から眺めて、メイドは足元に散らばる白い欠片に気がついた。昨日の掃除の時点では、このような白いものは存在していなかった。

 では、これは子供たちが何かした結果だろうか、と首をかしげる。大小さまざまに散らばるそれらを拾い上げる。

 モノは硬く、弾くと金属音のような高い音が響いた。


「あの、これはいったい何でしょうか?」


 子供たちがグラノーラを食べ終え、食後のハーブティに移るのを待って、メイドが質問する。メディエが”コレ”と呼ばれた物を見ると、昨日のカメオの残骸であった。


「あ、ちらかしてごめんなさい」

「すみません。片付けますね」


 昨日は遊ぶだけ遊んでほったらかしにして眠ってしまったのだと、二人は気がついた。よくよく見なくても、昨日の残骸──メディエの失敗作があちらこちらに散らばっている。

 これらを集めるのかと、メディエは落ち込み、魔術で一発じゃないかと顔を上げた。


「いえ。それもありますが、そうではなく。これは触ったことがない素材ですが、いったい何なのでしょうか?」

「コレはイーター様でっす」


 イーター、と言われてメイドは首をかしげる。


「ロブヌターイーターです」


 セシルの補足に、メイドはまじまじと手の中の塊を見た。


「お二人がロブヌターイーターを獲ると、聞いてはおりました。これはロブヌターイーターの殻なのでしょうか」

「はい。イーターの尻尾なんです」

「彫刻するの、彫刻! あ、メイドさんもやってみる?」


 彫刻、と言われてメイドはじっくりと塊を見る。なるほど、鋭い傷が入っているのは、削ろうとして失敗した痕だったのだ。


「まぁ、ぜひに。よろしければ、道具の準備も致しますが」

「え? 道具?」


 セシルとメディエが不思議そうな声を上げる。

 彫刻をするには専用の道具がある。が、その道具は高く、子供が持てるような品ではない。それを使用していないから、このように雑な仕上がりになっているのだろうと、メイドは得心した。


「はい。彫るには道具が必要でしょう?

 残念ながらお持ちのナイフはあまり良いものではないようです。もっと切れ味のよい、ちゃんとした道具を使えば、きっと良い作品に仕上がります」

「道具って、触ったことないんですよね。それでも使えますか?」

「もちろんですわ。ご安心ください」


 使ったのはナイフじゃないけどね、とメディエが苦笑する。この時彼は、魔術を使用して、すごい品を彫りだし、メイドさんを驚かせるのだ、と心に決めていた。


 しかし、メイドが作り上げた傑作品──美しい幻獣と戯れる女性を彫りだした一品。題して”ユニコーンと乙女”を前に、セシルとメディエは崩れ落ちたのだった。


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