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十八話 貴族とカメオ

 騎士達に連れていかれたのは詰め所──ではなく、高級住宅地の立派な門が前の家の前だった。

 また牢屋にいれられるのかなぁと、ふてくされていたメディエとセシルには予想外の展開であった。


 大きな門をくぐり、広い庭を進んでゆく。馬車が通れるように広く作られたその道を歩みながらセシルは違和感を覚えていた。

 しっかりした防具を着こみ、わかりやすく剣を帯びていたために勘違いしていたのだが、この人たちは”騎士”──国に使える騎士ではないのではないか、という事だ。

 なぜなら、先ほど見た門番と同じ紋章が胸のところに刻まれていたのだ。


 ということは、もしかしたら彼らはこの家が個人的に雇っている、護衛なのかもしれない。

 ようやく到着した屋敷の入り口にも、同じ紋章を身に付けた者が立っているのを確認して、それは疑いから確信に変化した。


「ようこそいらっしゃいました」


 先に連絡をうけていたのだろう、入口ではメイドが待ち構えていた。ふわふわの茶色髪の女性が笑顔で二人に話しかけてきた。


「こちらはピアニー伯爵家でございます。お二人にはしばらくの間、この家に滞在していただきたくお招きいたしました」

「しばらくって……え、なんで?」

「それはわたくしの口からは申し上げられません。──ご滞在用にお部屋を用意しております。まずはそちらで、身綺麗になさっていただきます。さ、こちらへ」


 女性が建物内に入るように二人を促す。促されるままに一歩を踏み出して、ふにょんとした違和感にメディエが足元を見ると、入り口から赤いカーペットが階段まで引かれていた。「レッドカーペットだ……」茫然と呟いたメディエは、あわててカーペットから飛びのいた。汚してしまいそうだ、というのが理由である。しかし、飛びのいた先は磨かれた大理石だったので、すべって転んでしまう。


「あぅ……」

「頭を打つと危ないので、お気を付け下さいませ」


 無言で手を差し伸べてくるセシルの気遣いが、嬉しいやら悲しいやらである。


 こちらに、と案内してくれるメイドさんに連れて行かれた部屋はひどく立派な──まるで高級ホテルのような部屋であった。それをいうならば、この建物自体がホテルのようである。

 毛の長いふかふかのカーペットの上に、大きなテーブルと椅子が四つほど置かれている。サイドテーブルには花と果物が飾られていて、良い香りをさせていた。

 奥に二つ扉が見えるのは、トイレと寝室だと紹介される。

 わくわくした思いで寝室の扉を開けると、落ち着いたトーンでまとめられた室内に、大きめのベットが二つ用意されていた。サイドテーブルや衣装タンスも備え付けられており、その全てが細かい細工が施された一級品であった。


「おー! すごーい」

「すごいですね……」


 ここまで持ってきていた──ロブヌターとイーターが入った袋をテーブルに置き、ベットに近づく。そこには肌触りの良い布団が用意されていた。


「……とりあえず、お二人をバスルームに案内したいのですが、よろしいでしょうか?」

「あ、はい。すみません」

「はーい」


 よい返事で向かったバスルームは予想以上に大きくて、二人は童心に帰ってはしゃぎまわったのだった。





 そして今。

 バスルームできれいさっぱりつやつやになった二人は、用意されていた子供服を着せられて、いかにも貴族ですという人物の前に連れてこられていた。

 恰幅の良い、白髪の髪と髭を蓄えた人物である。そのカイゼル髭が良く似合っている人物が、にこやかに二人を待ち構えていたのだった。


「こんにちは、メディエでっす。猫人です」

「おじゃましています。セシル、人族です」


 二人はメイドに言われていたように挨拶をする。


「ああ、よく来てくれたね。──そんなに警戒しなくても、とって食べたりはしないよ」

「じゃぁ、どうして私達をここに呼んだんですか?」

「騎士達にがばーってされたよ!」


 がばーと手を振り上げてメディエがアピールする。その様子に、貴族はメイドを振り返った。


「うん? うん──メイラ君、この子達になんと説明をしたのかな?」

「何も」

「何も? え、何も伝えていないのか。そうか……」


 貴族は手を顎に当てて悩む様子を見せた。しかし目は困っていないなと、セシルは貴族の様子を伺っていた。


「まず、君たちはヴェラ・ヒアシンス嬢のことを知っているかな?」

「知ってるよー。ウサギ耳のお嬢様だよね」


 ヴェラ・ヒアシンス── 一度だけ会ったことがある兎人の彼女は──貴族(・・)である。ならば、目の前の貴族の男とどんな関係にあるのか、セシルは無言で男の様子を見る。

 セシルが警戒しているのを男は承知していて、だから少し説明を加えてみせた。


「そうそう。ちなみに私はヒアシンス家が気に入らなくてね。いわゆる政敵というものかな」

「……冒険者の、ハーベーさんとルリさんから、近づかない方がいいと言われました」


 仕方なくセシルが口にしたことに、男の表情が明るくなる。──明らかに変化させたそれに、演技上手いなぁとメディエは感心していた。


「そう! ソレ。やっぱり君達だったんだね。良かった良かった」

「? 何、どういうこと??」

「……知り合いだったんですね」

「そう。ルリは家の娘で、ハーヴィ殿は入り婿でね。君たちの事を気にしてほしいと頼まれていたんだよ。こうして会えて本当に良かった」


 ルリ──あの軽装備の女性冒険者の名前だったと、二人は思い出す。あれだけ優秀な冒険者をしていて、貴族だとか考えてもいなかった。加えて、ルリは自分たちの事を”秩序のはずれ者”と称していなかっただろうか。嘘だったのか。


「えっと、あの二人は貴族だったんですね」

「……少ししかお話してないのに、助けてくれるの?」

「そうだよ。婿殿はやさしいね──」

「嘘っぽいですよ」

「は! まさか、オレ達を犯人にするために捕まえたんじゃ。濡れ衣! じゃない冤罪だっ!」


 そのメディエの元気な言葉に、男は困った顔を作った。やっぱりすごい、とメディエは拍手をしたくなった。


「ああ、うーん。つまりね、君たちに責任をかぶせようとしてる人達がいるから、ここに来てもらったんだよ。だって、君たちが犯人になっちゃったら、ヒアシンス家が無罪になっちゃうからね」

「……ハーベーさんは、すっごく怒ってました」

「うん。怖かったねー」


 ウサギモドキがお兄さんを傷つけたと、復讐を叫んでいたのを二人は知っている。ヒアシンス家が無罪ということになったら、どれだけ裏に回って嫌がらせをするか──彼の様な人物が裏でこっそりと、ねちねちと陰険に行う復讐というものを思い浮かべて、セシルは考えなかったことにした。


「婿殿のお願いを聞いておかないと、(ルリ)に会えなくなってしまう──いや。一貴族として、そんな不正が行われるのを、見過ごすわけにはいかないからね」

「はーい」

「そういう理由なら、まぁ。分からなくはないです」


 分かりやすく示された理由(・・)に、仕方なくではあるがセシルはうなづいて。二人は魔獣騒ぎの後始末が終わるまで、この家に滞在することになったのだった。




 しかし、二人を待ち構えていたのは”暇”というどうしようもない相手であった。

 昼間に捕ったピンクロブヌターは、食事の一品に、とメイドさんに渡してしまっていた。こんな他人の家で──どこに人の目があるかわからないのに、イーターの解体を行う訳にもいかず、二人はすることもなくごろごろしていたのだった。

 ふかふかのカーペットで転がるのは最初は面白かったが、そのうちに飽きてしまった。果物もおいしかったが、そんなに時間をつぶせるものではない。


「することないよー、暇だよー」


 ぶつぶつと、カーペットになついたままメディエが繰り返す。暇なので魔術の練習でもしようかと、ヒカリノタマを呼び出す。そのサイズを変えたり、色を変えたりしているうちに、ふっと思い出すことがあった。

 あ、忘れてた。とメディエは寝室に置いていた背負い袋から、イーターの尻尾をとりだして戻ってくる。巨大なそれを満足そうに見て、ひっくり返して床に広げた。


「でっかいなぁ~」

「それ、どうするの? 前は加工するって言っていたけど」


 メディエの上からセシルが覗き込む。何を始めるのだろうかと興味深く見ているのだ。


「まぁ、ごらんあれってネ」


 メディエは尻尾の真ん中、三角形になっている硬く厚い部分を切り落とす。すると、四枚の丸い羽根の様な尾肢も、付け根からばらばらに外れていった。


「カゼノヤイバってマジ便利」


 厚さが三センチほどもある大きな尾肢を拾って、メディエはひらひらと光にかざして見る。不透明で光を通さないことを確認して、真っ二つにして色を見る。イーターの尻尾は表面の数ミリが赤く、内側が白色にとグラデーションになっていた。残念ながら身は入っていない。


「なんだか蟹みたいだな……」

「はい、ごちゅーもく!」


 どこかの深夜通販番組のように、メディエが勢いをつけて立ちあがると「じゃん!」と効果音をつけて尻尾の一枚を掲げ上げた。


「とりいだしましたるはこの尻尾! このイーター様の巨大な尻尾を──まずはカゼノヤイバで(なら)しまーす」


 手を上げた恰好のまま、メディエはカゼノヤイバを発動させて、尾肢の表面をつるつるのすべすべに加工する。


「次に、良いサイズに切りだします」


ころんと、切りだされた丸い塊が五個くらい床に落ちた。その一つを手に取り、仕上げに入る。


「これに女性の横顔を彫刻すれば──じゃじゃ~ん。カメオのできあがり!」


 誇らしげにセシルに突き付けられたソレは──残念ながらカメオとは良い辛い、もっと別の呪われそうな何かだった。

 まず彫刻が拙い。深く掘りすぎていたり、刃が進みすぎて顔が半分削れていたり──しかも、盛り上がったところに色が付いているのだ。白地に浮かび上がる、人のように見える赤い何か──これが呪いの品でなくて何であろうか。


「却下。自分でソレを見てみろ。どうみても呪いの品だ」

「えー、そんなこと言わないで──────────うん、ごめん。オレが悪かった」

「カメオというのは、確か、盛り上がったところが白じゃなかったか。つまり、掘る方向が逆なんだろう」


 セシルが一つ拾い上げて表と裏を確認する。どちらにも赤色が乗っており白いのは中央部だけだと見ると、まず白い表面を作る為に赤色を削りだした。


「あぁぁー。でもそんなことしたら、薄くならないかなぁ? カメオってごっっっつい物じゃないっけ?」

「どんなにごついといっても、厚みが一センチを超えるブローチだったか? 現物を見たことはないが、五ミリくらいなんじゃないか? あまり大きいと邪魔だろう」


 言いながら、セシルは一センチくらいに削ったところで魔術を止める。メディエの意見を汲んで、とりあえずはこのサイズでということだ。


「こうして見ると、白・ピンク・赤のグラデーションになっているな。フム。問題は何を掘るか、か」


 意見を求めて隣を見るが、メディエは一枚目の修復に取り掛かっていた。必死にカゼノヤイバを操作している。

 その様子を彫ろうかと少し考えて──人を掘るのは複雑すぎて無理だと諦めた。かわりに何かないかと室内を見渡す。さすが伯爵家だけあって、いろいろな物が置かれている。高そうな花瓶にはしっかりと花が活けられているし、机の掘り物も綺麗だった。それらの中で、セシルが目を付けたのはサイドテーブルの足に彫られた果物の細工だった。複雑な意匠の中に、どう見てもブドウにしか見えない物が混じっていたのだった。丸い房になった果実と大きな葉、そして蔓──それならば初心者でも何とかなるか、とセシルは意識を集中させた。


「なーんでー。ずっこい~」


 三十分は経っただろうか、満足そうにセシルが手の中のカメオを見る前で、メディエが粉々になった材料を見ていた。厚み三センチから彫り初めて、どんどんどんどん削りに削って──結局だめにしてしまったのだった。


「くそう。オレだって、オレだって! 宝飾(オーナメント)スキル使えば、これくらいなん軽い! くやしくなんかねェ!」

「ふっ。悔しかったら、カゼノヤイバだけで挑んでくるがいい」


 ふはははは、とセシルは高笑いをして思う、カメオ作り(これ)は良い暇つぶしになりそうだと。


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