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十七話 聖女と魔術師の場合


 聖女様は非常に美しく、慈悲深くていらっしゃる。

 それがこの国の常識であり、神殿(かれら)が聖女に求める条件であった。美しく、聡明であること。神々の慈悲を体現するその姿こそが、人々の信仰を集める重要な要素であるのだ。


 美しくあること──当代の聖女は、生まれおちた赤子の時から、二人といない美しさであったのは有名な話であった。聖女としての(スキル)を示していないにもかかわらず、その非凡な姿を一目見ようと、老人から子供までが朝も晩もなく家に張り付いたという。


 生まれて数年で彼女は聖女として認められ、教会に迎えられることとなった。教会で暮らし始めてすぐに聖女としての力を顕し、当時の大神官の不正を暴いたというのは有名な話だった。

 彼女はまさに神に認められた”聖女”として、人々の信仰を一身にうけているのだ。


 だから、王都内に魔獣が現れるという、これ以上はない禍事がおこった時、人々は聖女と神殿に救いを求めたのだった。


「聖女様!」

「聖女様、どうかご慈悲を」

「お救いください、聖女様」


 狭い神殿の入口に人々が詰めかける。人々が静かな祈りをささげられるようにと解放されている祈りの間や、それに至る通路にも人々があふれていた。

 そして、口々に聖女の名を呼び、助けを求める。

 そこにいるのは、恐怖に襲われた市民達である。怪我をした者や、家族を失った者、魔獣を見てしまった者、家を失った者など、様々な人であふれていた。一歩間違えれば神殿内でパニックが起こってしまう──神官達は人々に必死で声をかける。

 もう大丈夫なのだと。脅威は去ったのだと──


「聞いてください、みなさん!」

「お待ちください、聖女様は今事態の収拾を神に祈っていらっしゃいます。大丈夫です、大丈夫。神も聖女様も神殿も、決してあなた方を見捨てたりはいたしません。ですからどうぞ落ち着いてください」

「聖女様! 聖女様──」

「お救いください。聖女様」


 しかし、人々の不安は消えない。彼らをむしばむのは黒い巨大な魔獣であり、形のない不安である。

 迫りくる焦燥感が、人々に聖女の名を唱えさせているのだから。




  ○ ○ ○




 神殿の奥、聖女のために準備された静かな部屋がある。外部の声など少しも聞こえてこない静寂の中で、聖女は差し出されたハーブティーを飲んでいた。

 これは聖女のためにブレンドされた特別な品で、使われているハーブも神殿で丁寧に栽培されていた。

 癖を押さえ飲みやすいように甘味も付けられている、その心遣いを感じて聖女はほほ笑んで給仕に礼を言った。

 そうして椅子に座り優雅なティータイムをとる聖女の前には、一人の神官が跪いていた。


「どうか聖女様。少しの間で良いのです。民の前に姿をお見せいただけないでしょうか」

「わたくしが? なぜ? 今は祭りの時期ではありませんよ」


 心底不思議だと、なぜそんなことを言い出すのかと、聖女は神官を咎めるように言う。跪く神官は、ただでさえ下げている頭を、深く強く地面に押し付けて、言葉を重ねた。


「王都内に魔獣が出現するなどという非常事態に、民は迷い弱っております。どうぞ、聖女様の御威光を持って、人々の憂いをお払い下さい」

「そう言われても。困りますわ」


 困る──と聖女がそう言えば、それは拒否の言葉である。


「だって、今年の祭りはまだ先のことでしょう?」


 不思議そうに答える聖女の口にする”祭り”というのは、年に一度行われる”大祭”のことである。聖女はその間だけ、人々の前に姿を見せると決められているのだ。

 だから、その決まりに反することを言われても困る、と聖女は言っているのだ。


「そこを、どうかお願い致します」

「祭りではないのですから、できませんわ」


 聖女はすでに神官を見てはいない。彼女は視線をハーブティーに移すと、同時に準備されていたクッキーをほおばる。

 甘いハーブティーに合わせて、甘さを控えたさっくりしたクッキーであった。「これもおいしいわ」と、聖女は給仕に声をかける。その声に答えて、聖女の皿に同じクッキーが数枚追加された。


「どうか、どうかお願い致します」


 神官の声はすでに雑音となり、聖女には届かない。

 しかし、その部屋に新たな人物が現れることで、状況は変化した。


「聖女様──おや、貴公もおいでだったか。聖女様に民の声を届けに伺っているのだな」

「何かありましたか」


 現れたのは神官の一人。跪く神官と同じ階級の服を着た、年配の神官だった。


「何。わたしも聖女様にお願いがありまして。現在の王都の状況なのですが、思ったよりも悪いようです。ぜひにぜひに、聖女様にお出でまし願わなくてはと、参上した次第でして」

「そうです。魔獣に襲われた心の傷を癒すことができるのは、聖女様ただお一人なのです」


 神官二人に言いつのられて、聖女は少し考えるしぐさをした。


「この時に皆の前にお姿をお見せいただくことで、人々は神々と聖女様の庇護の尊さを感じることでしょう。

 今は祭りの時ではありませんが、聖女様が祝福をお授けになることを、まさかまさか神々も厭いはなさいますまい」

「さぁ、参りましょう。人々に聖女様の素晴らしさをお示しになる時です。聖女様お一人にしか出来ないことなのです」

「わたくしひとりが………わかりました。参りましょう」


 今度はその言葉を受け入れる。給仕がさりげなく椅子を引くと、聖女は優雅に立ちあがった。

 それを見て嬉しそうに、神官達が聖女から扉への道を開ける。待ち構えていたように、部屋の扉が開かれ、祈りの間への道が示される。


「ありがとうございます。どうぞ聖女様におかれましては、いつもの通り慈悲深くおいで下さいますように、お願い申し上げます」

「もちろんですわ。わたくしは聖女。神々の御心の具現者ですもの」


 聖女の後方左右に神官が従う。年配の神官二人を従えて堂々と歩く美少女は、それは尊い神殿の主の姿であった。





 人々は見た。

 聖女が──美しい神々の奇跡の体現者が、祈りの間の二階に設置されたテラスに姿を見せたのだ。慈悲深く微笑むその姿は、あらゆる不安や恐怖を取り払い、明日への希望を抱かせてくれるものだと感じられた。


「聖女様、聖女様!」

「ありがとうございます、聖女様!」


 自然声が上がる。それは祈りの間だけではなく、神殿内にいる全ての者達の心からの叫びだった。


「みなさん。大丈夫、神の御威光のもと、脅威は去りました。御安心ください。さぁ、みなさんに、全ての民に神々の癒しのあらんことを──」


 聖女が白魚の様な手を掲げると、それにこたえる様に光があふれた。

 聖女から発せられるかのような、白く明るい光はその手から零れ落ち、人々の下におちてくる。そして、人々の傷を治す魔術となって消えた。


「傷が、傷が治ったぞ!」

「聖女様、神様!」

「ありがとうございます、聖女様!」

「聖女様!」


 割れるようなその声を前に、聖女は優しく微笑んで手を振ったのだった。




  ○ ○ ○




「あほか。いや、ばかだな」


 報告を受けてトルクが言ったのはその一言だった。


「そんな言い方ないでしょうよ、トルク様」

「ばかでもあほでも一緒じゃ。言って何が悪いか。嫌なら無能とでも言ってやろうではないか」


 レナードに向かって文句を言い続ける。

 彼らの下には宮廷魔術師であるナインからの報告が届いており、それに対する感想であった。


「でも、まぁ。ハウンドドックですか──魔獣にしてはあまり強い部類ではないのですが」

「はっきりと弱いと言え。ナインによると、ハウンドドックを相手取ったのは素人だというぞ。騎士団(あいつら)は何をやっとるんだ」

「確かに、市中警護のメンバーが魔獣を相手取るのは、無理ですね。せめて魔術師がいれば──それか、対魔獣の訓練をしておくかですが」


 呆れた様に二人が言葉を交わす。

 王宮魔術師と認められるための試験として、一人で魔獣を倒すというものがある。それが出来て一人前と認められるのだ。だからこそ、今回の騎士団の失敗が理解できないのだった。


 勿論、騎士団でも一人で魔獣を相手取れる者達は存在する。

 ただ、タイミングが悪かったのは、その者達のほとんどは”勇者”の迎えに出てしまったことだった。そして、残ったのは対人を主とした者ばかり──残った魔獣退治部隊は、王都の異変を知らずに通常任務に出てしまったというのだから、フォローのしようもなかった。


「レナード。いや、宮廷魔術師レナード・ツー・ウォーロック。いいか、今後ディーノの奴にしっっかりと魔術の使い方を指南しておくようにの」

「え。それは、筆頭のトルク様の仕事では……」


 宮廷魔術師はその地位によってナンバーが振られている。トルクの直弟子のレナードのナンバーはツー。魔術師(ウォーロック)の二位という意味だった。一位は誰であろうトルクその人である。


「ふん。ワシは勇者と共に旅にでるからの。ワンの名も返上する。ワシが不在の間に、しっかりと騎士団の改革に努めるがよいわ」

「……そうですか。そうでしたね。ディーノ殿は話がわかる人ですから、なんとかなるでしょうけれど」

「せめて、カゼノヤイバを使用した情報のやり取りの方法だけでも教えてやっとけ」


 魔術師達の間では、カゼノヤイバは非常に使い勝手の良い魔術として有名であるのだ。その使い方を少しだけでも教えておけ、というのだ。


「そうですね。騎士団は──言いたくありませんが、まっすぐな気性の人が多いですから。ちまちました魔術の使い方は御存じないんでしょう」


 そういうレナードが思い出すのは、直情(?)すぎて魔術を超えている一握りのメンバーのことだった。

 彼らは威力の高い攻撃魔術を剣の一振りで打ち消してしまったりする。なぜそんなことができるのか──初めてそれをされた時は目を疑い、模擬戦の相手だったにも関わらず必死で逃げたものだった。


 だが、そんな彼らは攻撃魔術は攻撃魔術として受け止めている。応用など──あまり──考えていないようなのだった。

 今回もカゼノヤイバを応用した情報のやり取りができていれば、指令系統はもう少しまともだったのではないかと、そういうことだ。


「分かりました。受け入れてもらえるかは分かりませんが、精一杯どうにか」

「なにを、のんびり言っている場合か。受け入れさせるのだ」

「が、がんばります」


 人間関係関わってくる調整は得意ではないのだが──しかし、放っておける問題ではないしと、レナードはトルクの命令に溜息をついたのだった。


聖女は別名、人形姫と呼ばれています。その一端でも書けたでしょうか。

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