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十六話 王都への帰還と盗賊の事情


 ロブヌター捕りに出かけていた民達は、湖まで迎えに訪れた騎士達に守られて王都までひと塊りになって移動していた。湖ではしゃいでいた姿は欠片もなく、皆不安でいっぱいの様子で、必要以上に左右を見回していたのだった。


「あ! あれを見ろ」


 集団の中から声が上がる。アレ、と言われて空を見上げると、そこには黒煙が──市街地から、何本もの煙が立ち上っているのがはっきりと見て取れた。


「あれは、私の家の方じゃないかしら?」

「どういうことだ。何があったんだ!?」


 それを確認して、ざわめきがひどくなる。何人かは走りだしそうになっていて、騎士達に止められていた。


「あぁ……一体なにが起こっているの。どうして、こんなことになっているの?」

「大丈夫だ。大丈夫だよ。ここには騎士様だっている。何も怖いことはないから……」


 ぽろぽろと女性が涙をこぼし、男性がそっとなぐさめている。

 それを何とも言えない顔でメディエとセシルは見ていた。


「何だと思う? 魔獣って言ってたよなぁ。交戦中だって?」

「そうだね。門を閉めてしまうくらいだから、すっごく大変な事になってるんじゃないかな、と分かるんだけど」

「魔獣って、アレかな?」

「シッ! こんなところで言わないの」


 こそこそと小さな声で相談をする。”魔獣”という存在にアタリを付けたメディエを、セシルは叱咤した。こんな人の多い所で口に出して良い内容ではない。


 多くの者が不安を抱えたまま、隊はゆっくりと移動していた。慎重に警戒しながら、北門まで帰ってくる。

 すると、閉ざされていたはずの門が開かれているのが目に入った。それを見て、皆の表情が明るくなる。わっと喜びの声が上がると、騎士達に声をかけながら、城門の中へと消えていった。


「ありがとうございました」

「どもでした」


 もちろんセシル達も騎士にお礼の声をかけて、門をくぐる。ぱっと見た感じ、特別な事は何もないように見えて、二人は首をかしげた。


「? なんだろうな?」

「うーん。もっと何か異変が起きたのかと思ったけど……」


 人々は門をくぐると思い思いの方角に分かれてゆく。足早になっているのは、家のことが気になるからだろうか。特に煙が上がっていた方角──市街地の南部に帰る人達は、必死に走っているようだった。


「行ってみる?」

「南に? うーん。そうだね。気にはなるし……それなら、ギルドにでも行ってみようか。何があったのかも聞けるかもしれないしね」

「そうだなぁ」


 しかしそれは叶わなかった。

 なぜなら、歩きだそうとしたところで、騎士に呼び止められ──気がついた時には周囲を騎士達に包囲されていたからだった。


「また、かよ」


 がっくりとメディエが呟いた。




  ○ ○ ○




 不完全燃焼です、という顔をした男達が無言で席に座る。


「なぁんで、そんなシケた顔して帰ってくるの?」

「エール!」

「こっちもお願いでスゥ」

「オレにもくれ」


 昼間から酒を飲みにと集まったメンバーである。彼らは貴族地区に魔獣が出たと聞くや、得意武器をひっつかんで足取りも軽く出て行った──はず、だった。

 それなのに暗い顔をして帰ってくるとは、何があったのだろうか。見た感じは誰も怪我などしていないようなのだが。

 留守番にと部屋に残っていた女は首をひねりながらも、それぞれにエールとつまみを配って行った。


「や~っちまったぁ。っつーか、踊らされちまったよなぁ」


 がっくりと大剣を撫でながら大男が言う。


「つまんないですヨ。せっかく合法的に暴れられるとおもったのにサァ。うちの女王様(レジーナ)のお披露目だったのにヨォ」


 やせ形の男が持つのは鋭い刀だ。レジーナと名をつけた(それ)の鞘の上からすりすりと頬ずりを繰り返している。


「うっせぇっての! こっちだって暴れるつもりだったんだ。それなのに、それなのに……」


 黒豹人のナルは、一見何も持っていない。しかし、いたるところに短剣を隠し持っている事を、他のメンバーは知っていた。


「「偽情報掴まされるとか、ありえねぇっての!」」


 そう、三人が暗い顔をしているのは、それが理由だった。


 貴族地区で魔獣が暴れており、騎士団が退治に出発した、と聞いたのが昼前。騎士の面子をつぶしてやろうぜと、悪い顔をして出て行ったのもほぼ同時刻だった。閉じられた門をこっそり抜けて、騎士達が闊歩するのを尻目に、スリルのある魔獣退治にしゃれこんで──裏目に出たのだった。


「まさかサァ。市街地(こっち)に移動してるとは思わないじゃないデスカー」

「くっそ、嫌がらせしやがって!」

「あぁ、それね──南部の住人はけっこう喰われたらしいわよ」

「ああああ。あのまま市街地(ここ)にいたらなぁ。ワンコロの奴ァおいしく叩き潰してやったのに」

「ム。うちのレジーナだったら、綺麗に真っ二つにしてみせますヨゥ。ハウンドドックとか、試し切りにピッタリだったのにナァ」

「だよなぁ……」


 試し切りが出来ずにしょんぼりしているのが二名。


「お前ら本当に盗賊(シーフ)かよ!?」


 その様子に呆れるのが一名である。

 もっとも呆れているナルも、魔獣退治にでている時点で同じ穴の狢ではあるのだった。


「魔獣。パニックボイスで火事。迷惑」


 フゥと溜息をつきながら言うが、その手にあるのは金属製殴打武器──いわゆるメイスである。シーフが持つ武器じゃねェよ! というのが、ナルの意見であった。


「今回魔獣を退治したのは、新人の騎士らしいわ。──ふふ。新しい英雄が生まれるかもね」


 面白がるように女が言うが、”英雄”という言葉にナルの耳が立つ。


「へぇ……英雄ねぇ……」

「勇者様に、聖女様に、英雄様かぁ。どうなってんだこりゃぁ……」


 楽しそうに目を細める者、めんどくさそうにそっぽを向く者さまざまであった。


「……今回の魔獣は、例のウサギモドキが手引きした魔獣だよなぁ?」

「しかないんじゃネ? タイミングを見ても、騎士達の動きを見ても」

「ウサギモドキ。魔獣。間違いない」


 彼らは、騎士の団体がヒアシンス家に突入しているのをしっかり確認している。


「で、どうすんの? ウサギ家は全滅だって言ってたぞ」

「あのウサギモドキが魔獣を王都に入れた後── 一昨日からか、スリの被害が出てねぇ。つまり、奴はもう王都にはいない!」

「あぁ、らしいなぁ。騎士どもがぴりぴりしてて、やりにくいったらなかったもんなぁ」


 関係の無い自分達もじろじろと見られていて、気づまりだった数日間を思い出す。そういえば、数日前からスリの話が無くなったと思い出した。


「ついでに言うなら、情報屋の奴が言ってただろう。ウサギモドキが”ヤバイモノ”を回収していった、と」

「あぁ、言ってたなぁ。何だっけ。──封印のプレートだったっけ?」

「それに、オレ様からスれる奴は普通じゃあねェしな」

「ま。神速の黒ネコ様ですからネェ。フツーじゃないでしょうヨ」


 無言でナルが投げた短剣が、コースターで阻まれる。「いただきッス」とそのまま懐に仕舞われていった。


「とにかく! つまり、あのウサギモドキは王都(ここ)を混乱させる為にやってきた魔獣──魔人なんじゃないだろうか」


 ナルの言葉に、皆の動きが止まる。


「うーん。ちょっと飛躍しすぎてねぇかなぁ」

「どうしてだ」


 自分の推理を発表するナルは、自信にあふれていた。いつもはだらーっとしている尻尾までがピシッと格好をつけている。


「つまり、ウサギモドキさんはァ。封印のプレートの回収と、王都への魔獣の侵入を目的にしていて、ついでにスリ被害を増やしたってコト? ンな目立つことするかナァ?」

「魔王や魔人が動きだしたからこその神託(オラクル)だろうが」

「タイミングは合う」

「確かに、タイミングは一致してるけれど……どうかしらねぇ」

「今まで勇者をどれだけ召喚しようとしても叶わなかったんだろう。それなのに、このタイミングでの聖剣の召喚と、勇者誕生の神託が下り、英雄が現れる。──これが全部偶然だってのかよ」


 偶然ではない! と強く言われれば、そんな気がしてくるので不思議だった。


「勇者が来たら、なんとかパーティに潜り込むとするか。ウサギモドキに会うにはソレが一番っぽいな」


 よし! とナルが結論をつける。


「ま、待ってちょうだい。今の仕事はどうするの──せっかく侯爵家にもぐりこめたんでしょ?」

「……今の仕事はもともと乗り気じゃねぇし? ヤメル」


 ええーっと、男達から悲鳴が上がった。


「え、なんで? 女装やめるのォ、ナルちゃん?!」

「まてまて、止めるの止めようぜ」

「そうよ。もったいないじゃない。せっかくかわいいんだから、かわいい格好しましょうよ」


 メイドとして侯爵家に潜り込み、美味しく家宝をいただいて消える──という予定での潜入だったのだが、ナルのプライドの前に塵と消えて行った。そもそも、女装という時点で気に入らない仕事ではあったのだ。


「メイドは止め! ンで勇者と旅に出る!」


 一杯のエールを飲みほし、ナルは男前に宣言をしたのだった。


王都の火事は、パニックボイスで混乱した市民によるもの。二次災害でした。

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