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十一話 神託の勇者

 その日の事を、ヒイロは決して忘れないだろう。

 普通の一日のはずだった。


 今日こそ家を出る宣言して、両親に叱られる。

 朝ごはんを人質にされたならば、少年は大人しく許しを請うしかなかった。食欲とは拒絶することが難しい欲求であり、家庭内で胃袋を握る母親とは偉大な存在であると再確認させられた。


 そうして、朝ごはんをすませたヒイロは、仕事として任されている家畜達の世話をしていたのだった。

 ポーグの飼育小屋は、朝からにぎやかだった。今朝までの餌の減り方をチェックし、定量まで補充する。餌の補充にと飼育小屋と倉庫を往復しているときに、その奇跡はおこったのだった。




──聞こえていますか?


 それはまさしく天から響いてくる声であったと、後にヒイロは語った。

 周囲を見ても誰もいない。ただ、家畜達の鳴き声だけがその場に響いており、自分以外の人の影も形もありはしなかった。


 それなのに、声が聞こえる。いや、本当に聞いて(・・・)いるのか。むしろ、心に直接響いているのではないか。そうでなくては信じられないほど澄んだ美しい、まるで音楽のように心に入りこんでくる声だった。


──この声が届いていますか?


 もう一度、声が繰り返す。

 その己を呼ぶ声に、ヒイロは空に向かって叫んだ。


「聞こえていますっ!」





 ヒイロが返事をした後、長い沈黙があった。おそらくほんの数秒のことだったに違いないのだが、ヒイロはその一瞬が、一時間でも二時間でもあるかのように感じていた。


──勇気ある者よ。わたしは     。この世界の   です。


「すみません。良く聞こえません。もう一度お願いします」


 ようやく届いた声は、ところどころが欠けていた。重要なところが聞こえない、とヒイロは訴える。


──わたしは      。どうやら    が違いすぎるため、言葉がうまく届かないようですね。

──勇気ある者よ。アナタの名前を教えて下さい。


 どうやら神々の世界との間には、何か言葉の疎通を邪魔するものがあるようだった。

 確かにそうでなくては、神々は人の世に干渉し放題になってしまう。その戒めのために、何か人間側には分からない何かがあるのだろう。


「僕はリンクーガの町のヒイロです!」


 風に乗り天に届けと言わんばかりに、力いっぱいに名を叫ぶ。

 この時ほど己の名が誇らしかったことはないし、これ以上の思いを込めて名を名乗ることは、もはやないだろうと思われた。


──勇気ある者、リンクーガの町のヒイロよ。わたしは      していました。今こそ立ち上がり、己の運命を為すのです。


「運命──僕の運命」


 うっとりとして言葉を受け止める。運命(・・)という、それは甘美な響きであった。


「何を行えば良いのですか?!」

──アナタが為すべきことはアナタだけが知っているはずです。

──勇気ある者よ。さあ、今こそ旅立ちのときです。      の世界へ、そして何時の日か試練を乗り越えて       。


 唐突に奇跡の時間は終了した。

 後に残るのは希望を胸に宿した一人の少年──勇気ある者。


「僕の運命──僕のやるべきこと。世界を、広い世界を旅して、それから──」


 ヒイロは己に言い聞かせるように、呟いた。




  ○  ○  ○





「神託は降りました。リンクーガの町のヒイロ。この者こそが勇者です」


 聖女の役目は神託(オラクル)を得ること。

 神の言葉を聞きとった聖女の号令一下、神官と神官騎士達がリンクーガの町へ勇者を迎えに出発するのだった。


虫   喰いの会話。発言した側は何にも考えていません。

勿論、本文中の虫食いに入る言葉は    用意しておりません。

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