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この前会ったおじさん

              第二章

 

 昼下がりの教室に入る日射しに城崎麗香はその細い目を更に細めた。月曜日の昼休み、昼食を食べながら外を見やると鳥が一羽飛んでいる。

 「あれ、カラスじゃん。飛んでるとカッコ良いけど……」

 「ゴミ漁ってるのを見ると幻滅するんだよね~」

 机をくっ付けて一緒に弁当を食べていたクラスメートの女子二人が、麗華が見ていた鳥を見付けて口々に言う。その間にカラスはどこかへ飛んで行ってしまった。

 「……私が見たのと、違うなぁ」

 「え?」

 「何か見たの?」

 呟きに級友、戸坂友里と谷藤美樹が反応する。

 「うん。この前の金曜日と土曜日に、白頭鷲のおじ……さん?と知り合ったんだ」

 「………」

 「………」

 あれ?友里ちゃんと美樹ちゃんが固まった。

 「えっと……二人とも…」

 「えぇー!?」

 「れ、れれ麗華に……男!?しかも、年上!?」

 きゅ、急に大きな声出されてびっくりしたぁ……。そんなに驚く事かな……。

 「雨の帰りに送ってもらったんだよ?それで傘を貸したら次の日ちゃんと返しに来てくれたんだぁ」

 「送ってもらったぁ……!?な、なにされたの!?」

 「ちょっと麗華、危機感足りなくない……?やっぱり、おっぱい揉まれた?」

 いっぺんに言われたら、どれから答えていいかわかんないよ……。それに、さっきから声大きいし……。

 「じゅ、順番に話すから……それじゃダメ?」

 私からの提案に友里ちゃんも美樹ちゃんも一度口を動かすのを止めてくれた。

 「む……その方が確実か。麗華の処理も追い付いてないし」

 「あぁ……まさか麗華が知らない間に中年の毒牙にかかっていたなんて……」

 急に落ち込みだしてこっちまでどうしよう。

 「あ、陣さんに歯はないよ!鳥人だし」

 「そういう、問題じゃないって……」

 「あはは……」

 二人に苦笑されちゃったけど、いいや。話を始めよう。


         ♂→♀


 傘を借りて帰った翌日。白峰陣は再び、昨日通った道を引き返していた。

 「こっちか……」

 道順なら覚えているのだが、あの雨の中、こんなに歩いていたのかと気付かされる。それもそうだ、行こうと思っていたスーパーまでの通り道を考えればこのくらい、当然歩くだろう。雨で感覚がマヒしていたか、それとも……。

 「……」

 浮かれてしまっていたのか、だな。認めたくはないが。それも、これで終わりだ。束の間の、珍しい出来事ということで終われる。サラリーマンが女子高生と接するなんて、人事部でも有るか無いかなのだから。

 「……よし」

 人間では女物に多いが、鳥人からすれば男女共にありふれた無難な青いノースリーブポロシャツ。清涼感と清潔感を忘れぬように襟を正す。

 ……よし、なんて気合を入れてどうすると言うのだ。自分の行動が昨日といい今日といい少しおかしくなっている。傘を返す、礼に暇潰しで作ったクッキーを渡す。そこで別れて帰り道に、昨日行けなかったスーパーへ行って買い出し。単純なもので一日の予定の数分しか彼女、城崎さんは組み込まれていない。

 呼び鈴を鳴らして咳払い。特にスピーカーがあるわけでもない。相手に出てもらうまで待つしかなかった。時間は朝の九時五十分。傘を返してスーパーへ向かえば開店に丁度、と言ったところだ。

 「………」

 しかし、返事が無い。出掛けているのだろうか。もう一度呼び鈴を鳴らすと、扉の向こうで鍵がガチャリ、と開いた。

 「ふぁい……?」

 「うっ」

 現れたのは間違うはずもない、城崎麗華だった。眠そうに目を擦る彼女はTシャツにジャージ姿。薄手のTシャツの下からは窮屈そうに胸が存在感を主張していた。何が透けているということはないが、恐らく下着を身に付けていないと思われ、目を逸らす。

 「あっ昨日の……陣さん!」

 間を数秒置いて城崎さんは俺を認識した。そこで目線を少し高めにして向き直る。

 「おはよう城崎さん。昨日は助かったよ、ありがとう」

 畳んだ傘を受け取ると城崎さんは微笑んですぐに傘立てへ置いてくれた。

 「いーえー。私の方こそ、昨日はありがとうございました」

 頭を下げて、再び顔を上げた彼女の顔はどこか火照って見えた。

 「……風邪はひいていないかな?」

 「あ、それなら大丈夫ですぅ!私、少し熱があっても気付かなくてすぐに治るので」

 えっへんと胸を張った瞬間、ぷるん、と揺れた。間違いなく付けていない。……いやいや、そうじゃない。

 「……夏風邪はこじらせると大変だ、用心はした方が良いよ」

 この短い会話でも、彼女が少しズレていると感じた。指摘はしないが。

 「はい、気を付けます!」

 それでも素直に助言は聞いてくれる。そんな彼女に小さな袋を差し出した。

 「これは?」

 受け取った城崎さんが袋の中身を聞いてくる。好奇心に満ちた視線が落ち着かない。

 「昨日の礼に返すだけ、というのが申し訳なくてその……クッキーを用意した。大したものではないが……」

 チラ、と城崎さんの目を見る。その目と真っ直ぐぶつかり、言葉に詰まる。男から菓子なんて、気色悪かっただろうか。

 「わぁぁぁ!ありがとうございます!上がっていってください!お茶入れますから!」

 袋と陣を交互に見て麗香は彼の羽を握り、中へ引き入れた。緩急のある挙動に陣も抵抗できずに入ってしまう。

 「き、君……!俺はいいから!」

 「……陣さん、今日お忙しいんですか?」

 麗香が陣を見上げ、陣は彼女の切ない声を聞いて胸の前の手、手の奥の胸を見てしまう。自分の理性と天秤にかけて回答を選ぶ。

 「……スーパーに寄って帰ろうと思っただけだ。……少しくらいなら」

 「はい!やっぱり、皆で食べた方が美味しいですよ!」

 そうだ、お茶を飲んで、クッキーを頬張り帰るだけ。予定のズレは修正範囲内だ。俺自身がしっかりしていれば何も問題はない。

それにしても皆、か。俺は仕事以外で最後に人と食事を摂ったり、お茶をしたのはいつ以来だろう。

 「では、ここへどうぞ」

 「……すまない」

 レイアウトは1DK。通された洋室に背の低いテーブルが置いてあり、座布団が二つ敷かれている。城崎さんは片方を叩いてそこに座るよう、促してくれた。

 「お湯沸かしてきますね」

 それだけ言って麗香はキッチンへ引き返した。一人取り残された陣は手持ち無沙汰になって顔を動かさずに部屋を見回す。

 あまり飾り気はない、整頓された部屋だった。枕元にはどこかのヒグマのようなぬいぐるみが置かれているがそれぐらい。あとは女子というよりも棚に並んだ教科書類から、学生の部屋という雰囲気の方が強かった。

 「あ、テレビとか観ますかぁ?」

 「お構いなく」

 扉から一度城崎さんが顔を覗かせたが、これ以上気を遣ってもらうこともない。まして相手は子どもなのだから。

 そうだ、子ども相手に何を考えているのだ。体は十二分に大人であろうとも。脳裏を掠めただけで何もしていないのに罪悪感がどんどん募る。

 「お待たせしましたぁ」

 今からでも帰るべきか、と思った頃には城崎さんが戻ってきてしまう。トレイにカップを二つ、皿には俺が焼いたクッキーが綺麗に並べられていた。カップを差し出すこちらへの所作がやけに美しく見えて、言葉を失う。

 「はい、どうぞ!……どうかしましたかぁ?」

 「いや……」

 どこかで習ったのだろうか。思えば、高校生で独り暮らしをしているのだ、良いとこのお嬢様という話も考えられる。

 「いただきます」

 「レモンは混ぜたら取っちゃってくださいね」

 言われた通りにかき混ぜてからレモンのスライスを取り出し、カップに嘴をつけて一口。一息入れるにはとても良い気分だった。

 「美味しい。城崎さんも良かったら、クッキーを」

 「良かったです。じゃ、いただきます!」

 元気良く返事をすると一口。今時の女子高生がクッキー数枚で喜んでくれるかは疑問だったが……。

 「美味しい!」

 その一言と笑顔を見れただけで満足と言うか、安心だった。

 「……城崎さんは、今高校……」

 「三年生、受験生なんです」

 ということは十八歳か。……うん?

 「もしや、卯年なのかな?」

 「はい!ニンジン、好きです!」

 それなら午年も好きだろうな。しかし、ということは……。

 「陣さんはおいくつ、なんですかぁ?」

 「……今年三十の、卯年だ」

 彼女とは丁度干支が一回り。それだけ歳の差があるということだ。世代の差を感じて答えたくなかったが、彼女が制服を着ていた時点で当たり前だ。

 「お揃いですねぇ!」

 「………そう、だな」

 しかし城崎さんはニコニコしたままクッキーを頬張っている。話していてズレも感じたが、彼女に他意が見えない。本当に喜んで、シンパシーを覚えてくれているように思えた。

 「ご両親はよくアパート暮らしを許してくれたね?」

 「ちょっと登校に時間がかかる場所だったんです。それで朝なかなか起きれなくて」

 そう言えば今日も寝起きのようだったな。

 「来るの、少し早かったかな?」

 「あぁ、今日は起きてはいたんです。ちょっと……違うことしてて」

 考えれば理由はいくらでもあるだろうが詮索はしまい。失礼にならない程度に会話を続ける。

 そう、会話が続いてしまった。職場でも多くを話すわけでもないのに彼女とは自然に弾んでしまう。こちらから投げると、別の質問と共に返してくれる。やはり的外れな部分もあったが、どちらともなく黙ることはあまりなかった。

 「……あ、もうお昼前」

 「なに?」

 時計を見ると、気付けば一時間近く経過していた。数分の予定が何倍もの時間になっており、流石に陣も唸った。

 「す、すみません……お引き留めしてしまって」

 「気にすることはない。俺も楽しかったからね」

 本当に、久し振りに楽しかった。人と過ごして楽しい、一回り年下の女子高生に思い出させてもらうとは思わなかった。

 「陣さん、スーパーに行くんですよね」

 「あぁ、お邪魔したね。城崎さんは昼食は……」

 「私、コンビニでご飯買おうかなと」

 立ち上がり、買い物袋に伸ばした羽がピタ、と止まる。

 「……城崎さん、若いうちからコンビニ弁当ばかり食べるのは良くないと思うぞ。添加物にまみれ、栄養にも偏りが多い」

 とてもじゃないが俺は時間が無くてもコンビニ弁当で済ませようという考え方は持てない。便利で安易に思えるのだろうが、蓄積されていく害物質はいずれ自身を蝕むのだから。

 「お米はもらって炊いてるんです……。でも、私あまり料理が得意ではなくて、教わる相手もいないし」

 「なら、俺が教える」

 え?と城崎さんが聞き返した。即答して、聞き返されてから俺自身何を言ったのかと振り返る。俺が、教える?料理を……どこで?誰、に?

 「あ……いや…」

 「……お願いします!陣さん、料理は自分で作るって言ってましたもんね!」

 コンビニ弁当で理性を欠いた瞬間の口から出任せ。たった一言で、裏返った。スッキリとお別れする筈だったのに。

 「……俺で良ければ、だけどね」

 「何を言っているんですかぁ?」

 座っていた麗香が立ち上がる。その時、Tシャツから一瞬胸の谷間が大きく姿を見せて揺れたのを見てしまった。

 「私、陣さんが良いんですっ!」

 この言葉も、きっと料理を作れるらしいから程度で言っているのだ。頭ではわかっているのに気付いてしまう。

 今ので完全に惚れてしまった。選りに選って、昨日出会って、種族も違う、同じ干支の胸が大きい女子高生に、一言で。

 「……わかった。今日は個人的に買い出しがあるから失礼するが、近いうちにまた」

 「お願いします、陣先生!」

 先生なんて柄ではないのだが、耳触りは良かった。本当は今日にでも教えたかったのだが、こちらがおかしくなりそうだった。この気持ちは持って良いものか、と。

 二日続けて自分が女子高生に翻弄されることになるとは思わなった。勝手に翻弄されているのだが、こんなにも心を乱された日々が懐かしかった。


 ここから頭の堅い白頭鷲、白峰陣と清楚で巨乳な城崎麗華の奇妙な縁が繋がった。


               ♀♀→♀


 「……こんなところかなぁ」

 「………」

 「………」

 麗華は一通り話し終えたが友里も美樹も何も返してくれない。

 「あ、あれぇ?」

 私が二人を見ると美樹が肩を落とし、友里が身を乗り出した。

 「アンタ、知らないおじさんを部屋に入れたの!?三十の鳥人を!?」

 「知らなくないよ?金曜日も会ってるもん」

 友里が身を引いてへろへろと席に戻る。

 「そうじゃないって……」

 「しかし、その陣、って人……麗華のおっぱいを前にしてよく理性を保っていたわね」

 周りよりちょっと胸は大きいけど、それなら……。

 「麗華、陣さんの羽も大きかったよぉ?なんてボケいらないからね」

 「え?」

 美樹ちゃんは私の考えをたまに先読みしてくれる。けど、どうしてわかるんだろう。

 「で、次に会う約束も取り付けちゃうとか……。怖くない?」

 「まぁ、麗香が良いって言うなら良いんじゃない。料理は上手くなるし、相手のおじさんは鋼鉄の意思があるっぽいし」

 確かに陣さんは色々考えてから発言しそう。仕事とかも大変だから難しい顔をしてたんだと思う。次はいつ会えるのかな……。


 麗香が陣に会うのを楽しみにしていたり、級友におじさんとネタにされていたのを陣本人は知る由もない。             


                                    


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