宇宙船での生活ー④
「ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、あっちはゲームの世界とは全く異なります。あなた方にも怪物たちは攻撃してくるはずです。現地人は当然戦うことができますし、可能な限りあなた方をかばうように私たちから伝えておいてあります。しかしいざあなた方が襲われた時、あなた方地球人は戦うことは、現段階ではほぼ不可能です」
「おいおい、それじゃあ俺たちはそいつらに食われてろ、ッつーことかよ?」
会場にいたある男がサリナに疑問を投げかけた。
彼の言うことはもっともである。
智也たちは全員が平和ボケした地球人。この中に軍人や自衛隊がいるだろうか。彼らならばもしかしたら訓練を受けなくても生き延びることができるかもしれない。あるいは、猛獣使いの人間であれば、扱いにたけているだろうから生きていけるかもしれない。
ようするに、日常的に命を削り、血を流して戦うような職業や、動物の扱い方を学んだ人間じゃない限り、現段階ではあっちでは生きていけない。
つまり、あっちに行ったら智也たち地球人は、遅かれ早かれ、大部分が死ぬことになる。
「それじゃあ私たちはわざわざ殺されに行くってこと?」
「おい、勘弁してくれよ……」
男の考えに皆が不安を口に出す。きっと皆は船に乗る前の智也がそうだったように、あっちでのんびりとまではいかずとも、それなりに安全で楽しい生活ができると思っていたに違いない。
智也は、殺されないためにこの船でなにをすべきか、なにをさせられるのかを知っていた。だから今彼らが騒いでいるようには騒がなかった。むしろ冷静に、あっちと地球の違いを考え、
「現実が厳しいのは地球でも他の惑星でも同じ、か」
そう結論を出した。
近くに座る由美はというと、彼のつぶやきに全く気づいていない様子で、ジュースをちびちびと飲んでいた。もしかすると、この会場の中でこれほど冷静でいられているのはこの2人だけかもしれない。
不安でざわつく会場にサリナが落ち着いた口調で、ご安心を、と言った。
「戦えるようにするための設備がこの船の中に入っています。あなた方の努力次第ですが、生き延びるため、そしてあっちでの生活を地球にいたときとは比べ物にならないくらいに楽しんでいただくための手段はすべてこの中に整えてあります」
自信満々に告げたサリナ。その顔は、わずかに地球での生活に対する疲れが感じられた。
地球よりはあっちのほうが、まだましだった、と無言で訴えている気がした。
「たとえば?」
サリナの説明を聞いてもなお不安を消しきれなかった、ある女性がサリナに尋ねた。
「たとえば、どんな設備が有るんですか?私たちをどうやってあっちでも生きていけるようにするんですか?」
心配性なのか真面目なのか、女性は細かい説明を求めた。この問いに、サリナは待ってましたとばかりににんまりと笑って見せた。
「あなた方は、ゲームの主人公になってみたい、とか、ゲームの世界に入ってみたいとか……」
一瞬の意味ありげな間が入った。
「……魔法を使ってみたいとか、思ったことがありませんか?」
これが遠回しな回答だと気づいた人間の反応は早かった。いち早く理解したのは由美である。
「なるほどね。そうやって生きていくってわけね」
久しぶりに由美が口を開いた。ジュースがなくなったようで、空になったグラスの中をストローでもてあそんでいる。中に氷が残っていたら涼しい音でもするはずだが、その音は聞こえなかった。結構長い時間からこの人気のない席についていたらしい。
「あっちにいる人間は魔法が使えるんだろうしな。ゲーム通りだったら」
「そこはゲーム通りじゃないかしら?サリナがああ言うんだから」
由美の独り言に智也が答えると、彼女から返事が来た。静かに話をする分には問題ないようだった。
ここでようやく、会場で盛り上がっていた連中が智也たちに追いついた。
「ってことは……俺たちも魔法が使えるってことか!?」
「ええ、そうなります」
サリナの一言に、時が止まったかのような一瞬の静寂。そして、
「うおおおっ!まじか!?」
「主人公フラグキタ―――!」
「中二病精神爆発させるぜーーー!」
「魔法の使える私に敵なんかいないわ!」
再びお祭り騒ぎになる会場。人の心情を考えれば、それもそのはずだった。
人はないものを欲する生き物。魔法は地球に住む人間なら望むもの。なぜなら魔法はおとぎ話の世界に過ぎず、しかしあると便利だという印象を皆が持っているからだ。欲しいけれど存在しない。だから人々は魔法に憧れ、本や映画なんかにしょっちゅう現れ、人々を魅了した。
そんな憧れの品が手に入る。ここにいる連中は、たいていゲームや漫画の主人公に憧れたり、その世界で暮らしたい、現実逃避したいと思っていた人間たち。喜ばないわけがなかった。
「魔法は科学ほど複雑ではありませんが、接したことのない地球人には慣れるまでに時間がかかると思われますので、明日からさっそく皆さんには魔法の使い方を学んでいただくことになります。ですから、今日はしっかり食べて、しっかり休んでくださいね?」
そう締めくくり、サリナの話は終わった。会場はまだざわついている状態だったので、聞き取れた人数は少ないかと思われるが、少なくともあの2人は聞いていた。
「いよいよ地球とはおさらばか……」
学校にも家族にも大して思い出がなかった智也とはいえ、16年と数か月お世話になった地球からこんな形でお別れするとなると、不思議と名残惜しく感じられるのだった。
「あら?もうとっくに地球から出発してだいぶ経ってるから、おさらばはしているはずだけど?」
空のグラスをもてあそぶのを止め、頬杖をついて智也を見る由美。
「そういう意味じゃねーよ」
「じゃあなんなのよ?」
「なんつーか、その……」
続きが言葉に出てこなかった。
「あれ?智也じゃねーか?」
不意に彼の後ろから男の声がした。