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画面の中の彼女と画面の外の彼女  作者: 勝田瑠依
第1章 2次元と3次元
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2次元と3次元-④

 車はどこかに向かっていた。運転手は何も言わない。行き先すらも。

 窓から見える景色は、既に見慣れた景色ではなく、知らない田舎道を走っていた。前後左右、車は通っていない。田んぼばかり。時々寺か神社。雨が降っているからか、農作業をする人もいない。

 智也はまだ頭に整理がついていなかった。

 ゲームキャラクターであるサリナを名乗るこの女性は何者なのか。

 「お茶、飲みます?」

 彼女が膝の上に置いてある、先ほどのポーチから小さいペットボトルのお茶を差し出した。あまり大きくないのにどうして電子辞書やお茶が入れられるのか気になるところだったが、ここは触れずに素直に受け取ることにした。

 「どーも」

 受け取り、口の中を湿らす程度に飲むと、再び外を眺める。

 雨は止みそうにない。雨雲を見ていると更に気持ちがモヤモヤしてきた。

 どこへ向かっているのか。

 なぜ母親は智也に黙って、智也関係の誓約書にサインをしたのか。

 そこまで考えて、智也はひらめいた。

 「もう1回、誓約書見せてくれないッスか」

 そもそも何に誓約したのか、さっき玄関で見た時は気が動転していてはっきり見ていなかったので知らなかった。

 誓約書にはきっとどこへ行くのか書かれているはずだ。

 彼女はすぐに誓約書をポーチから取り出し、智也に見せた。

 ここでまた新たな疑問が生まれた。

 「あの……本名は?あなたの」

 当然、サリナを名乗る女性に対してだ。

 サリナ・フィーボルンはゲームキャラクターの名前。たまたま同姓同名の人はいるかもしれないが、ゲームのキャラクターそのものではない、というのはほぼ間違いない。

 だが、彼女は怪訝そうな顔をして、

 「先ほども言いましたが……サリナ・フィーボルンです」

 「いやいやいや」

 だから、それはおかしいのだ。ゲームキャラクターそのものの格好はコスプレでできるとして、本名まで同じなのは。

 「疑り深いですねぇ……はいこれ、名刺ですっ」

 むっとした表情で名刺を渡された。


 株式会社げぃまあず社長代理 サリナ・フィーボルン


 「マジか……」

 「信じていただけましたか?」

 ドヤ顔にも、見下しているようにも見える表情を智也に向けた。彼は頷くしかなかった。

 『株式会社げぃまあず』は、できてからまだ10年も経っていないのに、奇抜なゲームでヒットし続けている会社で、『頑張れ!俺の嫁!』の会社でもある。

 この若さで社長代理は素直に凄いと思うが、それ以上に、ゲームキャラクターと全く同じ名前なことに驚いた。

 「誓約書、もういいですか?」

 「あ……いや、まだ読んでなかった」

 驚きのあまり、誓約書のことをすっかり忘れていた。 

 「早く返して下さいね。なくされると……困らないか、印刷したものだし」

 (本物じゃないんかいっ!)

 言おうと思っただけにとどめた。いちいちつっこんでるといつまで経っても読めないので、誓約書のコピーだが、読むことにした。

 よく見ると、たしかにコピーだった。カラーコピー。


 誓約書

 日頃から我が社のソーシャルゲーム・頑張れ!俺の嫁!をプレイしていただき、誠にありがとうございます。

 この度、滝口智也様は課金金額が当社の期待値を越えましたので、特別に、ゲームの舞台であり、実際に存在する惑星パルメルに1年間ご招待させていただくことになりました。

 つきましては、高校生ということなので、保護者様とよくご相談の上で、同意していただきたく存じ上げます。

 尚、同意していただいた保護者様には、金100万円を小切手にて送らせていただきたいと存じ上げております。また、当社ではいかなる事故、事件、怪我等がございましても、一切責任を負わないことをご了承ください。


 以上が誓約書の内容だった。

 智也はいろんな意味で呆れ、驚き、終いには悲しくなった。

 要するに、母親は100万円が欲しかったのだ。智也なんかよりも。

 確かに理解はできる。

 県下トップとはいえ、私立高校。お金がかかる。しかも智也は今年の4月から、携帯ゲームやアニメに耽るために不登校になった。

 そんな子ども、どんな親が欲しがるだろうか。それよりは、あればあるだけ楽になるお金の方を欲しがるのは、当たり前のことだ。

 客観的に見ればそうなるが、親に100万円で売られたと思うと、やはり悲しかった。自分が悪いとはいえ。

 「智也さん?」

 「ああ、はい、返します……」

 俯く智也に、サリナは声をかけた。返してくれという意味ではないと思ったが、読み終えたので誓約書を返した。

 「本物は会社にありますから。これは見せる用だったのですが、大事なものなので貰いますね」

 サリナは智也が聞いてもいないことに答えた。

 「はあ……」

 ショックが大きいと涙は出ないようだ。

 そんなどうでもいいことを、智也の脳の冷静な部分は知識として取り入れた。

 「知らない世界に行けるって、私、良いことだと思うんです」

 突然サリナが語り出した。

 (慰めのつもりか?)

 哀れまれていることにカチンときたが、智也は俯いたまま黙って聞いた。

 「私もそうでしたから……」

 彼女もまた窓の外を眺め、そこで会話は終了した。

 雨は降り止まず、田舎道も終わらない。



「着きましたよ、起きてください」

肩を揺すられてはじめて、智也は自分が寝ていたことに気づいた。起こしたのはサリナ。

場所はどこかのグラウンド。夜でも野球ができるようにナイターがある。車の後ろには体育館。他は何もない。民家が遠くに見える程度。

空はすっかり夕方になっており、きれいな夕焼けとなっていた。雨は智也が寝ていた間にやんでいたようだ。

次いで彼の目に映ったのは、バカでかい飛行機のようなものだった。体育館と比較しても、高さ、面積、すべてにおいてこの物体は勝っており、広いグラウンドをほとんど占めている。

智也が通う高校の校舎は3階建てだが、この飛行機のような建物は校舎よりもはるかに高い。

 「なんだこりゃ……」

 車から出て機体を見上げる。

焦げ茶色の機体で、形は人が乗るための箱に、飛行機の翼をそのまま付けたようなもの。箱の最上階にあたるであろう部分にはぐるっと窓ガラスがはりめぐらされていて、まるで展望タワーのようだ。きっと見晴らしがいいはずだから、操縦室だろうか。

 「ボーっとしてないで、ついてきてください」

 数メートル離れたサリナが、機体を見上げる智也に嬉しそうな笑みを浮かべて彼に呼びかけた。智也が数歩車から離れると車は発車した。

 サリナに追いついて2人が歩き出すと、サリナが笑顔のままで智也に話しかけた。

 「驚きました?でっかいですよね、宇宙船」

 「ああ……」

 素直な智也の反応に、サリナは満足そうに頷いた。

 1辺が飛行機の全長くらいはありそうな、巨大な箱。まさに『箱舟』であった。いったい何人の人間が乗るのだろうか。

 「詳しくはこの中でお話ししますが、あなた方はこの中で約1週間乗っていただき、そして惑星パルメルで1年間滞在していただきます」

 「そんで、ゲーム同様に、女の子の部隊を作って恐竜なり怪物なりと戦うんだろ?」

 彼はもう驚かなかったし、現状からそうなることになるというのは容易に想像ができた。

 ゲームキャラと全く同じ格好、名前の少女。誓約書に出てきた、ゲームの舞台と同じ名前の惑星、パルメル。そして目の前の宇宙船。

 これだけ揃ってしまえば、パルメルに赴いて実際にゲームと同じことをするのだ、ということはわかる。

 サリナが立ち止った。ちょうどこの飛行船の入り口の前まで来た。そこで彼女は智也に、含みのある笑みを向けた。

 「さて、すべてがゲーム通りにいくでしょうか……フフフッ」

 「え……」

 智也はその笑みにぞっとした。まだ何かあるのか。心の中に不安が一気に広がった。

 「ええと、あなたの部屋は……120号室だったかな……」

 ロビーの真ん中あたりまで来て、再びサリナは立ち止まり、ポーチの中で何かを探し始めた。

 ロビーとはいっても、ホテルや旅館と比べると、静かでさみしい印象を受ける、だだっ広い大広間である。智也の通う高校の体育館の半分くらいはありそうな広さだが、受付はホテルではないので当然無いにしても、部屋の壁沿いにポツンポツンとソファと机があり、四隅にポットと紙コップ、ティーパックがあるだけで、あとは奥に長い廊下が、その手前には上に続く階段があり、その隣にはエレベーターがあるだけで、肝心の真ん中の空間には何もない。

 「うん、120号室ね」

 サリナは腰のポーチから鍵を取り出し、智也に渡す。

 「荷物を置いて、部屋の机に書いてある日程を読んでおいてください。何かあったら、紙に書かれた電話番号……私のなんですけど、電話してくださいね。食堂の場所とか、集合場所とか書いてあるから、絶対に読んでください」

 そう告げると彼女はエレベーターへと早足で向かっていった。

 「忙しそうだな」

 1人つぶやき、残された智也もまた、部屋探しに向かった。

ここで第1章は終わりです。

次は、宇宙船の中での生活です。

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