About a girl 8
「じゃあ、さっそく進ちゃんに会って頂戴。あら、その前にお茶のおかわりを持ってこようかしら」
金座さんは上機嫌で、俺のカップを取り、去っていった。
「どういうつもりよ」
光希は、目を吊り上げて怒っている。
「どう、って。お前、この場にいただろ。そういうことだよ」
「嫌よ。おっさんとデートなんて。死んでやるわ」
光希はそう言って、鞄から錠剤が入った瓶を取り出した。
「ま、待て!ドクロが描かれた瓶とか典型的過ぎるぞ」
俺は慌てて瓶を取り上げる。
「所長命令だ。これは仕事だ、嫌な事なんて仕事していればいくらでも起こる」
光希は小さく唸って、そして小さく頷いた。
「そうだ、お前。奥さんの言葉で引っかかったんだが、『知らない娘』じゃないってどういうことだ?」
「金座さんは、父の会社の取引先なのよ」
光希は溜息をついた。
「なるほど、そういうことか」
高校生が飛び込みで、しかも短時間で顧客を見つけることなどできるわけがない。
「まぁ、コネというものは社会で最も重要な結びつきでもあるからな」
世の中、驚くほどコネが横行しているものだ。何も入社する際に使うものがコネと呼ばれている訳でもない。
「私だって使いたくなかったわ。本当に偶然だったのよ。私が父の取引先なんて分かるわけないじゃない。私自身面識は無いのだけれども、名字で気が付いたみたい」
「まぁ、それが君の力でもあるんだよ。いい親父さんを持ったな」
俺は嫌味ったらしく言った。
「私、あなたが本当に嫌い。殺したいわ」
光希は俺を睨みつけた。
「大人になれよ。光希」
俺は、某バスケット漫画の台詞を言って、がはは、とわざとらしく笑った。同じ言葉でも場面によってここまで嫌らしい意味になるのか。
金座さんが戻ってきたので、お茶を頂き、二階の進さんの部屋へ案内してもらった。
「進さんはお仕事は何をされているのですか?」
階段を登る途中で金座さんに尋ねた。
「進ちゃんは、ウチの会社の資産運用をしているわ。デイトレーダーというのかしら。ほら、進ちゃん。対人関係を築くのが不得意だから。そっちの方が合っているのね」
対人関係が得意な人間なんていないだろう。誰もが思い悩む所だ。
個人のデイトレーダーか。あまり良いイメージはない。一日中パソコンに向かって、自分とはなんの関係も無く、支援したいとも思っていない上場会社の株を右から左へ移して利潤を得る寄生虫だと思っている。仕手戦をしかけるわけでもなく、総会屋とも違い、顔を出さずにクリック一つで儲ける、なんとも今の日本を象徴しているようで嫌だ。
もちろん、そんなことわざわざ言わないし、リスクを背負い税金も支払う分、無職よりは立派だ。
「進ちゃん。開けるわよ」
金座さんは、進さんの部屋のドアを開ける。
「おい、婆!勝手に開けるんじゃねぇ!」
男の怒号と共に空のペットボトルが金座さんの足元に投げつけられた。
俺は、金座さんの後ろから、部屋の中を伺った。
カーテンを閉め切り、蛍光灯の人工的な明るさから無機質な印象を受けるが、綺麗に整頓された部屋だ。机の上には三台のパソコンが並んでおり、一台は株価の過去のチャート表を、もう一台は円ドル相場の推移表、もう一台はアニメ調の女の子が映し出されていた。
さらに良く見ると四方八方にガラスケースが並んでおり、中にはフィギュアが並んでいる。色々なフィギュアがあった。怪獣や某有名お菓子チェーン店の舌を出した女の子に乳房を露わにした女の子、扇情的なポーズを取る女の子、というかスペース的には魅惑的な女の子のフィギュアの方が多い印象だ。
なるほど。進さんはオタクさんなんだな。
「ごめんね、進ちゃん」
「いいよ、もう。なんの用だよ」
「今日はね、お友達を連れてきたのよ」
「はぁ?」
俺もお友達という表現には進さんと同じ感想だ。
「こちら、興信所の海藤さん」
金座さんはそそくさと逃げるように、後ろにいた俺を自分の前に引っ張った。
「ど、どうも。只今ご紹介に預かりました日之出興信所の海藤日出道と申します」
俺はお辞儀しながら挨拶をする。
「はぁ。どうも。金座ワールドコムの金座進です」
進さんは、俺に合わせてお辞儀をする。
初対面同士が顔を合わす独特の空気が場を支配する。疑心、不安、焦燥が入り混じる空気だ。空気を食む仙人でもこの空気には食中り必須である。
進さんはあまり外に出ないのか、肌は病的に白く、お腹が少し出ているぽっちゃりさんだ。
俺が進さんを観察していると、
「それで、興信所の方が何か?」
と至極当り前の質問を受ける。
「え、えーとですね。奥様からご依頼を受けまして、進様を、なんというか、女性に積極的になれるためにお手伝いする
よう仰せつかったものですから」
俺はしどろもどろになりながら説明する。
「はぁ?そんなこと、海藤さんにしてもらわなくていいよ。忙しいんだ。帰ってくれよ」
進さんは、回転椅子を俺の方からパソコンへと向き直した。
俺だってお前の事なんて興味無いんだよ、と心の中で悪態をつく。内心、アパートへ帰りたくなっていた。
「進ちゃん。そんなこと言わずに、ね?今日は日曜日でしょ?相場も動いていないわ。ちょっとだけ、ね」
金座さんが助け船を出す。
金座さんは本当に息子の助けになりたいんだろうな。
「うるせぇ!なんなんだよ!てめぇはよ!この前も糞みてぇな女と勝手に見合いさせやがって!勝手にフラれてんだぞ!こっちはよ!」
進さんは、今度はコップを持ち上げた。
俺は、咄嗟に金座さんを庇おうと金座さんの前に立ち塞がったが、進さんはコップを投げてこなかった。
口を半開きにして、ある一点を見詰めている。
その視線の先には、制服姿の光希がいた。
「その、怒号が聞こえたから何事かと思って」
光希は部屋に入って、目をきょろきょろさせて辺りを見渡した。