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About a girl 7

「あっ、黙祷の間、飯作ってくれたら嬉しいな」


 俺が敬礼のポーズで天井を仰いでいると、光希は冷蔵庫を開け「なによ、これ。ほとんど何もないじゃない」と文句をを言いながら、キッチンに向かってくれた。

 

 十分ほどして、俺にとっては朝食の用意が出来たのか、声をかけてきたので、瞼を開けると、テーブルにはインスタントの味噌汁とツナ缶(皿に移しておらず、缶のまま)と白米が用意されていた。


「うん。ありがとう。いつも俺が喰っているメニュー、そのまんまだ」


 正直、女の子が作る料理に、淡い期待をしていたのだが。


「文句言わないで。文句言うなら冷蔵庫に言うのね。黙祷はいいの?」


「昔の女さ」


 俺は、箸を手に取って手を合わせた。


 朝食の後、無作法にパジャマを脱ぐ俺を見て、双島が俺の頭を叩いたため、トイレでスーツに着替えて身支度をする。ネクタイを締めるのは実に一年ぶりだ。まさか、またスーツに袖を通すことになるとはな、と苦笑した。

 準備が出来次第、双島に案内されて金座宅へ向かった。



「おい、これが金座宅か?」


 塀は三メートルはあるだろうか。坪数を聞くのも言うのも嫌味に感じられるような広大な敷地を、北方民族の誰一人と入らせないかのようにぐるりと囲っていた。塀がある家というものは中でなにか悪事でも働いているのかと勘ぐってしまう。


「そうよ」


「お前、良くこの家のチャイム押す気になったな」


 光希は無視して、インターホンを押す。


「こんにちは。金座さん。双島です。所長の海藤を連れて参りました」


 光希は、インターホンのカメラを意識して笑顔で言った。


「あら~。光希ちゃん、いらっしゃい。今、開けるからね」


 木製の門からガチリと音がして、重厚な音をさせながら自動的に門が開く。


「金があれば、魔法も使えるんだな」


 思わずそう呟いてしまったが、聞こえるわよ、と光希が叱責し、俺の足を踏んだ。


「す、すまん。すまん」


 門を潜ると、20メートル程先に洋風の家が見えた。日本式の門の奥に洋風の家を想像していなかったため、面喰らう。


 光希は当然のように家へ向かって闊歩してゆくので、後ろについて行った。


 どちらが所長か分からない。


 家に近づくと、玄関が開き、中から60代ぐらいの女性が姿を現した。


「光希ちゃん。待ってたわよ。こちらが所長さん?私、金座良子です。今日はわざわざごめんなさいね」


 金座さんは、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえいえ、ウチの双島が突然お邪魔して申し訳ございません。わたくし日之出興信所の海藤と申します」


 社会人時代に多用した営業用スマイルを使って、金座さんに名刺を渡す。


 この笑顔が自分には堪らなく嫌なのだが、「笑顔が素敵ね」と奥様方には好評だから使用しない手はない。


「ご丁寧にどうもありがとう。思ったよりも随分お若い方なのね。さ、中に上がって頂戴」


 促されるまま、客間に通される。


「今、お茶を用意するから、ちょっとお待ちくださいね」


 金座さんはそう言って客間を出ていった。


 客間を見渡すと、古今東西あらゆる所の調度品が並べられていた。


「金座さんの旦那さん、貿易関係の会社の社長をやっているわ。ほとんど外国にいるみたいだけどね。だから一人息子がよけいに可愛いみたい」


「ふーん。じゃあ、これらは土産かな」


 あまり、趣味の良い人ではないのだろう。男の死体を踏みつけるカーリー像の横にキリストを抱くマリア像を置くのはどうかと思う。


 数分後、金座さんがお茶と菓子を持って現れた。


「すみません。いただきます」


 俺は、出されたお茶を一口飲み、切り出す。


「早速ですが、ご依頼の息子さんの件を詳しくお聞きしてもよろしいですか?」


「ええ。ウチの息子の進なんですが、そのなんと言ったらいいのか、今風に言うと草食系って言うのかしら。女性に奥手なんですよ」


「はぁ、優しい性格の子なんですね」


「そう言っていただけると有り難いですわ」


「それで?」


「この間、あの子のためにお見合いをセッティングしてあげて。ほら、あの子もう三十二歳ですから。あの子、母親の私が言うのもなんですが、ちょっとカッコいいのよ」


 三十二歳で独身といっても、まだ遅いという年齢でもなかろう。今は男でも晩婚だから。

 それに親から格好いいと言われても、進君、もとい進さんは嬉しくはないだろうな。


 しかし、奥さんの捲し立てるような早口に「はぁ」としか言えなかった。


「でも、相手の女性からね。お見合いの日に断られてしまったの。ウチの進のどこが悪いっていうのかしら。ちょっと変わった所もありますけどね、それが人間ってものでしょ?」


 続けて、聞き取れないような早口でその女性の文句を言っていたので、適当な相槌を打って聞き流していた。


「、というわけなのよ」


 ようやく話が一区切りついた所で、本題を伺う。


「それで、私に依頼されたいことというのは?」


「あら、ごめんなさい。依頼したいことなのだけれども、進に女性慣れさせて欲しいの」


「女性慣れ、ですか」


「ええ、元から奥手な子ですけど、お見合いの一件以来、益々女性に対して恐怖感を抱いてしまっているの」


 女性慣れさせろ、と言われても俺は男だ。


 キャバクラや風俗にでも連れて行けと言うのか?

 いや、そうではないだろう。商売の関係ではなく、純粋な恋愛というものが必要なのだろう。


「そうですね。簡単ではありませんが、お見合いでは、進君も緊張してしまいます。いきなり結婚を前提とした交際をしろ、と言われれば仕方ありませんよ。まずは、結婚云々ではなく女性とデートさせてみましょう。まずは、そこからです」


「女性と言っても、進には女性と交友なんてありませんわ」


 金座さんは反論した。

 

 俺にも女性との交友関係など既に無くなってしまっている。他に女性と言えば。


 俺は、光希を見る。


 光希も俺の視線を感じ取って、その意図を理解したのだろう、光希は小さく首を振る。


 俺は、光希に向かって小さく頷き、


「その点は大丈夫です。私が協力してくれる女性を紹介しましょう」


「そうですか!有難うございます。それで、その方はどういう娘ですの?失礼な事言うようですが、変な娘にウチの進と仮でもデートなんて許しませんからね」


「心配ございません。この、光希君ですから」


 隣に座っている光希が肘で俺の脇腹を小突いた。


「首、振ったでしょ?」


 光希は俺に小声で耳打ちする。


「同意の合図だろ?」


 光希は手を机に隠して俺の腿をつねりあげる。「どこの文化よ!嫌よ。絶対に」


「まぁ!光希ちゃん!光希ちゃんならば安心よ。知らない娘でもないですから。喜んでよろしくお願いしたいわ」


 金座さんは立ち上がり、身を乗り出して光希の手を掴む。


「いえ、私は」


 光希が困惑の表情を浮かべて断ろうとしているのを見て、「任せてください」と光希の言葉を遮って胸を張って俺は答えた。


 今まで俺を虐めてきた仕返しだ。さやか事務員、仇はとったぞ。


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