About a girl 6
近くの焼肉屋で光希をご馳走し、その後家に帰した。送って行こうか尋ねたが、光希は断った。樋口一葉も「いらないわ」と断ったが、無理やり渡した。
アパートに戻ると、当り前だが、誰もいなかった。考えてみると、この部屋に足を踏み入れた他人は半年以上前に遡らなければいけなかった。もちろん、土足で足を踏み入れた人物は俺を含めて初めてだが。
一息つこうと、テレビの前で腰を下ろした瞬間、ポケットの中の携帯が振動しだした。メールだ。
差出人「双島光希」
件名 「ごちそう様」
本文 「先程は夕食を奢ってくれてありがとう。明日の予定を忘れていたわ。明日は午前中からでも問題ない。何時でも金座宅へ行けます」
今更行かないとは言えないよな。金座さんの息子さんに出来ることはやって、出来なければ謝まって断ろう。
光希には、「じゃあ、十時に事務所に来て金座宅へ案内してくれ」と返信しておいた。
光希からは、
件名「了解」
本文「 」
との返信が来た。了解と件名に入れるのは彼女の家の家訓なのだろうか。
俺は、光希からのメールを確認し、底なし沼のような深い眠りについた。
どのくらい眠っただろうか、夢すら見ない眠りの中、突如腹部に鋭い痛みを感じた。陣痛とはこのような痛みなのだろうか?驚いて瞼を見開くと、ベッドの傍らに制服姿の光希が立っていた。
「うわぁ!化けてでてきたのか?」
俺は上ずった声で悲鳴を上げる。
「生きてるわよ。あなた、今何時だと思っているの?」
時計を見ると短針は『11』を指している。
「十一時です」
「良かったわ。時計が読めない人かと思ったわ。目覚まし時計はないの?」
無職は時間の概念を超越しているんだ、と言いかけて慌てて止めた。俺は興信所の所長だった。
「あるけれども、セットを忘れたみたいだ。それよりもどうやって中へ?」
「鍵、閉まってなかったわよ」
「それでも、一時間も外で待ってたのか?」
「外で待っていた方が良かった?兄」
光希は制服のスカートの裾を両手で持ってひらひらと左右に舞わせた。
「いえ、中で待ってもらって正解です。それで、腹部の痛みなんだけれども」
「こんな可愛い女子高生に起こしてもらえるなんて、男の冥利に尽きるでしょ?」
自分で可愛いって言いやがった。
「最高です」
が、逆らうと二発目が飛んでくるので黙っておく。
腹部の痛みから回復後、起き上がって身支度をする。クローゼットを開け、久方ぶりのスーツを探しているとある違和感を覚えた。
俺の記憶にある配置と実際の配置が明らかに違っていた。
「なぁ、一時間待っている間、何していた?」
「家探しよ」
「ここにあった箱の中身は?」
「ゴミ箱よ」
「お、お前!な、なんてことを」
俺はゴミ箱に駆け寄り、中を覗く。と、そこには、捨てきれずにいた残酷にも砕かれた女性の裸体(がプリントされたDVD)が。
「さ、さやか事務員!お前!この女性は、日之出興信所の大切な従業員だ!癒し課所属のアイドルだぞ?」
光希は、俺の必死な気迫もなんのその、興味が無さそうに携帯を弄っている。
「いやらし課の」
「癒し課だ!ワザと間違えやがって」
「さやか事務員は本日をもって一身上の都合により退社されました」
「一身上というか肝心の一身が砕かれているよ!?陰謀だ!殺人だ!」
殺人事件なんてフィクション、と高を括っていたが、まさか現実に有り得るなんて、そんな、まさか。
しかも、犯人は助手の光希だなんて。
「エロは捨てたと言ったでしょ?捨て忘れていたと思って、捨ててあげたのよ」
「器物破損だ。天網恢恢疎にして漏らさず、だ。いずれ君に罰が下る」
「何を漏らすつもりなのよ。汚らわしい」
「俺も君も同時に品性を貶める結果にしかならない事言うな。それよりも、これより八十五分四十秒の黙祷に入る」
「何が品性よ。頭の中で上映しないでよ」
光希は呆れ返っていた。