About a girl 5
光希はどうやって客を見つけるつもりだろうか。
やはり、手当たり次第の個人宅訪問だろうか。しかし、こんな時間では、どこも夕飯の準備なり、家族団欒の時間なりで、他人とは触れ合いたく無い時間帯だ。
六時になり、七時になっても、光希から連絡は無い。八時になって、流石に俺は不安になった。制服姿の女子高生がこんな時間に、「興信所の者ですが、何かお困りの事案はございませんか?」と訪ねてこられたら、不審者と間違えられて(実際、モグリだから不審者なのだけれども)警察を呼ばれても不思議ではない。いや、まだ警察を呼ばれるぐらいならばマシだ。もし、変質者が光希を襲ったとすれば、最悪だ。
俺は、光希に急いでメールを打った。「もういい。帰ってこい。飯でも喰いに行こう」と。
だが、光希からは十分待っても二十分待っても返事は無い。
諦めて家に帰ったのかな?それとも。
考えれば考えるほど嫌な方向に思考が及ぶ。不安になり玄関に駆け寄り、ドアノブに手をかけ、勢い良くドアを開けた。
鈍い音がした。
「痛てて!」
と同時に女の子の鎮痛な声がする。
「おお、お前か。無事だったんだな。良かった」
「無事じゃないわよ。このおでこを見なさい」
光希の額は真っ赤に変色していた。白い肌だから余計に紅潮して見える。
「猿のケツみたいだな。頭にケツとはニコちゃん大王か」
「うるさい」
俺の鳩尾に光希の拳がめり込み、膝から崩れ落ちて悶絶する。
「ニコ・チャン大王なんていたかしら?チャンドラグプタの父親?」
光希は額を手で擦りながら聞いてくる。
アラレちゃん知らないのか?と言い返せないほど痛い。
「取って来たわよ」
俺は、涙目で光希を見上げることしかできなかった。
「間抜けな顔ね。顧客を見つけてきたって言ったのよ」
光希はむっつりした顔で俺を見下ろす。
「マ、マジか。良くやったな。玄関先ではアレだから、中に入ろう。というか、中に入れて下さい」
まだ、痛みから立ち直れず、光希に向かって右手を掲げた。その際、光希は少し逡巡したが、俺の悲痛な瞳に負けたのだろう、額を擦っていた手を差し伸べてくれた。光希がまるで現世に現れたメシアのような気がしたが、すぐに気のせいだと気が付く。そういえば、光希にやられたんだよな、と。
光希の手をとって部屋に入れてもらうと、ベッドに仰向けになって横たわった。
「こんな姿勢で悪いが、それで誰から、どんな案件を取ってきたんだ?」
「隣町の三丁目の『金座』という方からの依頼よ。内容は『息子を助けてくれ』とのことよ」
「何から助けるんだ?」
「さぁ?」
「それだけ?」
「ええ、私は顧客を見つけて来いとは言われたけれども、解決までして来いとは言われなかったわ。だから、金座さんに『所長を連れてまたお伺いします』と言って辞してきたわ」
「所長と、か」
「そう、あなたと」
その金座さん、よっぽど困っているのだろうか?女子高生に助けを求めるほど。
心中は複雑だった。俺の望みは、光希が五体満足で無事に案件を取ってこないことだった。どちらが欠けてもいけない。光希は、無事だが案件を取って来ちまった。どうるんだよ、金座さんなんて知らないよ。どうでもいいよ。
「分かった。合格だ。でも、今日はもう遅いから無理だ。今日のところは帰りなさい」
「駄目よ」
「な、何?あ、給料か。すまん、すまん」
俺は慌てて、財布から樋口一葉を一枚取出し、光希に渡した。
「違うわ」
「ゆ、諭吉先生は渡せないぞ」
「飯、喰いに行くわよ。私、焼肉が食べたいわ」
光希は、自分の携帯電話を取出し、煌々と光るディスプレイを指さした。
そこには、先程俺がメールした本文が表示されていた。