About a girl 1
俺は、瞬く間に『見た目も中身も無職』から、『見た目は無職、中身は探偵』へと変貌を遂げた。これが、ジョブアップなのかどうかは定かではない。
興信所とは、何をすればいいのだろうか。許認可を要する業種なのだろうか?要する気がする。とすれば、モグリの探偵か。怪しさに拍車がかかった。
興信所の仕事とは?との問いの解を求めようと思考が巡りに巡ったが、なんの回答も導き出せない。しかし、後ろには双島光希と名乗った少女が容赦なく付いてくる。
「なぁ、考え直さないか?興信所の仕事なんて君が考えているほど楽しい職業じゃないんだぞ?」
振り返って光希に話しかける。
「心配しないで。あなたの様ないい加減な人間がどうして生きていられるのか興味があるだけよ」
お前の心配ではなく、俺の心配をしてくれ、と心底願う。
「事務所と言っても俺一人で経営している個人事務所だぜ?下宿も兼ねている場所だ。うら若き乙女がおいそれと足を踏込むには危険だと思わないか?」
「変な気を起こしたら、あなたの眼を潰して睾丸を蹴り潰し、大声で喚くわ。あなたに私を犯す勇気があるかしら?」
こいつならばやりかねない気がする。
もちろん、小心者を美徳と奉る俺にそんな勇気は無い。いや、待て。そもそも子供に興味がない。
「女子高生が『睾丸』とか『犯す』って言うなよ。こっちがなんか凹むだろ。じゃあさ、せめて明日からにしてくれないか?子供と言っても女性なんだしさ。掃除したいんだ」
「手伝ってあげるわ。『所長さん』」
所長と呼ばれて一瞬誰の事を言っているのか分からなかった。
「いや、いいよ。君の想像以上に男の部屋というものは汚いんだよ」
世間一般の全ての男性の部屋を探訪したわけではないので一概にも言えないが、俺の部屋に限って言えば本当だ。
「だから手伝ってあげるんじゃない。二人で掃除すればその分はかどるわ」
光希は俺の言ったことの真偽を確かめたいのか、俺に執着して言及した。
せめて、一日でも時間が欲しかった。今のままでは嘘がバレてしまう。バレてしまえば、こいつは俺の名前が満載の遺書を残して自殺する。あらぬ嫌疑をかけられ、俺は真っ当な人生を投了しなくてはならない。無職が真っ当かどうかは棚に上げておきたいが、あまりにも重く大きい現実なので腰を悪くする恐れがある。しかるに、再考すると女学生を死に追いやった者より無職は至極真っ当だろう。
嘘を付くのは簡単だけれども嘘を貫き通す事がこれほども難しいものだったのかと痛感した。
「いや、頼むよ。『男』の部屋だぞ?高校生の君には刺激が強すぎる。いいか。もう一度言う『男』の部屋だ」
俺は『男』を強調して言った。その言葉が持つ言外の真意を汲み取ってもらおうと。
「問題ないわ。卑猥なDVDやエロ雑誌、自慰の器具が出てきても、なんとか我慢するわ」
光希は一瞬嫌な顔をしながらも、こちらの顔が赤面するぐらい恥ずかしい単語をさらりと言った。
「俺の沽券に関わることだから言っておく。自慰の器具は持っていない」
「DVDと雑誌は持っているのね」
「ごめんなさい。持っています。申し訳ありません。猥褻物を処分したいので、光希様、改めて明日来ていただけませんか?」
光希は、「最初からそう懇願すればいいのよ」とため息をついた。
俺とこいつとは曲がりなりにも主従関係が結ばれるんだよな?と腑に落ちぬ疑問はあるものの、一日の猶予は頂けそうだ。
「じゃあ、携帯番号教えてよ。明日、準備が整ったら連絡するから」
「番号は嫌。メアドにして」
どこのキャバ嬢だよ、と思いながら、光希の言う通りメアドを交換して(俺の携帯電話の番号はしっかり教えさせられた)別れた。
別れた後、改めて携帯電話に映し出された光希のメールアドレスは、英数字が不規則に羅列していた。