混ぜの果て
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う~ん、こうしてみると世の中、清涼飲料水がたくさんあるものだ。
身体に悪いよ、とちまたでは忠告されるものの、まったく味わわないというのは窮屈だし、人生もったいない感がある。
一度許してしまうと、次以降はハードルが下がってしまう。頑として拒み続けるのも、一概に頭が固いと評すべきではないかもしれない。自分であるための一線を守る、ていうのはとっても大切なことだと思うよ。やっちゃったことは、やらなかったことにできないんだから。
あ、でもそれは、やらなかったことをやっちゃったことにできない、というのも同じかなあ。見過ごしも、結局は邪魔も干渉もしなかったがために影響を与えるわけだから。
こーちゃんは、これまでついスルーしてしまったことて、どれくらいある?
僕もあるよ。今でも止めておけばよかったかなあ、と思うことがさ。ちょっと、そのときの話を聞いてみない?
乳鉢、をこーちゃんも知っていると思う。
いろいろなものを砕いたり、混ぜ合わせたりするときに使われる道具のひとつ。草とか木の実とかを使う時が多いかなあ。
当時のクラスメイトのひとりに、この乳鉢にはまった子がいたんだ。理科の授業だかではじめて触ってから、ずっとかな。自分用の乳鉢を用意して、教室の休み時間にいじり始めるようなはまりようだったよ。
これまで外遊びに参加しまくっているような子だったから、この豹変ぶりは僕を含めていぶかしく思うほどだった。まあ、熱に浮かされるように、一時期なにかに夢中になることはあるだろうし、新しい趣味の開発かなあ程度に思っていたよ。
はじめは、ランドセルに入っていたビニール袋から、土とは葉っぱとかを取り出して、そいつを混ぜ合わせていた。
ちょっと水道から水を汲んで、それらと混ぜ合わせて緑や茶色の液体を作っていく。彼のやり方はかなり力が入っていて、混ぜるものはすべて元の形を完全に失うほどになる。
そうしてすっかり液体になったのを、先とは違うビニール袋に入れて、口をしっかり縛ってしまう……というのが、半月ほど続けた流れだった。
しかし、彼の対象はどんどんと幅が広くなっていく。木の実を持参することはまだ分かったが、アリとか羽虫とかを加え始めるのを見た時は、ちょっと目を疑ったね。
乳棒が何度も上下し、鉢の中へ入っているものをつぶしていく。当然、その生き物たちもだろう。
くわえて、もう一点だ。
混ぜ合わせた成果を入れていくビニール袋。どうやらもとより液体が入っているようになってきた。
当初は空っぽだったんだ。それがこの半月が過ぎてからは、もっぱら中身入りへ更に加えていくような所作を見せるようになる。
そうして、その日はついに「自分」のものを混ぜ合わせたんだ。
昼休み。教室にたまたま僕と彼しかいないタイミングだったよ。
混ぜている最中にね、鉢を机においたかと思うと、机の中からはさみを取り出したんだ。
何に使うんだろう、と思っていると、彼は滑らかな動きではさみの刃を開くと、そこへ片手の指を滑らせたんだ。
紙の端で斬ったかのように細くて小さな傷だったが、流血をもたらすには十分。それを一滴、二滴と乳鉢の中へ注いで、またもかき混ぜ始めた。
どれくらい混ぜていたかなあ。このときの彼は、中身をこぼさないギリギリまで猛烈にかき回していたんだ。
やがて、それを例の中身入りビニール袋へ投入。しかも、今度は口を閉めない。
ぐいっと、その場で中身をあおった。その気持ち悪さに顔をしかめかけたとき、彼の身体が光ったんだ。
虹のような光だった。これまで見ていた彼の地肌の色からかけ離れたいろどり。無数にきらめいて、そこに人体などないかのよう。
不意をつかれたこともあって、目をつむってしまう数瞬だけ見られたのみ。まなこを開けばまたいつも通りの色の彼がいる。
僕には全然反応しなかったけれど、彼の表情はいやに晴れ晴れとしていたなあ。それからも卒業までは乳鉢セットを彼は手放さなかったよ。
これ、止めていたらどうなっていたのかなあ、と思う。




