シーン4:【狂乱の金貨スパチャ】そして、最強の『パトロン』の降臨
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「本日の販売数は――たったの『10個』。これを逃せば、次回の入荷は未定でございます」
俺がカメラに向かってその残酷な事実を告げた瞬間。
魔法陣の向こう側、帝都中に散らばる100人以上の貴族たちの間で、時間が凍りついたのが分かった。
空中に浮かび上がっていた青白い光の文字が、ピタリと動きを止める。
完全な、そして息の詰まるような沈黙。
だが、それは絶望の沈黙ではない。爆発の直前、極限まで圧縮された火薬庫が放つ、危険すぎる静寂だ。
(さあ、来い。欲望のままに、理性をかなぐり捨てて群がってこい!)
俺は内心の狂喜を完璧な令嬢の微笑みの裏に隠し、通信魔道具の受信盤に手を添える。
「ご購入をご希望の皆様。ただいまより、こちらの魔力波長に『購入希望』の意思を送信してください。先着順にて、決済用の転送陣を開かせていただきます。それでは――販売、開始です」
カチッ、と。
受信盤のロックを解除するスイッチを弾いた。
そのコンマ一秒後。
ピロロロロロロロロロッ!!!
ビィィィィィンッ! ガガガガガッ!
「うおっ!?」
「キュアッ!?」
鼓膜を突き破らんばかりのけたたましい通知音の連鎖。
普段は一つずつしか光らないはずの受信盤の魔力ランプが、狂ったように全点滅を始める。
空中に浮かぶコメント欄は、もはや文字の体を成していなかった。
光の濁流。光速でスクロールする文字の滝。
『私が買う! 金貨五枚出す!』
『伯爵家の名において私に譲れ!』
『妻が狂ったように暴れている! 頼む、私に一つ!』
『波長が繋がらないぞ! どうなっている!』
「ひっ、ひぃぃ……っ」
あまりの勢いと魔力の逆流に、通信魔道具の基部から焦げ臭い煙が上がり始める。
俺は慌てて冷却用の水魔法陣を起動しつつ、受信した波長の中から最も早かった上位10件を指先で弾き出すようにピックアップする。
「は、はいっ! 一番目、赤獅子の紋章の方! 二番目、青い百合の紋章の方! ……決済完了! ……七番目、八番目……そして十番目! 決済、完了いたしました!」
たったの五秒。
呼吸を二回するかしないかの間に、俺が丹精込めて作り上げた10個の『星屑のラベンダー石鹸』は、すべて仮想空間上のカゴに放り込まれ、完売した。
「申し訳ございません皆様! たった今、用意しておりました10個すべてが完売いたしました!」
俺が深く頭を下げると、コメント欄は先ほど以上の凄まじい大炎上を引き起こした。
『ふざけるな! 金ならいくらでも払うと言っているだろう!』
『私の妻が泣き崩れてしまった! どうしてくれるんだ!』
『おい、今の貴族どもから倍の値段で買い取る! 出品者を教えろ!』
画面の向こうから、血走った目をした貴族たちが束になって襲いかかってくるような錯覚すら覚える。
恐怖はない。あるのは、背筋がゾクゾクするほどの支配感だけだ。
俺は顔を上げ、カメラのレンズを真っ直ぐに見据える。
「皆様の熱意、痛いほど伝わっております。ですが、セシリアは商人として『公平』を最も重んじます。オークションにして価格を吊り上げるような無粋な真似はいたしません」
一度、言葉を切る。
そして、わざとらしく胸の前で手を組み、上目遣いで画面を見つめた。
「ですが……これほどまでに皆様がお求めくださるのなら。工房の設備を拡大し、徹夜で、少しでも早く次の石鹸をお届けしたい。そう強く願っております。……もし、このささやかな工房の『支援』となっていただける、海のように心の広い旦那様がいらっしゃいましたら……」
俺は作業台の端に、あらかじめ用意しておいた『物質転送陣』のトレイを滑らせる。
本来は、商人ギルドが急ぎの契約書や小さな見本品をやり取りするための、魔力消費がバカ高い特殊な魔道具だ。
「こちらの陣へ、皆様の『応援のお気持ち』を送っていただければ、セシリア、涙を流して喜びます」
コメント欄が一瞬、ピタリと止まる。
『……パトロン、だと?』
『なるほど、そういうことか。貴族の矜持を見せろということだな』
『ふはは! 金で解決できるなら安いものだ!』
チャリンッ。
静寂を破り、転送陣のトレイの上に、硬く、そして重たい金属音が響いた。
眩い光とともに現れたのは、帝国の刻印が打たれた、ピカピカの『金貨』が一枚。
『まずは私からだ! 早く次のを作れ!』
「ああっ……! ありがとうございます、青い鳥の紋章の旦那様! セシリア、この御恩は一生忘れません!」
俺が名前(紋章)を読み上げ、大げさに感謝の言葉を口にした瞬間。
それは、貴族たちの見栄とプライドに火をつける致命的なスイッチとなった。
チャリン! チャチャチャリンッ!
ジャララララララッ!!
『たかが金貨一枚で恩着せがましい! 私は三枚だ!』
『うちの領地の特産品もくれてやる! 五枚だ!』
『セシリア嬢! その美しい笑顔に、金貨十枚!!』
「キュ、キュウゥゥ!?」
突然降り注ぎ始めた黄金の雨に、ウニが目を回して作業台の上を右へ左へと逃げ惑う。
俺の目の前にある銀のトレイから、金貨が滝のように溢れ出し、床へ向かって美しい音を立てながら崩れ落ちていく。
金貨、金貨、金貨。
何の対価でもない。ただ「名前を呼んでほしい」「自分の財力を誇示したい」「次の販売で優先されたい」という、剥き出しの承認欲求の結晶。
現代ECとライブ配信が生み出した最強の錬金術。
『スーパーチャット(投げ銭)』が、この異世界の帝都で完全に確立された瞬間だった。
「ひゃあっ……! だ、旦那様方、そんなにたくさん、私、どうしたら……っ! ああっ、ありがとうございます、ありがとうございます!」
俺は悲鳴のような歓喜の声を上げながら、両手で顔を覆う。
指の隙間から覗く俺の目は、完全に狩りを終えた肉食獣のそれになっていた。
(笑いが止まらん。こいつら、金銭感覚バグりすぎだろ。アルフェン王国の三倍……いや、十倍はチョロいぞ)
床一面に転がる金貨を、ウニが「キュイッ!」と楽しそうに前足で弾いて遊んでいる。
その光景すらもカメラに映り込み、『あの魔獣にも美味いものを食わせてやれ!』と、さらに追加の金貨が投げ込まれる始末。
まさに狂乱。
俺がこのまま一晩中、名前を呼び続けようかと考えた、その時だった。
ズゥゥゥン……ッ!!
突如、工房全体を激しい揺れが襲った。
「なっ……!?」
通信魔道具の受信盤が、今まで見たこともないような異常なほどの眩い『黄金の光』を放ち始める。
他の有象無象のコメントの光をすべて強制的にかき消し、空間そのものを制圧するような、暴力的なまでの魔力の奔流。
ガコンッ! バキバキバキッ!
物質転送陣のトレイが、凄まじい質量に耐えきれずに悲鳴を上げる。
光が収まった後、そこに鎮座していたのは――。
金貨ではない。
最高級のベルベットで設えられた、鈍い光を放つ巨大な『インゴット(金塊)』が三本。
そして、それに添えられた一枚の黒い羊皮紙。
そこに刻まれていた紋章を見て、俺の心臓がヒュッと縮み上がった。
(双頭の金獅子……。嘘だろ、これ、皇室の紋章じゃないか!)
空中に、黄金の炎で形作られたような巨大な文字が浮かび上がる。
たった一言。他の貴族たちのように長々とした御託もない、絶対者の命令。
『――面白い。もっと見せろ』
文字の向こう側に、広大な宮殿の玉座で、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる男の姿が見えた気がした。
ヴァルツ帝国皇帝、レオンハルト。
まさか、初回の配信でこの国のトップの網膜に直接突き刺さるなんて、誰が想像できただろうか。
俺は転送陣の上のインゴットを凝視したまま、ゴクリと唾を飲み込む。
恐怖? 違う。
プレッシャー? それも違う。
「……あはっ」
俺の唇から、どうしようもない笑みがこぼれ落ちた。
ウニが心配そうに俺の足元にすり寄ってくるのを抱き上げ、俺は黄金の文字に向かって、今日一番の、そして最も不敵なカーテシーを披露する。
(最高の客じゃないか。……いいぜ、皇帝陛下。あんたのその底なしの国庫、俺がスッカラカンにしてやるよ)
追放された悪役令嬢による、世界を巻き込む経済戦争。
その最初の、そして最大の歯車が、今、完全に狂いながら回り始めたのだ。
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