シーン2:【配信魔道具の錬成】異世界の技術と、現代の『煽り』
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冷たい朝露の匂いが、開け放たれた窓から工房の中へと滑り込んでくる。
作業台の上に整然と並べられた、切り分けられたばかりの『星屑のラベンダー石鹸』。
魔法薬草の灰がもたらした急速な鹸化作用により、たった一晩で完璧な硬度と滑らかさを獲得したそれは、朝日を浴びて宝石のように妖しく、そして美しく輝いている。
指先でそっと表面を撫でると、吸い付くようなしっとりとした感触。
鼻を近づければ、脳髄を直接マッサージされるような深いラベンダーと柑橘の香りが、肺の奥深くまで満たしていく。
「……完璧だ。品質はアルフェン王国の最高級品すら軽く凌駕している」
俺は腕組みをして、会心の出来栄えに満足げに頷く。
足元では、相棒のウニが「キュイ、キュイッ」とご機嫌な声で鳴きながら、石鹸の周りをパトロールするように歩き回っている。
だが、商売はここからが本番だ。
いくら星5の最高級品を作ろうと、それを欲しがる客の目に触れなければ、ただの香りの良い石の塊でしかない。
「さて、と。ウニ、第二ラウンドの開始だぞ。少し危ないから離れてろ」
俺は石鹸の木箱を布で覆って部屋の隅へ慎重に移すと、代わりに、市場のジャンク屋で二束三文で叩き買ってきたガラクタの山を作業台にぶちまける。
ガチャンッ、ガラガラッ!
鈍い金属音とガラスの割れるような音が工房に響く。
ホコリまみれの真鍮の歯車、ヒビの入った巨大な『映像水晶』、そして、軍の払い下げ品だというひどく重たい『長距離通信魔道具』の土台部分。
帝国の貴族たちは、緊急時の連絡網や、夜会での暇つぶしのために、一家に一台この『受信用の通信魔道具』を持っている。
特定の周波数(魔力波長)を合わせれば、遠く離れた場所の音声や、ぼんやりとした映像を受け取ることができる代物だ。
だが、それはあくまで『一対一』、あるいは『決められた相手』への発信が基本。
俺がやろうとしているのは、帝都中の受信機に向けて、俺の工房の映像と音声を『不特定多数に同時配信』するという、この世界では完全な規格外のシステムだ。
「――起動」
俺は再び空中にECサイトの光の画面を展開する。
検索窓に打ち込むのは『ライブ配信機材 配線図』『キャプチャーボード 仕組み』といった、現代の電子機器の構造だ。
もちろん、魔道具と電子機器では根本的な原理が違う。
だが、情報を入力し、変換し、増幅して出力するという『論理回路』の構造自体は応用できるはずだ。
「映像水晶の光子変換レートが低いから映像がぼやけるんだな。なら、通信魔道具の増幅回路を並列に繋いで、魔力を強制的にブーストしてやれば……」
俺は袖を捲り上げ、工具箱から先の尖ったピンセットと、魔力伝導率の高い銀のワイヤーを取り出す。
映像水晶の裏蓋をこじ開けると、中には人間の血管のように複雑に絡み合った赤と青の魔力線がびっしりと詰まっている。
むせ返るようなオゾンの匂い。
長年放置されていたせいで、回路の一部は黒く焼け焦げている。
「ここを切断して、こっちの通信機側の出力ポートにバイパスを通す。……ウニ、出番だ。ここにちょっとだけ熱をくれ」
「キュッ!」
ウニが短い足で作業台によじ登り、俺がピンセットでつまんだ銀のワイヤーの接合部に、ツンツンと尖った鼻先を近づける。
ウニの背中の針がバチバチッと青白い火花を散らし、極小の熱線がワイヤーを瞬時に溶接する。
「熱っ!」
飛び散った火花が手の甲に落ちてチリッと肌を焼くが、構っている暇はない。
ミリ単位の精密な作業。
手元の狂いは、高価な魔力水晶の爆発を意味する。
額から流れ落ちる汗が目に入って痛むが、まばたきすら惜しい。
(この回路の繋ぎ方……前世で自作PCを組んだ時の感覚に似てるな。グラフィックボードの補助電源を無理やり引っ張ってくるあの感じ)
「よし、映像のバイパスは通った。次は音声のノイズキャンセリングだ。ECのレビューでも『音割れがひどくて即ブラウザバックしました』って低評価が山ほどあるからな。視聴者のストレスは極限まで削らないとダメだ」
俺は独り言をぶつぶつと呟きながら、狂ったような速度で魔道具の改造を進めていく。
不要な抵抗器を引きちぎり、銀のワイヤーでショートカットを作り、ウニの熱で固定する。
ドレスの汚れなどとうに気にならなくなっている。
指先は煤で真っ黒になり、爪の間には油汚れがこびりついている。
元公爵令嬢の姿としては致命的だが、俺の口角は吊り上がったままだ。
楽しい。
自分の頭の中にある異常な設計図が、現実の形を持って組み上がっていくこの瞬間が、たまらなく愛おしい。
「……できたッ」
カチリ、と。
最後のワイヤーを繋ぎ終え、映像水晶と通信魔道具が、不格好な銀のワイヤーの束で完全に一体化した。
見た目は、爆弾か何かの狂気の発明品だ。
だが、その奥底で脈打つ魔力の流れは、淀みなく、そして力強く循環している。
「テスト稼働だ。ウニ、少し下がってろ」
俺は深呼吸をし、魔道具の基部にある冷たい真鍮のレバーに手をかける。
指先にじんわりと汗が滲む。
もし計算が間違っていれば、この場で大爆発を起こして、俺の商売は始まる前に物理的に終了する。
ガコンッ。
重たい音とともにレバーを押し込む。
キィィィィィン……!
空気を切り裂くような高い耳鳴りが工房に響き渡り、水晶の内部に赤と青の光が渦を巻くように発生する。
バチッ、バチバチッ!
ワイヤーの隙間から青白い放電が走り、オゾンの匂いが急激に濃くなる。
「くっ……!」
俺は腕で顔を庇いながら、光の奔流を睨みつける。
光は数秒間暴れ狂った後、フッと静まり返り――。
ポォーン、という澄んだ電子音(に似た魔法の共鳴音)とともに、俺の目の前の空中に、縦横一メートルほどの巨大で鮮明な『映像の窓』が投影された。
「……嘘だろ。ノイズが一切ない」
そこに映し出されていたのは、煤だらけの顔をして目を丸くしている俺自身と、作業台の端で「キュオオ……」と口を半開きにして光を見上げているウニの姿だった。
解像度は、アルフェン王国で使われていた最高級品のざらついた映像とは比べ物にならない。
髪の毛の一本一本、肌の質感、背後の壁の木目までが、まるで鏡に映したかのようにくっきりと、フルカラーで映し出されている。
しかも、動きに遅延がまったくない。
「大成功だ。……これなら、石鹸の泡立ちのきめ細かさも、ガラス鏡の歪みのなさも、完璧に画面越しに伝えられる」
俺は震える手で映像水晶を撫でる。
冷たいガラスの表面が、今は熱を帯びて生き物のように脈打っている。
世界で初めての、高画質・低遅延の『ライブ配信用カメラ』の誕生だ。
「よし、機材は揃った。次は『見せ方(演出)』だ」
俺は息つく暇もなく、工房の奥から真っ白なシーツを引っ張り出し、作業台の背後に画鋲で打ち付けて即席の『白ホリ(撮影用背景)』を作る。
映像の中心には、ベルベットの布を敷いた上に、あの『星屑のラベンダー石鹸』を一つだけ、まるで王冠のように神々しく鎮座させる。
さらに、ジャンク屋で拾ってきた小さな照明用魔石を四つ、カメラのレンズの周りに円形に配置する。
「現代ECの基本中の基本。瞳の中に光の輪を作る『リングライト』だ。これで画面映りが三割増しで良くなる」
準備は整いつつある。
だが、一番重要な『武器』がまだ足りない。
俺は羽ペンを握りしめ、インク壺に乱暴に突っ込むと、手元の分厚い羊皮紙に、太く、大きく、そして暴力的なまでの力強さで文字を書き殴っていく。
カリカリカリッ! と、紙を削るような鋭い音が響く。
『【世界初】貴族の肌を生まれ変わらせる、究極の泡体験』
『✨星屑のラベンダー石鹸✨』
『⚠️初回生産分、限定【10個】のみ!⚠️』
『今すぐ通信魔道具の購買ボタン(魔力波長)を合わせよ!』
この世界には『テロップ』を自動で出す機能はない。
だから、画面の端にこの手書きの『フリップ』を物理的に吊るすのだ。
人間の目は、動くものと、そして『限定』という赤い文字に抗えないようにできている。
「いつでも買えると思われたら終わりだ。『今買わなければ、明日の夜会で他の令嬢に遅れをとる』という強烈な焦燥感を煽る。それが、物を高く、そして最速で売るための絶対法則だ」
俺は書き上げた羊皮紙の端を指で弾き、満足げに微笑む。
外の陽は完全に昇りきり、帝都の街からは商人の怒号と馬車の行き交う喧騒が聞こえ始めている。
貴族たちが優雅な遅い朝食を終え、暇を持て余して通信魔道具のスイッチを入れる時間帯。
ゴールデンタイムの幕開けだ。
「さあ、ウニ。俺たちの最初の客は、どこのどいつだ」
俺は乱れた金髪を指で手櫛で整え、深呼吸を一つする。
胸の奥で、期待と不安が入り混じった激しい鼓動が打ち鳴らされる。
もし誰も見てくれなかったら。
もし誰にも価値が伝わらなかったら。
そんな弱音が頭の片隅をよぎるが、俺はそれを強制的に思考の奥底へ蹴り飛ばす。
カメラ(映像水晶)の前に立つ。
姿勢を正し、アルフェン王国で叩き込まれた完璧な『公爵令嬢の微笑み』を、さらに三倍ほど親しみやすく、かつ自信に満ちた角度に調整する。
「――配信開始」
俺は力強く、通信魔道具の送信スイッチを押し込んだ。
水晶の奥底で、録画と配信を知らせる真っ赤な光が、ゆっくりと、そして熱狂の始まりを告げるように点灯した。
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