シーン1:【泥だらけの工房とECの叡智】星5の極上石鹸を作り出せ
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ギギギ……ッ、と。
蝶番の錆びついた悲鳴が、薄暗い空間に虚しく響き渡る。
帝都の外れ、かつては腕の悪い鍛冶屋が使っていたという、長年放置されたボロ小屋。
それが、今日から俺の新しい『城』だ。
ドレスの裏地に縫い付けていたサファイアを質屋のカウンターに叩きつけ、その足で不動産ギルドに乗り込んで即金で借り上げた。
「ゲホッ、ゴホッ! うわ、すっげえ埃」
足を踏み入れた途端、何年分もの土埃が空中に舞い上がり、容赦なく気管を攻撃してくる。
鼻と口を腕で覆いながら顔をしかめると、足元から「キュプッ、キュプッ!」と、俺のくしゃみを真似るような可愛らしい声が聞こえた。
見下ろすと、馬車からずっとくっついてきたハリネズミが、短い前足で自分の鼻を一生懸命にこすっている。
「悪い悪い。お前にはちょっと空気が悪すぎるな。よし、まずは換気と掃除だ」
俺は泥だらけになった高級ドレスの裾を思い切りよく太ももの位置で引き裂き、動きやすい長さに調整する。
ビリリッという小気味良い音が鳴り、足にまとわりついていた重たいシルクから解放される。
破いた布切れはそのまま雑巾代わりだ。
バケツに水を汲み、窓を開け放ち、床の汚れをゴシゴシと削り落としていく。
ハリネズミも手伝うつもりなのか、トテトテと歩き回りながら、背中の針にホコリをくっつけて自らモップ代わりになっている。
(いや、それ後で洗うのが大変になるだけだぞ……)
と思いつつも、その健気な姿に自然と口角が上がる。
「お前の名前、どうしようか。背中の針が青く光るから……『ルリ』? いや、トゲトゲしてるから『ウニ』でどうだ」
俺が床を拭きながら適当に呼びかけると、ハリネズミは「キュー!」と短く鳴いて、ピョンと小さく跳ねた。
どうやら『ウニ』が気に入ったらしい。
「よし、今日からお前はウニだ。俺の商会の栄えある第一号社員にしてやる」
掃除を終え、呼吸ができる程度に空気が澄んだ頃には、外はすっかり茜色に染まっていた。
俺は部屋の中央にある頑丈な作業台に、市場で買い集めてきた材料をドン、ドンと音を立てて並べていく。
オリーブオイル、ヤシ油、苛性ソーダ(に似た性質を持つ魔法薬草の灰)、そして、香水屋の裏口で安く叩き買ってきたラベンダーと柑橘の抽出液。
「さて。アルフェン王国のバカどもが作っていた、あの獣臭い泥石鹸を過去の遺物にしてやろう」
俺は作業台の前に立ち、小さく息を吐き出す。
「――起動」
パァンッ、と心地よい破裂音とともに、薄暗い工房の空中に煌びやかな現代日本のECサイトが浮かび上がる。
検索窓に『手作り石鹸 コールドプロセス製法 プロ』と打ち込む。
瞬時にズラリと並ぶ、無数の商品ページと作り方の解説動画。
俺が注目するのは、単なる作り方ではない。星1つの『低評価レビュー』だ。
『評価:星1.0』
『泡立ちが悪すぎる。ただの油の塊です』
『アルカリが強すぎたのか、肌がピリピリして赤くなりました。絶対に買わないで!』
『香りが飛んでいて、ただの粘土みたいな匂いでした』
「なるほどな。温度管理の失敗と、鹸化の計算ミス、それに香料を入れるタイミングが遅いのが失敗の原因か」
俺は空中の画面をスクロールさせながら、この世界の材料の性質と、ECサイトの完璧な化学方程式を頭の中で高速で結びつけていく。
ボウルに油を注ぐ。
トクトクと、黄金色の液体が底に溜まっていく音。
そこに、慎重に水で溶いた魔法薬草の灰(アルカリ溶液)を少しずつ、本当に少しずつ垂らしていく。
ジュッ……!
化学反応が起き、ボウルの底からモワッと熱気が立ち昇る。
この熱を逃がしてはならない。だが、高すぎてもダメだ。
ECサイトの動画では「温度計で正確に45度を保ちます」と解説しているが、この世界にそんな精密な道具はない。
頼れるのは、自分の手のひらの感覚だけ。
「……ウニ、ちょっと手伝ってくれ」
俺が声をかけると、作業台の隅で丸くなっていたウニが「キュ?」と顔を上げる。
「お前のその背中の針、魔力で熱を持ってるよな。このボウルの底、ちょうどいい温度で温められないか?」
ウニは短い足でトコトコと近づいてくると、ボウルの底に自分の丸い背中をピタリとくっつけた。
ポゥッ、と青い光が強くなり、ウニの背中からじんわりとした一定の熱が伝わってくる。
俺はボウルの側面を手で包み込み、温度を確かめる。
(……完璧だ。熱すぎず、冷たすぎない。まるでお風呂のお湯のような、ドンピシャの45度!)
「お前、天才か! 特別手当として後で一番高いリンゴ買ってやるからな!」
「キュイッ!」
ウニの完璧な温度管理のもと、俺は木べらを使って液体をかき混ぜ始める。
ぐるぐる、ぐるぐると。
単調な作業だが、絶対に手を止めてはならない。
油とアルカリが完全に結びつき、マヨネーズのようなとろみ(トレース)が出るまで、ひたすらに、ただひたすらに混ぜ続ける。
一時間。二時間。
窓の外は完全に夜の闇に沈み、工房の中はウニの放つ青い光と、俺が持ち込んだ小さなランプの灯りだけになる。
腕の筋肉が悲鳴を上げ、汗が額を伝って顎から滴り落ちる。
ドレスの破れ目から覗く肌に、夜風が冷たく張り付く。
「……よし、きた」
木べらを持ち上げると、ぽたっと落ちた液体が、表面に薄く筋を残してゆっくりと沈んでいく。
完璧なトレースだ。
アルフェン王国の職人どもはここで適当に型に流し込むから分離するのだ。
俺はここに、ラベンダーと柑橘の抽出液を一気に注ぎ込む。
フワァッ……。
苛烈な化学反応の匂いを上書きするように、脳髄を直接とろけさせるような、深く、甘く、そして爽やかな香りが工房いっぱいに爆発する。
「キュウゥ〜」と、ウニが気持ちよさそうに目を細めて鼻をヒクつかせた。
「これで、中身は完成だ。だが、これだけじゃまだ足りない」
俺は型に流し込んだ石鹸の表面をヘラで平らにならしながら、ECサイトの『売れる商品画像』を思い浮かべる。
ただの四角い石鹸では、消費者の指は止まらない。
視覚で『欲しい』と思わせるフックが必要だ。
俺は市場で拾ってきた小さな乾燥ハーブの葉と、砕いた琥珀色の砂糖(スクラブ代わりであり、見た目のアクセント)を、石鹸の表面に芸術的なバランスで散りばめていく。
「まるで、切り取られた星空と花畑だな。……名付けて『星屑のラベンダー石鹸』ってところか」
型の中で固まりゆくそれは、もはやただの日用品ではない。
一つの完成された『芸術品』としてのオーラを放っていた。
「……よし。これで商品はできた。次は、これを帝都中の貴族の喉から手が出るほど『欲しくさせる』魔法の準備だ」
俺は汗を手の甲で拭いながら、不敵な笑みを浮かべる。
石鹸が熟成するまでの数日間。
俺が次に作るのは、この世界に『ライブコマース(生配信販売)』という劇薬をぶち込むための、最強の装置だ。
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