シーン4:【隣国市場の衝撃】「限定販売」の魔法で、世界を買い占めろ
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鼓膜を震わせる無骨なブレーキ音とともに、ガクンと馬車が前のめりに停止する。
「降りろ、追放者。我々の任務はここまでだ」
窓の外から投げやりな声が響き、乱暴に扉が開かれる。
俺は膝の上で丸くなっていたハリネズミをそっと胸元――泥で汚れたドレスの谷間――に隠し、ゆっくりと石畳の上に降り立つ。
朝の刺すような陽光が、徹夜明けの網膜を容赦なく焼き尽くしてくる。
眩しさに目を細めながら顔を上げると、そこにはアルフェン王国の洗練された白亜の街並みとはまったく違う、むせ返るような熱気と原色が入り乱れる世界が広がっていた。
ヴァルツ帝国、国境の交易都市。
巨大な城壁の内側にひしめき合うように立ち並ぶ、無数の天幕と木造の屋台。
鼻腔をガンガンと殴りつけてくるのは、鉄板の上で焦げる獣肉の脂の匂い、強烈な香辛料の刺激臭、そして行き交う人々のむき出しの汗と熱気だ。
「おいそこの姉ちゃん! どかないと荷馬車に轢かれるぞ!」
「この香草は金貨一枚だ! それ以下なら帰んな!」
怒号のようなダミ声が、あちこちで爆発音のように飛び交っている。
アルフェン王国の貴族が見れば「野蛮だ」と顔をしかめて卒倒しそうな光景だが、俺の足取りは羽が生えたように軽い。
これだ。この荒々しいまでの購買意欲。むき出しの欲望が渦巻く巨大な市場。
胸元のハリネズミがヒョッコリと顔を出し、スパイスの匂いに刺激されたのか「キュプッ」と小さなくしゃみをする。
「ははっ、刺激が強すぎたか? でも、ここが俺たちの新しい戦場だ」
俺は乱れた金髪を無造作に手で梳き、市場の中心部へとズカズカと歩みを進める。
すれ違う帝国の民たちは、泥だらけの高級ドレスという異様な出で立ちの俺を奇異の目で見るが、そんなものは王宮の冷たい視線に比べればそよ風みたいなものだ。
俺の目は今、完全に『商人』のモードに切り替わっている。
右の屋台、左の陳列棚、行き交う人々の服の生地、すれ違う荷馬車の積荷。
そのすべてから、この帝国の経済レベルと流通の血液の流れを瞬時に読み取っていく。
(なるほど。軍事大国と聞いていたが、民衆の活気は凄まじいな。だが……)
俺はふと、小綺麗な布が張られた日用雑貨の屋台の前で足を止める。
そこには、木箱に無造作に積まれた薄黄色の塊があった。
「……おやじさん。これ、見てもいいか?」
「あん? ああ、構わねえが、冷やかしならよそへ行きな。それは帝国じゃあ滅多にお目にかかれない高級な『石鹸』だぜ」
店主の歯の欠けた男が、値踏みするような視線を向けてくる。
俺は手袋を外し、その薄黄色の塊を手に取る。
ズシリと重い。だが、表面はザラザラとしていて不純物が混じり、何より……強烈な獣脂の酸化した臭いが鼻を突く。
胸元のハリネズミが「キュウゥ……」と嫌そうに鼻先を前足で覆い隠した。
同感だ。
俺の脳内で、即座に空想のECサイトの『レビュー欄』が展開される。
『評価:星1.0』
『臭すぎる。洗う前より油臭くなる。最悪』
『肌が荒れました。二度と買いません』
『これで高級品とか冗談でしょ? ぼったくりです』
(……こんな粗悪品が、高級品として流通しているのか?)
アルフェン王国のスラム街で配られる支給品以下の品質だ。
「いくらだ、これ」
「銀貨三枚だ。王国の商人から直接仕入れた一級品だからな」
俺は無表情のまま石鹸を木箱に戻す。
銀貨三枚。平民の家族が三日は食べていける金額だ。こんなゴミに。
「ありがとう、参考になった」
店主の舌打ちを背中で受け流し、俺はさらに市場の奥、富裕層や貴族の使い走りが集まる高級エリアへと向かう。
護衛の傭兵が立つ、ひときわ立派な天幕。
そこに並べられていたのは、ビロードの布の上に鎮座する『鏡』だった。
青銅を磨き上げたものや、裏面に粗悪な金属箔を塗っただけのガラス鏡。
俺は一番大きなガラス鏡の前に立つ。
映し出された俺の顔は、輪郭がぐにゃりと歪み、黄ばんで見えた。
気泡だらけで、表面の研磨も素人同然だ。
アルフェン王国の俺の工房なら、失敗作としてその場で叩き割っているレベルの代物。
「お嬢さん、触らないでいただこう。それは金貨三十枚の品だ。君のような……その、事情がありそうな身なりの者が買えるものではない」
恰幅の良い商人が、俺の泥だらけのドレスを見てあからさまに鼻で笑う。
金貨三十枚。
(……正気か?)
俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
アルフェン王国での相場なら、どんなに高くても金貨一枚だ。
それが国境を一つ越えただけで、三十倍に跳ね上がっている。
しかも、この絶望的なまでに低い品質で、だ。
情報格差。
技術の停滞。
そして、圧倒的なまでの『供給不足』。
「……なるほど。アルフェン王国の貴族どもは、この圧倒的な利益を一部の特権階級だけで独占していたわけだ。帝国にはわざと粗悪品を高値で売りつけ、自分たちだけが甘い汁を吸っていたと」
すべてが繋がった。
アルフェン王国がなぜあれほど裕福だったのか。
そして、俺という物流の要を失った王国が、これからどれほど凄惨な地獄を見るのか。
だが、そんなことはもうどうでもいい。
俺の脳細胞は今、目の前に広がる『無限の金脈』の採掘方法を計算するのに忙しい。
(もし俺が、前世のECサイトの知識とアルフェン王国で培った製法を使って、純白で香り高い『本物の石鹸』と、歪み一つない『完璧なガラス鏡』を作ったらどうなる?)
普通に店を出して売る?
いや、ダメだ。それだと帝国の商人ギルドに目をつけられ、潰されるか買い叩かれるのがオチだ。
信用ゼロ、資金ゼロ、後ろ盾ゼロの追放令嬢が、この巨大な市場で一瞬にして頂点に立つためには、圧倒的で暴力的なまでの『販売戦略』が必要だ。
俺の脳裏に、馬車の中で見たECサイトの真っ赤な文字がフラッシュバックする。
『タイムセール!』
『限定10個! これを逃せば次はありません!』
『購入者の99%が星5の最高評価!』
これだ。
人は「いつでも買えるもの」には金を出さない。
「今しか買えない」「限られた人間しか持っていない」という『希少性』にこそ、狂ったように群がり、財布の底をひっくり返すのだ。
問題は、その凄まじい価値と熱狂を、どうやって帝国の貴族たちに周知させるか。
手紙を出す? チラシを配る? 遅すぎる。
もっと速く、もっと広範囲に、商品の魅力を一瞬で叩き込む手段……。
「……魔道具」
俺の唇から、無意識にその単語がこぼれ落ちる。
アルフェン王国では一部の貴族しか使わなかった、遠くの景色を映し出す『映像水晶』や、声を遠くまで届ける『通信魔道具』。
あれを組み合わせれば。
俺が商品を『作る過程』から、その美しさ、香りの素晴らしさ、そして「たった今、限定で売りに出す」という情報を、帝都中の貴族の館へリアルタイムで『配信』できたら?
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!
血流が沸騰するような興奮が全身を駆け巡る。
誰も見たことがない。誰も想像すらしていない。
異世界のECサイトの『煽り』と『レビュー』の概念を、魔法というテクノロジーで現実世界に具現化する。
これは単なる商売ではない。
価値観の破壊であり、経済の革命だ。
「キュイッ!」
俺の心拍数の異常な上昇に気づいたのか、胸元のハリネズミが顔を出し、俺の顎をチクチクとした針で軽く小突く。
俺は天を仰ぎ、声を殺して肩を震わせる。
笑いが、歓喜の笑いが止まらない。
「ふふっ……あははははっ! 最高だ。やっぱり世界は、バカみたいに面白い!」
周りの商人や通行人が「頭のおかしい女がいるぞ」と距離を取っていくが、俺の視界にはもう、金貨の雨が降る未来しか見えていない。
俺は歪んだ鏡を売る商人の前を堂々と通り過ぎ、市場のさらに奥、工房の貸し出しエリアへと力強い足取りで向かう。
手持ちの資金は、ドレスの裏に縫い付けていたわずかな宝石だけ。
だが、これで十分だ。
いや、お釣りすら来る。
俺は胸元の相棒の小さな頭を指で撫でながら、誰に聞かせるでもなく、しかし絶対の確信を持って宣言する。
「――世界一の商売を始めます」
追放された悪役令嬢による、帝国の常識を根底から覆す『魔道具ネット通販』の歴史が、今、この泥にまみれた国境の街から幕を開けた。
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