シーン3:【追放の馬車と謎の相棒】目覚める『ECサイト閲覧』スキル
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ガタゴト、ガタゴト、ガタゴト。
車輪が整備された王都の石畳から未舗装の土の道へと切り替わった瞬間、容赦ない振動が粗末な木製の座席を伝わり、俺の背骨を直接ガンガンと打ち据えてくる。
(冷たい、痛い、カビ臭い。追放される令嬢への嫌がらせとしては、百点満点のセッティングだな)
窓枠の歪んだ隙間から容赦なく吹き込んでくる夜風が、薄いシルクのドレスを通り抜けて肌を刺す。
窓から差し込む青白い月明かりだけが、この独房のように狭く薄暗い馬車の中を照らしている。
馬車の外では、無言のまま手綱を握る護衛の騎士たちが、俺を国境の森へ向かってただひたすらに運んでいく。
数時間前まで完璧にセットされていたはずの金髪はすっかり乱れ、ドレスの裾は泥と埃で汚れきっている。
だが、不思議と気分は悪くない。
いや、違う。胃の底からふつふつと湧き上がる強烈な高揚感が、冷え切った指先を内側から熱く燃やしているのだ。
ガサガサッ。
ふと、足元の暗がりから小さな音がした。
ネズミか? それともゴキブリか?
俺はドレスの裾を引き寄せ、目を凝らす。
座席の下の深い影が、もぞもぞと不規則に動いている。
「……なんだ、お前」
俺はゆっくりと身をかがめ、月明かりの当たる場所へその小さな影を誘い出す。
ツンッと鼻先を突き出してきたのは、両手にすっぽり収まるほどの丸い生き物。
針葉樹の葉のようにツンツンと尖った背中。クリクリとした黒曜石のような丸い瞳。そして、ヒクヒクと忙しなく動く小さなピンク色の鼻。
ハリネズミだ。
ただのハリネズミではない。背中の針の先端が、微弱な魔力を帯びて淡く青色に発光している。魔獣の一種だろうか。
「キュッ……?」
そいつは俺の泥汚れたドレスの裾に短い前足をかけ、首を傾げながらつぶらな瞳でこちらを見上げてくる。
野生の警戒心はゼロかよ。
俺は手袋を外し、そっとその小さな顎の下を指の腹で撫でる。
「キュウゥ……」
チクチクとした針の感触とは裏腹に、お腹の毛は驚くほど柔らかく滑らかだ。
小さな体温が、冷え切っていた俺の指先にじんわりと伝わってくる。
「ははっ。お前もあの息苦しい城から追い出されたクチか? それとも、俺の新しい商売の最初の客になってくれるのか?」
ハリネズミは答える代わりに、短い足で器用に俺の膝の上へよじ登り、くるんと丸くなって目を閉じた。
どうやら、この孤独な追放劇に、一匹の愛らしい相棒ができたらしい。
胸の奥でピンと張り詰めていた糸が、ふっと緩むのを感じる。
さあ、観客(騎士たち)の目もない。城の連中の監視もない。
膝の上で規則正しい寝息を立てる小さな体温を感じながら、俺は座席に深く背中を預ける。
そして、誰にも聞かれないほどの微かな声で、長年隠し続けてきた『鍵』の言葉を紡ぐ。
「――起動」
パァンッ、と。
何もない虚空に、幾何学的な光の粒子が集束する。
網膜を直接焼くような鮮烈な光が弾け、馬車の薄暗い空間に、一枚の巨大な『窓』が浮かび上がる。
半透明の光の板。
そこに敷き詰められているのは、アルフェン王国のどんな魔法学者も、どんな大商人も見たことがないであろう、極彩色の情報群だ。
上部には空白の検索窓。
左側には『日用品』『食品』『家電』『ファッション』といった、細かすぎるカテゴリの羅列。
中央には、色鮮やかな商品の画像と、目を引く赤い文字での『タイムセール!』『残りわずか!』『本日限りポイント5倍!』という過激な煽り文句。
そして、それぞれの商品の下には、黄色い星のマークと『レビュー(口コミ)』の数字がズラリと並んでいる。
俺だけが持つ、この世界で唯一の規格外スキル。
『異世界ECサイト閲覧』。
前世の記憶……などという不確かなものではない。物心ついた時から、俺の脳内にはこの『現代日本の巨大ネット通販サイト』にアクセスできる回路が存在していた。
もちろん、画面の向こうの商品を直接取り寄せることはできない。
だが、ここに詰まっている『知識』と『販売戦略』は、どんな魔法よりも強力な武器になる。
「久しぶりにゆっくり見られるな」
俺は空中の画面に向かって指を滑らせる。
スワイプ、スクロール、タップ。
指先の動きに合わせて、光の画面が滑らかに推移する。
スクロールしても、スクロールしても、商品は無限に湧き出てくる。
「シャンプー詰め替え用、大容量パック。……星4.5、レビュー件数12,500件か」
俺は商品を一つタップし、詳細画面を開く。
『泡立ちが良くてリピートしてます!』
『香りが少しキツいかも。でもコスパは最高』
『梱包が丁寧で翌日に届きました。ショップの対応に感謝です』
購入者たちの生々しい声の数々。
この『レビュー』と『星の数』という概念こそが、これからの俺の商売の根幹を成す最強の兵器だ。
アルフェン王国では、商品の価値は「どの有力貴族が使っているか」という権威主義だけで決まっていた。品質が悪くても、王太子が褒めればそれが最高級品になる狂った市場。
だが、ここは違う。純粋な『消費者の声』が価値を決め、品質と価格のバランスがすべてを支配する、徹底的な実力主義の世界だ。
「これまでは、物流の最適化や製品の配合比率を調べるためだけに使っていたが……これからは違う」
俺は画面をスクロールしながら、向かっている隣国ヴァルツ帝国での『売り方』を脳内で高速で組み立てていく。
今の俺には資金も、コネも、工房もない。
完全なゼロからのスタート。
だからこそ、これまでの常識をすべてひっくり返せる。
膝の上のハリネズミが、眩しい画面の光に「キュ?」と寝ぼけた声を上げる。
「ごめんな。眩しかったか? でも、これからもっと眩しいものを見せてやるよ」
俺はハリネズミの柔らかい背中を撫でながら、光の画面の向こう側――窓の外に広がる真っ暗な森の先を見据える。
あの国境を越えれば、軍事力は強大だが文化や娯楽が決定的に不足していると噂される、巨大な市場(ヴァルツ帝国)が口を開けて待っている。
「鏡、石鹸、香水、保存食……。この画面にある『当たり前』を、あの帝国の連中にどう魅せるか」
ただ店に並べて売るだけじゃない。
このECサイトにある『数量限定』の煽りや、『レビュー』による信用の可視化。
それを魔道具を使って、リアルタイムで再現できれば……。
「――ふふっ、あははははっ!」
馬車の中に、俺の笑い声が響き渡る。
貴族令嬢の優雅な作り笑いではない。腹の底から湧き上がる、生粋の商人としての歓喜の笑いだ。
外にいる騎士たちが何事かと身をすくめる気配がするが、知ったことか。
さあ、待っていろヴァルツ帝国。
俺の『魔法』で、お前たちの財布の紐を根こそぎ解き放ってやる。
そして、せいぜい今のうちに震えて眠れ、俺を追い出したアルフェン王国の愚者たちよ。
世界を一変させる『商売』の幕開けは、もうすぐそこまで来ている。
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