シーン2:【茶番の裏側】偽造された証拠と、俺の『本当の価値』
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俺の淀みないカーテシーと、一切の未練を感じさせない即答。
想定外の反応を浴びた大広間は、文字通り水を打ったように静まり返る。
シャンデリアの魔力光が、微かに揺れる埃の粒まで鮮明に照らし出している。
誰も息をしていないのではないかと思うほどの沈黙。
その重苦しい空気を最初に引き裂いたのは、宰相バルディスのわざとらしい咳払いだ。
「ゴホンッ……! 強がるのもそこまでにされるがよろしい、セシリア嬢」
バルディスは細い目をさらに細め、爬虫類のように舌舐めずりをする。
彼の手にある分厚い羊皮紙の束が、カサリと乾いた音を立てる。
縛っていた粗悪な麻紐をほどき、これ見よがしに一番上の紙を宙に掲げる。
「ここに記されているのは、貴女が過去三年にわたり、王国の特産品である香料と加工ガラスの輸出において、不当な中抜きを行った証拠。そして、隣国ヴァルツ帝国へ機密情報を売り渡していたという、商人ギルドからの告発状ですぞ」
バルディスの声は、まるで劇場で大見得を切る役者のように広間に響き渡る。
しかし、俺の目はごまかせない。
掲げられた羊皮紙は、折り目ひとつない真っ白な新品。
インクはまだ完全に乾ききっておらず、魔力光を反射して不自然なテカリを放っている。
本物の商人ギルドの帳簿というものは、馬車の荷台で揺られ、泥と汗と手脂にまみれ、端がボロボロに擦り切れているものだ。
(……詰めが甘すぎる。偽造するなら、せめて一週間くらい日干しして汚せよ)
俺は心の中で呆れ果てる。
だが、その安っぽい偽造書類を前に、アルベルト王太子は鬼の首を取ったようにふんぞり返る。
「見ろ、この動かぬ証拠を! お前が裏で私腹を肥やし、我が国を売り渡そうとしていたことは明白だ! 公爵家の威光に隠れれば、すべて誤魔化せるとでも思ったか!」
「……」
俺は反論の言葉を紡ぐ代わりに、冷ややかな視線でアルベルトの足元から頭の先までを観察する。
この男は、本当に何も分かっていない。
いや、彼を焚き付けたバルディスでさえ、国の経済という巨大な獣の『本当の姿』を理解していない。
(俺が抜けた後の物流網を、お前らはどうやって維持するつもりだ?)
俺の脳内で、瞬時にアルフェン王国のサプライチェーンがシミュレーションされる。
王国の主要輸出品である『鏡』と『石鹸』。
これらは、ただ工房で作って馬車に乗せれば売れるという単純なものではない。
鏡の主原料となる北方のケイ砂は、気性の荒い鉱山ギルドを俺が直接金と酒で手懐けて、ようやく安定供給を確保している。
香料の抽出に必要な特殊なガラス瓶は、東の職人街の元締めと俺が個人的な信用で結んだ独占契約だ。
そして何より、それらを運ぶ運送ギルドの荒くれ者たちは、「セシリアお嬢様の荷だから」という理由だけで、盗賊の出る危険なルートを昼夜問わず走ってくれている。
つまり、アルフェン王国の輸出を支えているのは、王家の権威でも公爵家の財力でもない。
俺という個人の『信用』と『緻密な調整力』という名の、目に見えないインフラだ。
「どうした、反論もできないか!」
アルベルトがバルコニーから身を乗り出し、勝ち誇ったように叫ぶ。
「お前が管理していたすべての商会特権、そして物流の決裁印は、たった今からバルディス宰相が引き継ぐ! お前のような毒婦の手から、王国の財産を正常な状態に戻すのだ!」
「……正常な状態、ですか」
俺は思わず、声に出して笑いそうになるのを必死に堪える。
ドレスのスカートを強く握りしめ、震える肩をどうにか押さえつける。
(俺を追放して、俺の決裁印を宰相が握る。……マジか。こいつら、自分から国の首を絞めにいってるぞ)
明日、俺が王都を去ったという情報が商人ギルドに回る。
その瞬間、北の鉱山ギルドは出荷を止める。
三日後、東のガラス職人たちは「話が違う」と契約を破棄する。
一週間後には、王国の倉庫から輸出用の在庫が完全に底をつく。
そして一ヶ月後……王国の市場には一切の物資が入らなくなり、価格は十倍に跳ね上がり、税収は途絶え、民衆は暴動を起こす。
すべてが、ドミノ倒しのように連鎖していく。
それを食い止めるための『楔』は、今まさに、彼ら自身の手で叩き壊されようとしているのだ。
「その決裁印、確かにお返しいたします」
俺は胸元から、公爵家商会のトップであることを示す重厚な金の印章を取り出す。
鎖を外し、近くに控えていた近衛騎士の盆の上に、カチャリと静かな音を立てて置く。
手のひらに残る、印章のわずかな温もり。
幼い頃から、文字通り血反吐を吐く思いで築き上げてきた商売の証。
だが、今の俺にはただの重たい金属の塊にしか感じられない。
「セシリア様……」
盆を受け取った近衛騎士が、気の毒そうな、痛ましげな視線を俺に向ける。
俺は彼にだけ見えるように、小さくウインクをして見せる。
「大事に扱ってくださいね。……次にそれを使う方は、きっと胃に穴が開くほどの苦労をされるでしょうから」
俺の言葉の真意に気づく者は、この広間には誰もいない。
バルディス宰相は、印章を手に入れた喜びに顔を歪め、油っこい手でそれを撫で回している。
アルベルトは、邪魔者を排除した己の権力に酔いしれ、周囲の貴族たちから降り注ぐ称賛の拍手を全身で浴びている。
「近衛騎士! この女を直ちに王城からつまみ出せ! 馬車を一つきり用意し、国境まで連行しろ! 二度とこのアルフェン王国の土を踏ませるな!」
「はっ!」
数人の騎士が、ガチャガチャと甲冑の音を鳴らして俺の周囲を取り囲む。
突きつけられる冷たい槍の穂先。
だが、俺の足取りは驚くほど軽い。
背中に刺さる無数の嘲笑と優越感に満ちた視線を、心地よい追い風のように感じながら、俺は大広間の重厚な扉に向かって歩き出す。
(さあ、沈みゆく泥舟の連中とはここでお別れだ)
一歩踏み出すごとに、肩にのしかかっていた重圧が剥がれ落ちていく。
貴族という窮屈な身分。
無能な王太子の機嫌を取るだけの日々。
そのすべてから解放され、俺はついに完全な『自由』を手に入れたのだ。
ギギギギ……ッ。
巨大な樫の木の扉が重々しい音を立てて開かれる。
吹き込んでくる夜風が、火照った頬を冷たく撫でる。
俺は一度だけ立ち止まり、背後の煌びやかな狂乱の舞台を振り返る。
シャンデリアの下で踊り狂う、哀れな愚者たち。
「――せいぜい、今のうちに笑っておくことだ」
俺の唇からこぼれた小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく、夜の闇へと溶けていった。
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