第97話 コンプライアンスの鉄槌と、永遠なる「再教育」
タナカが座標データを残して消えた直後、氷の塔の最上階には、凍てつくような静寂が戻ってきた。しかし、それは安息の静寂ではない。執行官コーデリアによる「刑期」の開始を告げる、死の沈黙であった。
「さて……イグニス君。そしてアクア君、ゲイル君、テラ君」
コーデリアが虚空から取り出したのは、血のように赤い表紙のバインダーだった。そこには『損害賠償請求書兼、無期限強制労働契約書』という、おぞましい文字が踊っている。
「我が社を裏切り、競合他社(魔王軍)へ機密情報を持ち出し、不当な離職によってプロジェクトを遅延させた。……その対価は、死などという安いものでは払いきれないわ」
コーデリアが指を鳴らすと、四天王の首元に、黒い電子制御の首輪が装着された。それはステータスを極限まで封印し、着用者を「強制的な労働」に従事させる魔法具であった。
「君たちのこれまでの贅沢な給与、福利厚生……そのすべてを返還してもらう。まず、君たちの社会的評価は既にマイナスよ。全ギルドに通達したわ。『この4名は重大なコンプライアンス違反につき、一生涯まともな雇用を禁ずる』とね」
「ひ、ひぃっ……!」
イグニスたちが絶望に顔を歪める中、コーデリアは冷徹に続けた。 「君たちには、新生ユグドラシル社の『最下層事務処理センター』にて、死ぬまで終わらない不具合報告書の整理と、クレーム対応の電話番をこなしてもらう。もちろん、給与はゼロ。福利厚生もなし。休息は1日に15分の『マインドフルネス瞑想』のみよ」
その光景を見ていた「食卓の騎士」の面々は、一様に顔を青ざめさせ、数歩後ずさった。
「……おい、ライオネル。あれは本当に、同じ人間のすることか?」 騎士の一人が、震える声で呟く。 「剣で斬り捨てられた方が、どれほど慈悲深いか……。彼女は彼らを『殺して』いない。ただ、彼らの『魂と尊厳』を永遠の事務作業という地獄に叩き落としたのだ……」
ライオネルもまた、額に嫌な汗を浮かべていた。戦場での死を誉れとする彼らにとって、コーデリアが行っている「社会的抹殺」と「精神的収監」は、いかなる暗黒魔法よりも邪悪で、底知れない恐怖を感じさせるものだった。
「これが……『鬼のチーフ』の……いや、企業の真の怒りか……」
四天王たちは、コーデリアの背後に広がる「現実世界のオフィス」という名の深淵に飲み込まれていく。彼らの目は、もはや光を失い、ただの「労働力という名のパーツ」に成り下がっていた。
「……さあ、片付けは終わったわ。次は、本当の『出勤』の時間ね」
コーデリアはタナカが残した座標データを見つめ、ライオネルたちの方を振り返った。その微笑みは、騎士たちをさらに戦慄させた。




