第95話 熱暴走する世界と、タナカの独り言
ユグドラシル・エクスプレスが氷の塔の外壁を突き破り、轟音と共に突入しました。しかし、そこで私たちを待ち受けていたのは、敵の迎撃だけではありませんでした。
「……暑い。何よこれ、北の氷河なのになんでこんなに熱いの?」
私は右腕のバグを抑えながら、額の汗を拭いました。船内の温度計は四十度を超え、警報が鳴り響いています。
「社長、これはアンカーの熱排出が追いついていない証拠です。現実世界との融合が無理やり進んだ結果、この世界のサーバー負荷が限界値を超え、オーバーヒートを起こしています」
ネットが火花を散らすコンソールを叩きながら叫びました。アリスCEOも険しい表情でモニターを凝視します。
「……物理的な冷却だけじゃ足りないわ。人間の意識が多すぎて、処理が追いついていないのよ。このままじゃ、融合が終わる前にこの世界そのものが焼き切れるわね」
その時、背後で「あー、やっぱりこうなりましたか」という気の抜けた声が聞こえました。タナカが、熱風の中でも涼しい顔で、古いアイスノンを首に巻いて立っていました。
「タナカさん、何か知っているの?」
私が尋ねると、タナカは窓の外で溶け始めた巨大な氷柱を眺めながら、不気味なことを口にしました。
「人間というのは、起きているだけで莫大なリソースを消費するバグの塊ですからねぇ。……いっそ全員、寝かせてしまえばいいんですよ。脳の空き容量を、演算ユニットとしてシェア(共有)すれば、サーバーの負荷なんて一瞬で解決するんですが……。まぁ、今のコーデリア社長には、まだ早いお話ですね」
タナカはそう言うと、持っていた古い週刊誌でパタパタと自分を仰ぎ、資材置き場の方へ消えていきました。
「……全員を寝かせる? 脳の空き容量をシェアするって、どういうこと?」
私の疑問を遮るように、前方から禍々しい炎が噴き出しました。
「……お喋りはそこまでだ、裏切り者の元・上司共! ここから先は、神の給与を受け取った俺たちの仕事場だ!」
炎の中から現れたのは、高額報酬に釣られて転職したイグニスでした。しかし、その瞳の下には、十倍の給料を稼ぎ出すための過酷な労働(監視業務)による、深いクマが刻まれていました。
「イグニス……。あなた、そんなにボロボロになってまで、ガラハッドに仕えているの?」
「うるせぇ! これも老後のためだ! 行くぞ、業務キルプロセス、開始だぁぁ!!」
かつての仲間との、悲しき「不当競争」の幕が開きました。




