第92話 動物園の再集結と、病床の予感
墜落した天空の城アヴァロン。瓦礫を撤去して急造された司令室に、私は立っていた。隣には副社長のライオネル、そして共同創業者のアリスCEO。
私たちの前には、あの時と変わらない、しかし少しばかり煤けた顔をした五人の幹部たちが並んでいた。
「……というわけで、葛城総理は逝ったわ。これからは私がこの会社、新生ユグドラシル社の社長として、この世界の再構築を指揮する。異論はないわね?」
私の言葉に、最初に反応したのは深紅のスーツの美女だった。スカーレットは相変わらず煙管をふかし、紫煙を吐き出しながら私をなめ回すように見る。
「あらあら。あの出戻りのお嬢様が、ついに神様の椅子を奪っちゃったわけ? ……いいわよ。あっちの堅物総理よりは、あなたの方が面白そうだもの。諜報・工作担当として、引き続き可愛がってあげるわ」
「プッ、買収完了(MBO)ですか。笑えませんね、僕の計算外ですよ」
パーカーのフードを深く被ったネットが、現実世界から降ってきた最新のノートPCを叩きながら毒づく。
「でも、管理者権限(アリスCEO)がそっちにいるんじゃ、僕たちに拒否権はない。……情報解析とハッキング、今まで通り回してあげますよ。その代わり、僕の股間の安全は保障してくださいね。ゼクスさんは今は寝てるんだから」
「キャハハ! 社長だってー!」 「新しいお洋服、用意してくれるー?」
ゴスロリ衣装の双子、ミナとマナが私の周りを飛び回る。彼女たちが通った後には、現実世界のジャンクフードのゴミが散らかっていた。
「……お前たち、いい加減にしろッ!!」
ついに、執事服の男が激昂した。サキョウは素早く全員の間に割って入り、乱れた空気を一瞬で整えると、私に向かって直角に最敬礼した。
「申し訳ございません、社長! 総理がいなくなっても、この連中の躾は一向に進んでおりません……! このサキョウ、組織運営と実務、そしてこの動物園の管理、命に代えても全うさせていただきます!」
サキョウの叫びに、私はどこか安心感を覚えた。このカオスな空気こそが、裏国家の力強さそのものだったからだ。
私は彼らに、この世界がデジタルな箱舟であること、そして現実との融合を平和的に進めるためのアンカー再起動計画を伝えた。
「作戦会議を始めるわよ。……サキョウ、ネット、スカーレット、ミナ、マナ。あなたたちの力が必要なの」
空気が一変した。 愉快な連中の顔つきが、一瞬で歴戦の戦士のそれに変わる。これが、葛城総理が遺した最高戦力の真価だ。
一方、アヴァロンの医療区画では、呪いの浸食を浄化中の三人の英雄たちが、外の騒がしさを感じ取っていた。
銀髪の美女ゼクスは、ベッドに横たわったまま、バイザーのない素顔で天井を見つめていた。
「……ふん。街の噂では、あのお嬢様が新総理……いや、社長になったそうだな」
隣のベッドで、糸目の男エルモが優雅に果物を剥きながら微笑む。
「手厳しいねぇ、ゼクス。でも、僕たちは最初から予感していたじゃないか。……彼女が、この停滞した世界を壊す唯一のイレギュラーだってことをね」
エルモは剥いたリンゴを、ぼーっと外を見つめていた少女、ルミに差し出した。
「ルミ、どう思う?」
ルミはリンゴを受け取ると、少しだけ表情を緩めた。
「……コーデリア、おねえちゃん。……あったかい、匂い。……あのひと、ただの、ひとじゃない。……ずっと、そう思ってた」
ルミの虚ろな瞳の奥に、確かな信頼の光が宿る。
「……ああ」
ゼクスが静かに目を閉じる。
「公爵やCEOを従え、あの野生児を懐かせ、ついには神を討った。……只者じゃないとは思っていたが、私たちの想像を遥かに超えていたようだな。……早く治して、職場復帰(現場)に戻るとするか」
呪いのノイズに侵されながらも、彼らの心には新しい「主」への期待と、未来への希望が芽生えていた。




