第87話 銀狼の咆哮と、恩返しの牙
時は少し遡る。 コーデリアたちが天空の城へ突入し、葛城総理との最終決戦を繰り広げていた頃。 地下帝国・居住区では、崩壊する空からの落石による危機が迫っていた。
逃げろ! 建物の中へ! 広場の中央で、住民たちを誘導している金髪の少年がいた。 少しダボっとしたローブを着た少年、リュカだ。
リュカくん! 空が……空が降ってくるよぉ! ミナとマナが泣きながら彼にしがみつく。
大丈夫。……僕が守るから。
リュカは空を見上げた。 現実世界の瓦礫――巨大な鉄塔やビルの一部が、雨のように降り注いでいる。 人間の魔導師なら、絶望する光景だ。 だが、リュカの金色の瞳だけは、冷静に落下軌道を予測していた。
(コーデリア様……。貴女が僕を拾ってくれた、あの日を思い出します)
かつて《死の森》で、恐ろしい魔獣として恐れられていた自分を、「モフモフだ!」と言って抱きしめ、名前をくれた人。 彼女のためなら、僕は人間として振る舞うことも、勇者パーティの魔法使いを演じることも厭わなかった。
でも、今は――。
ズドォォォォン!! 巨大な鉄骨の塊が、居住区の真上へ落下してくる。 防衛結界程度では防ぎきれない質量。
人間の姿じゃ、守り切れないか。
リュカは首元のチョーカーに手をかけた。 それは、強大すぎる魔力を抑え、人型を維持するための拘束具。
サキョウさん。ミナ、マナ。……少し驚かせるけど、許してね。
リュカがチョーカーを引きちぎる。 瞬間。 少年の小さな体が、眩い銀色の光に包まれた。
『グルルルルゥ……!!』
光の中から現れたのは、家一軒ほどもある巨大な獣。 燃えるような金色の瞳、月光のように輝く銀色の毛並み。 伝説の魔獣――銀狼フェンリル。
わっ、わんちゃん!? おっきい! ミナとマナが口をあんぐりと開ける。
リュカは彼女たちを一瞥して「ワン(伏せてろ)」と短く鳴くと、強靭な後ろ足で地面を蹴った。
『ガアアアアアッ!!』
銀色の閃光となり、空へ駆け上がる。 彼は落下してくる巨大な鉄骨に空中で食らいつき、その顎の力で噛み砕いた。 バギィッ!! 鉄骨が粉々になり、無害な小石となってバラバラと落ちる。
なんてことだ……。 サキョウが眼鏡をずり落とす。 あの子は魔導師などではなかった。この国最強の「番犬」だったのか。
『グルァァァッ!』
リュカは空を駆け回り、風の魔法と強靭な肉体を駆使して、降り注ぐ瓦礫を次々と迎撃していく。 魔法障壁ではない。 その身そのものが、最強の盾であり矛。
(汚れる? 構うものか。あとでまた、コーデリア様に洗ってもらえばいい!)
かつて主がしてくれた《全自動洗浄乾燥》の心地よさを思い出し、リュカは尻尾を振った。 彼女が守ろうとしたこの街を、傷つけさせるものか。
その時、上空の《アヴァロン》が軌道を変え、荒野へと墜落していくのが見えた。
『クゥン……(終わった……)』
リュカは瓦礫の山の上に降り立つと、遠くの土煙を見つめ、高らかに遠吠えを上げた。
『ワオオオオオオオオオン!!』 (コーデリア様、おかえりなさい!)
もふもふー! ミナとマナが、巨大なリュカの腹毛にダイブする。 リュカは呆れつつも、その体を地面に横たえた。 魔力は使い果たしたが、主のもとへ駆けつける体力は残っている。
リュカくん……いや、リュカ様。 サキョウが敬意を込めて近づく。 救助隊の護衛、頼めるか?
『ワン!(任せろ)』
リュカはサキョウたちを背中に乗せると、風のように荒野を駆け出した。 もう魔導師のフリは終わりだ。 これからは、彼女の愛犬として、堂々と隣に立つのだ。




