第7話:聖女の進軍は、まるでDDoS攻撃のように
王都の謁見の間。 そこには、いつになく殺気立った空気が流れていた。
「――聞いたか? 北の『死の森』に、伝説の聖獣が現れたらしい!」 「なんと! それを従えているのが、あの『追放された悪役令嬢』だとか……」
貴族たちのヒソヒソ話を切り裂くように、壇上のアリスが声を張り上げた。
「皆様! 聞いてくださいまし! 夢でお告げがあったのです!」
ピンク色の髪を揺らし、アリスは両手を組んで祈るポーズをとる。その瞳は潤んでいるが、計算高い光がチラついていた。
「可哀想な聖獣様が、邪悪な魔女に捕らわれて泣いています! 『助けて、清らかな聖女様』と! 私、どうしても助けに行かなくちゃ!」
「おお、なんて慈悲深い……!」 「魔女とは、コーデリアのことか! 追放されてなお、聖獣を虐げるとは!」
王子クリフォードが剣を抜き放つ。
「よし、アリス! 僕がその願いを叶えよう。近衛騎士団を率いて『死の森』へ進軍し、魔女を討伐! 聖獣を保護(という名のペット化)するのだ!」
「きゃあ、クリフォード様素敵ぃ!」
盛り上がる会場。 その隅で、騎士団長ライオネルは無表情を貫いていた。 だが、その内心は嵐のように荒れ狂っていた。
(……バカなのか? あいつらは全員、バカなのか?)
「聖獣が泣いている」? 否。あの聖獣は先週末、コーデリアにブラッシングされて腹を見せて爆睡していた。 「邪悪な魔女」? 否。彼女は今頃、私が差し入れた最高級茶葉でティータイムを楽しんでいるはずだ。
(止めなければ。……いや、待てよ)
ライオネルは冷徹な計算を働かせた。 ここで正面から反対すれば、自分が「魔女の味方」だと疑われ、コーデリアへの物資輸送ルート(週末の通い妻ルート)が絶たれる恐れがある。 ならば、取るべき手段は一つ。
(情報を流す。そして、彼らを『盤上』で完封する)
ライオネルは静かにその場を離れ、懐から通信用の魔道具を取り出した。
◇
一方、北の最果て。 私は畑で採れた巨大カボチャと格闘していた。
「うーん、重い! リュカ、手伝って!」 「ワン!(任せろ)」
その時、私のポケットに入れていた通信石が震えた。 ライオネルさんからだ。
『緊急連絡。明日、王太子と聖女が率いる討伐隊が出発する。目的は君の排除と、リュカの奪取だ』
「……はぁ」
私は深い深いため息をついた。 せっかくのカボチャの収穫時期に、なんて迷惑なイベント(仕様変更)だろうか。
『兵力は約50。ただし、私が指揮権の一部を握っているから、意図的に進軍を遅らせることはできる。到着まで3日の猶予があるはずだ』
「了解です(ラジャー)。情報提供ありがとうございます、ライオネルさん」
『……君に危害が及ぶようなら、私は職を辞してでも彼らを斬る覚悟だ』
「物騒なこと言わないでください。残業続きで判断力が鈍ってますよ」
私は通信を切ると、足元のリュカを見下ろした。
「聞いた? あなたを『保護』しに来るんですって」 「グルル……(俺を犬扱いできるのは主だけだ)」
リュカが不快そうに鼻を鳴らす。 私はカボチャの上に座り、指先で空中に青白い光の図面を描き始めた。
「相手がその気なら、こちらも迎撃準備(システム構築)といきましょうか」
相手は数で攻めてくる。いわば、サーバーへの大量アクセス攻撃(DDoS攻撃)のようなものだ。 ならば対策は決まっている。 強固なファイアウォールと、アクセス分散、そして――。
「トラップの実装ね」
私はニヤリと笑った。 悪役令嬢の魔力と、社畜SEの悪知恵。 この二つが組み合わさった時、どれほど凶悪なダンジョンが生まれるか、彼らは身を持って知ることになるだろう。
「さあリュカ、森の動物たちにも声をかけて。……『フェス』の開催よ!」
◇
3日後。 クリフォード王子と聖女アリス率いる討伐隊は、自信満々で《死の森》の入り口に到着した。
「ふん、不気味な森だ。だが、聖女の加護がある我々に敵はない!」 「そうですわ! さっさと魔女を懲らしめて、わんちゃん(聖獣)を貰いましょう!」
意気揚々と森に足を踏み入れる一行。 しかし、彼らはまだ気付いていなかった。 入り口に立てられた看板に、小さな文字でこう書かれていることを。
【これより先、関係者以外立ち入り禁止(No Trespassing)】 【違反者は、排除(Delete)します】
森の木々が、ざわざわと不穏に揺れ始めた。




