第6話:王都は炎上中(物理ではない)、現場は順調です
一方その頃、王都の王城では。 コーデリアを追放した張本人である第二王子クリフォードが、書類の山に埋もれて悲鳴を上げていた。
「ええい! なぜだ! なぜ書類が減らない!? 予算の承認はどうなっている!?」
執務室に怒号が響く。 側近の文官が、青ざめた顔で震えながら答えた。
「で、殿下……。それが、予算管理を行っていたのは、実はコーデリア様でして……」 「は? あの女はただの意地悪な令嬢だろう?」 「いえ、彼女は『効率化のため』と言って、王宮の経理システムを独自の魔術式で自動化していたのです。彼女がいなくなった途端、システムが停止し、手計算に戻ってしまい……」
「な、なんだと……!?」
さらに、別の騎士が飛び込んでくる。
「報告します! 西の街道に出現した魔物の群れですが、討伐隊の編成が間に合いません!」 「なぜだ! 騎士団長はどうした!?」 「ラ、ライオネル閣下は『有給休暇を消化する』と言って、週末になると行方をくらませてしまいます!」
「クソッ! どいつもこいつも!!」
クリフォードは頭を抱えた。 隣では、ヒロインである聖女アリスが「クリフォード様ぁ、お茶淹れましたぁ~(ハート)」とニコニコしているが、カップの中身はただの砂糖水だった。 癒やしどころか、血糖値とストレスが上がるだけだ。
「コーデリア……。あの女、まさかこれを見越して……?」
違う。 彼女はただ、定時で帰るために業務効率化していただけだ。 その事実を知る由もなく、王城の業務は崩壊の一途をたどっていた。
◇
一方、北の最果て《死の森》。 ここでは、王都の喧騒とは無縁の、優雅で暴力的な収穫作業が行われていた。
「ライオネルさん、そこ! 右翼展開!」
「承知した!」
ズドォォォン!!
轟音と共に、土煙が舞い上がる。 我が家の「週末限定・住み込みバイト」こと、ライオネル公爵が、国宝級の魔剣を地面に突き刺していた。 剣から放たれた衝撃波が土を掘り返し、地中に眠っていた《ミスリル・ポテト》が次々と空中に打ち上げられる。
「ナイス・ショット。回収!」
私が風魔法でポテトをキャッチし、籠へと放り込む。 隣ではリュカ(フェンリル)が、逃げようとするポテト(この世界の野菜はなぜか動く)を前足で器用に押さえ込んでいた。
「ふぅ。今週の収穫はこれで完了ね」
額の汗を拭うと、ライオネルさんがキラキラした笑顔で駆け寄ってくる。 その手には、泥だらけのジャガイモが握られていた。
「コーデリア嬢! 見てくれ、この大きさ! 素晴らしい!」
「ええ、助かりました。さすが騎士団長、鍬より剣のほうが耕すのが早いのね」
「君のためなら、この剣で山をも切り開こう」
爽やかに言い放つ公爵。 王都では「冷徹な殺戮マシーン」と恐れられている彼だが、ここではただの「頼れる力持ちのお兄さん」だ。 ハーブティーと新鮮野菜の食事療法(および社畜同士の傷の舐め合い)によって、彼の顔色はすっかり良くなり、肌艶もツヤツヤになっている。
私たちはウッドデッキに戻り、採れたてのポテトを蒸して、バターを乗せただけの「じゃがバター」を食べることにした。
「……美味い」
ライオネルさんが一口食べて、天を仰ぐ。
「王宮のフルコースより、君と食べるこの芋のほうが、数千倍価値がある」
「お世辞が上手ですね。でも、労働の後のご飯は格別でしょう?」
「ああ。……ずっと、こうしていたい」
彼がポツリと漏らした言葉に、熱っぽい響きが混じる。 その瞳が、じっと私を捉えた。
「コーデリア。私は本気だ。週末だけでなく、ずっとここに――」
その時。 私の脳内で、システム警告音が鳴り響いた。 《警告:恋愛フラグを検知しました》 《対処法:鈍感スキル発動、または話題の強制終了》
私は慌ててジャガイモを彼の口に押し込んだ。
「あ、そういえば! 王都はどうなんです? 殿下が私の捜索願いを出してるとか?」
口を塞がれたライオネルさんは、もごもごとジャガイモを飲み込み、少し残念そうに、しかし真面目な顔に戻って答えた。
「……ああ。クリフォード殿下は、君の抜けた穴の大きさに気づき始めている。業務が回らなくなり、『戻ってこい』と喚いているそうだ」
「うわぁ……」
予想通りの展開に、私は顔をしかめた。 戻る? あのデスマーチ現場に? 冗談じゃない。今の私は、完全週休7日、裁量労働制、福利厚生(温泉・サウナ完備※魔法で作成予定)の勝ち組なのだ。
「絶対にお断りです。もし強制連行しに来たら、家の周りに結界を張って引き籠もります」
「安心しろ。私の目の黒いうちは、君に指一本触れさせない。……殿下の命令であっても、私が握りつぶす」
ライオネルさんの目が、一瞬だけ「冷徹公爵」のものに戻った。 怖い。けど、頼もしい。
「それに……近々、王宮で舞踏会が開かれる。そこで『聖女』アリスの正式なお披露目があるらしいのだが」
「へぇ、おめでたいですね(棒読み)」
「問題は、その席でアリス嬢が『魔女の森の浄化』を宣言する可能性があるということだ」
「……はい?」
魔女の森? それってここのこと? 浄化? それって、私とリュカを退治するってこと?
「やれやれ……。静かに暮らしたいだけなのに、どうして向こうからバグ(トラブル)が寄ってくるのかしら」
私はため息をつき、冷めたハーブティーを飲み干した。 どうやら、私のスローライフを守るためには、もう少し積極的な「防衛策(セキュリティ対策)」が必要になるかもしれない。
「ライオネルさん」 「なんだい?」 「次に来るとき、王都の『最新のゴシップ誌』と『アリス嬢の行動ログ』を持ってきてください。……傾向と対策を練ります」
私の目が怪しく光ったのを見て、ライオネルさんは嬉しそうに頷いた。
「承知した。共犯者になれるなら、本望だ」
こうして、王都の混乱をよそに、私たちは着々と「迎撃準備」を整え始めたのだった。




