第30話:招かれざる客は、ネタバレ(予言)を口ずさむ
異端審問官ゼクスの襲撃を退け、私たちは《装甲馬車マイホーム号(ドワーフ製・対衝撃サスペンション付き)》で北の荒野をひた走っていた。
車内には、重苦しい空気が流れている。 原因は、私の膝の上でスヤスヤと眠っている少女、ルミだ。
「……チーフ。その子は、本当にただの遭難者ですか?」
助手席のアーサーが、バックミラー越しに疑いの眼差しを向けてくる。
「さっきの戦闘、どう見てもおかしいです。ゼクスの放った《アンチウイルス・ファイア》は、物理干渉を無視してデータを焼く炎でした。それを、あんな小さな子が『睨んだだけ』で無効化するなんて」
「わかってるわ」
私はルミの銀色の髪を撫でた。 彼女の寝顔は無防備そのものだ。だが、私の《鑑定眼》をもってしても、彼女のステータスが表示されない。 【Name: Lumi / Status: Protected】 まるで、システム領域にある重要ファイルのように、アクセスが拒否されている。
「……彼女が『バグの種』なのか、それとも『バグを抑制する鍵』なのか。今は情報が足りないわ」
「もし彼女が、運営が送り込んだスパイだとしたら?」
「その時は、私が処理する。……でも今は、震えている子供を見捨てるわけにはいかないわ」
私がそう言うと、ルミが寝言のように小さく呟いた。
「……ううん、ちがうよ。……カミサマは、もうみてるよ……」
その言葉に、背筋がゾクリとした。 彼女は眠ったまま、虚空を見つめているような気がした。
◇
日が暮れ、私たちは岩陰で野営をすることになった。 焚き火を囲み、レトルトのシチューを温める。 ルミは目を覚ますと、驚くべき食欲を見せた。
「おかわり!」
「え、もう3杯目だけど?」
小さな体のどこに吸い込まれていくのか。彼女は私の作ったシチューをブラックホールのように吸い込み、ケロッとしている。 食料リソースの消費速度が異常だ。
「……ごちそうさまでした」
満腹になったルミが満足げに笑った、その時だった。
ジャラン……♪
静寂な荒野に、不釣り合いな弦楽器の音が響いた。
「敵襲!?」
ライオネルさんが即座に剣を抜き、社畜騎士たちがアタッシュケース型魔導具を構える。 私たちは《認識阻害結界》の中にいるはずだ。外部からは見えないし、音も漏れないはず。 なのに、音は結界の「内側」から聞こえてきた。
「おや、物騒だねぇ。美味しい匂いに釣られただけの、しがない旅人だよ」
焚き火の向こうの闇から、一人の男がぬらりと現れた。 糸のように細い目。飄々とした笑み。 手には古びたリュートを持った、吟遊詩人だ。
「貴様、いつの間に結界の中に……!」
ライオネルさんが剣先を向けるが、男は動じない。
「結界? ああ、この薄い膜のことかい? 『入れ』って書いてあったから、つい」
「書いてあるわけないでしょ! 最高レベルのセキュリティよ!」
私が叫ぶと、男は「おっと失礼」と肩をすくめた。
「自己紹介が遅れたね。僕はエルモ。物語を拾って歩く、ただの詩人さ」
エルモは私の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。
「会いたかったよ、**《異界の管理者代理》さん。……いや、今は《反逆のデバッガー》**と呼ぶべきかな?」
「……ッ!?」
こいつ、知っている。 私がただの悪役令嬢転生者ではないことを。 そして、私たちが運営に抗おうとしていることを。
「あなた、何者? ゼクスの仲間?」
「まさか。あんな石頭の掃除屋と一緒にしないでくれよ。僕はただ、この物語のエンディングが気になっているだけの観客さ」
エルモは焚き火のそばに勝手に座り込み、リュートを弾き始めた。
「~♪ 世界はバグに満ちている。 ~♪ 勇者は剣を捨て、魔王は残業に泣く。 ~♪ そして『カミサマ』は、一番近くでサイコロを振る」
不気味な歌。 エルモの細い目が、一瞬だけ開き――その奥にある瞳が、ルミを捉えた。
「……おや。そこには『迷子の天使』もいるじゃないか。それとも『堕ちた管理者』かな?」
ルミがビクリと肩を震わせ、私の背中に隠れる。
「やめて……。そのひと、きらい」
「ははは、嫌われちゃったね。でも、お嬢ちゃん。君も『思い出す』時が来るさ。自分が何のために、そこに配置されたのかをね」
場が凍りつく。 この男、明らかに事情を知りすぎている。 だが、敵意は見えない。むしろ、楽しんでいるようだ。この状況を、ゲームのイベントシーンとして鑑賞しているかのように。
「……エルモと言ったわね」
私は警戒を解かずに告げた。
「私たちについてくる気?」
「もちろん。君たちの旅は、間違いなく『世界の核心』に繋がっているからね。特等席で見届けさせてもらうよ」
「断ると言ったら?」
「それはおすすめしないなぁ。……僕は、君たちが探している《鍵》の場所も、これから起きる《バグ》の予兆も、少しだけ知っているからね」
交換条件。 情報は持っている。だが、信用はできない。 典型的なトリックスターだ。
「……いいでしょう。ただし、少しでも怪しい動きをしたら、即座に排除します」
「了解。お手柔らかに頼むよ、チーフ」
エルモはニッコリと笑った。 その呼び名。トリスタンやアーサーたちと同じ呼び方。 偶然か、それとも……?
夜が更けていく。 焚き火を囲むメンバーは増えた。 私、ライオネル、社畜騎士たち。 記憶のない少女ルミ。 全てを見透かす詩人エルモ。 そして、どこかで私たちを監視し、消去しようとする異端審問官ゼクス。
この中に、世界を滅ぼそうとする《カミ》がいるかもしれない。 疑心暗鬼の種を抱えたまま、私たちは眠れぬ夜を過ごすことになった。




