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過労死転生した最強悪役令嬢、追放されチートで聖獣とスローライフしてたら冷徹公爵に溺愛された件  作者: 限界まで足掻いた人生


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第26話:その喪失は、ログにも残らない

「ヒャッハァ! 労働の時間だァァ!」


ドーピングで理性を飛ばした社畜騎士たちが、四天王へ襲いかかろうとした瞬間だった。 世界が、軋んだ。


ギギギギギギ……ッ。


それは、巨大な鉄扉を無理やり抉じ開けるような、あるいは黒板を爪で引っ掻いたような、不快極まりない音。 森の空気が瞬時に凍りつく。 暴走していたアーサーたちの動きがピタリと止まり、威勢の良かったイグニスたち四天王も、怯えたように空を見上げた。


「……なんだ? 今の音は」


ライオネルさんが剣を握り直す。 私は戦慄した。この音を、私は知っている。 かつてサーバー室で聞いた、HDDが物理的にクラッシュする寸前の異音。 あるいは、システムが許容量を超え、強制終了する瞬間の断末魔。


「……まずい」


私の背筋に、氷のような冷たいものが走った。


「全員、動きを止めて! 何もしないで!」


私が叫ぶと同時だった。 赤黒い夜空に、**《亀裂》**が入った。 雲が割れたのではない。空という「背景画像」に、真っ黒なヒビが入ったのだ。 そこから、無機質な機械音声が降ってきた。


『――検知。エリアB-7にて、規定値を超える不正な処理負荷オーバーロードを確認』 『該当オブジェクトを特定。……排除パージを開始します』


声には、感情の一片もなかった。 怒りも、殺意すらない。ただ「掃除機でゴミを吸う」ような、事務的な響き。


ヒュンッ。


空の亀裂から、一本の細い「黒い光」が降り注いだ。 それは魔法のような派手なエフェクトではない。ただの「黒い線」だ。 その線が、後方支援のために魔力を高めていた魔導師――トリスタンを貫いた。


「――え?」


トリスタンの動きが止まる。 痛みはないようだった。彼は自分の胸を貫いた黒い線を見下ろし、キョトンとしている。


「トリスタン!」


アーサーが駆け寄ろうとする。 だが、トリスタンは片手を上げてそれを制した。 彼の顔色が、急速に青ざめていく。いや、青ざめているのではない。 彼の肌のテクスチャが剥がれ、その下にある**《ワイヤーフレーム(線画)》**が露出していたのだ。


「……ああ、なるほど。そういうことですか」


トリスタンは、妙に冷静な声で呟いた。 彼は、崩れ始めた自分の指先を見つめ、私の方へ視線を向けた。


「チーフ。……報告します。僕のステータス画面に、見たことのない項目フラグが立っています」


「喋らないで! 今すぐ修復コードを……!」


「無駄です。……HPが減っているんじゃない。『存在定義ファイル』が消されている」


トリスタンの下半身が、砂のようにサラサラとノイズになって消え始めた。 死ぬのではない。削除されるのだ。 肉体も、魂も、この世界での記録もすべて。


「トリスタン! 嘘だろ!? おい!」


アーサーとランスロットが泣き叫びながら手を伸ばす。 しかし、彼らの手はトリスタンの体をすり抜けた。もう、そこには判定(当たり判定)すらない。


「係長、エース、ガラハッド……。先におおいとまします」


トリスタンは微笑んだ。その笑顔のまま、右目のテクスチャが剥がれ落ち、内部の空洞が露わになる。 そして、彼は私にだけ聞こえるような小さな声で、最期の言葉(伏線)を残した。


「チーフ。……気をつけて。僕たちが転生したあの日……オフィスの時計は、**『逆回転』**していましたよ」


「……っ!?」


「それと、僕の端末ログ……『ゴミ箱』の中を見てください。……そこに、やつの正体が――」


ザザッ……プツン。


言葉は途切れた。 光も、音も残さず。 魔導師トリスタンだったものは、ただの空間の空白へと変わった。


後には、彼が持っていた杖と、ネクタイだけがポトリと落ちた。


「……トリスタン?」


アーサーが震える手で、地面に落ちたネクタイを拾い上げる。 返事はない。 彼がいた場所には、風が吹き抜けるだけ。


「う……うわああああああああっ!!」


社畜騎士たちの絶叫が、死の森に木霊した。 それは、仲間を失った悲しみであると同時に、突きつけられた「現実」への根源的な恐怖だった。 この世界では、命などデータの一つに過ぎない。 気に入らなければ、Enterキーひとつで消される。 それが、私たちの立っている場所なのだ。


「ひぃっ……! ば、バケモノだ……!」


その光景を見た四天王たちが、腰を抜かして後ずさりする。 「不死身」を自負する彼らでさえ、今の「削除」が、自分たちの蘇生能力すら及ばない領域の死であると本能で悟ったのだ。


『――処理完了。負荷レベル、正常値へ移行』


空の機械音声が淡々と告げる。 黒い亀裂がふわりと閉じていく。 まるで、最初から何もなかったかのように。


私は、唇を噛み切るほど強く噛み締めた。血の味が口の中に広がる。 これが、運営のやり方か。 警告も、戦闘もなく。ただ「処理が重い」という理由だけで、必死に生きていた部下を消したのか。


「……許さない」


私はトリスタンの杖を拾い上げた。 悲しみよりも先に、冷たくて重い、どす黒い怒りが腹の底で渦巻く。


「ライオネルさん」


「……ああ」


ライオネルさんは、蒼白な顔をしながらも、私の肩を支えてくれた。彼の手も微かに震えている。彼にとっても、部下のような存在だったのだ。


「総員、撤退します。……四天王も、そこに入りなさい!」


「は、はぁ!? 俺たちもか!?」


「死にたくなかったら来い! 今この森の外に出れば、あなたたちも『バグ』として消されるわよ!」


私の剣幕に押され、四天王たちは慌てて結界の中へと転がり込んだ。


ログハウスのリビング。 先ほどまでカレーの匂いがしていた場所は、お通夜のように静まり返っていた。 テーブルの上には、トリスタンの遺品であるネクタイと杖。


私は震える手で、ポケットの中の通信端末スマホを取り出した。 トリスタンが最期に言った言葉。 『端末のゴミ箱を見ろ』。


電源を入れる。 そこには、彼が消去される直前に、この世界内部のネットワークを通じて私に送信しようとしていた、破損したテキストファイルが一つだけ残されていた。


【件名:Re: プロジェクト・エデン計画書】 【本文:……逃げてください。この世界の『魔王』は、システムの外側に……】


文章はそこで途切れていた。 しかし、添付されていた画像データを見て、私は息を呑んだ。 それは、現実世界のオフィスの写真。 だが、窓の外に映っている景色は、東京の街並みではなく――赤黒く染まった、この異世界の空だった。


「現実と、異世界が……重なっている?」


トリスタンの死は、単なる減員ではない。 私たちが直面している「敵」の正体が、想像を絶する規模であることを示していた。


「……弔いは後です」


私は涙を拭わず、顔を上げた。


「彼のデータを、必ず復元してみせる。……たとえ神ののど元に噛み付いてでも」


第1章、後半。 スローライフは終わりを告げた。 ここにあるのは、生存を賭けた《対・神戦争》の最前線だ。

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