第25話:残業(防衛戦)は、ハイテンションで乗り切れ
《死の森》の空が赤黒く染まり、50体を超える《バグ・ウルフ》の群れがログハウスを取り囲んだ。 奴らの体は時折ノイズのように明滅し、普通の剣や魔法が通用しない「物理無効(Null)」属性を持っている。
「グルルル……(ノイズ音)」
ウルフたちが一斉に飛びかかってきた。 普通なら絶望的な状況だ。 だが、今の私の部下たちは「普通」ではなかった。
「ヒャッハァァァァ!! 仕事(敵)だぁぁぁ!!」
先陣を切ったのは、双剣使いのランスロット。 彼は《無限活力・マックス》の副作用で、瞳孔が開いた状態で爆笑しながら突っ込んだ。
「定時(死)まであと何分だ!? 全員処理してやるから並べぇぇぇ!!」
シュババババッ!! 彼が振るう双剣には、私が付与した《論理削除》の術式が纏われている。 物理攻撃が無効なバグ魔物に対し、彼は「存在そのものを却下する」概念攻撃を叩き込んだ。
「ギャウン!?」
斬られたウルフが、血ではなく「0」と「1」の粒子になって四散する。
「続きます! コンプライアンス違反(侵入者)は即刻排除!」
ガラハッドが大盾を構えて突進する。 その盾は《ファイアウォール》のように赤熱し、触れたウルフを瞬時に焼き払った。
「燃えろぉぉ! これが炎上案件の熱さだぁぁ!」
「くっ、魔力(MP)が減らない! 無限に撃てるぞ!」
後方ではトリスタンが杖をマシンガンのように連射し、魔法の弾幕を張っている。 アーサーに至っては、ネクタイを振り回しながらウルフの群れの中で踊っていた。
「見ろチーフ! 俺たちの働きぶりを! これならボーナス査定はA評価間違いなしだ!」
「……うるさいですね。もっと静かに処理しなさい」
私はウッドデッキから指示を飛ばしながら、少し呆れていた。 ドーピング薬の効果は抜群だが、人格への副作用(社畜ハイ)が強すぎる。 まあ、戦力としては申し分ない。
しかし。 群れの奥から、ひときわ巨大な影が現れた。 体長10メートルはある、群れのボス《キング・バグ・ウルフ》。 その体は半透明で、全身に《ERROR》という文字が浮かんでいる。
「オオオオオオッ!!」
ボスが咆哮すると、周囲の空間が歪み、ランスロットたちの動きがカクついた。 処理落ち攻撃だ。
「ぐっ……! 重い……! 動作が……!」 「タスクマネージャーが……応答しません……!」
騎士たちが膝をつく。 ボスが巨大な爪を振り上げ、動けないアーサーに狙いを定めた。
「――させん!」
疾風が走った。 ライオネル公爵だ。 彼は私が渡した《管理者の剣》――刀身に青白い回路模様が走る長剣を構え、ボスの懐に飛び込んだ。
「その歪んだ存在、私が断つ!」
ライオネルさんが剣を振り抜く。 と同時に、彼の身体からバチバチッ! と青い火花が散った。 魂への負荷。激痛が走っているはずだ。 それでも、彼の剣筋は揺らがない。
「《強制執行》ッ!!」
ズバァァァァン!!
青い閃光がボスの巨体を両断した。 断末魔すら上げる間もなく、巨大なウルフは光の粒子となって霧散した。
「……はぁ、はぁ……」
着地したライオネルさんが、剣を杖にして片膝をつく。 私は慌てて駆け寄った。
「ライオネルさん! 大丈夫ですか!?」
「……ああ。少し、痺れるな」
彼は苦笑したが、その顔色は悪い。 やはり、正規の住人(NPC)が管理者権限を使う反動は大きい。 急いで回復ポーション(トマトジュース割り)を飲ませる。
「無理しないでください。あなたが壊れたら、誰が私を守るんですか」
「ふ……君にそう言われると、死んでも死にきれないな」
彼が私の頭を撫でようとした、その時。
「おいおいおい! 随分と楽しそうじゃねーか!」
森の入り口から、聞き覚えのある、そして非常にやかましい声が響いた。 黒煙を纏い、ボロボロの(しかし復活したばかりの)5人の影。
「魔王軍四天王、再・登・場!!」
ドォォォン!!(爆発エフェクト・2回目)
イグニスたち5人が、無駄にカッコいいポーズで仁王立ちしていた。 騎士団との戦闘から数日しか経っていないのに、もう復活したのか。
「げっ……あのブラック企業の人たち」
私が嫌そうな顔をすると、イグニスがビシッと私を指差した。
「見つけたぞ、社畜騎士どもの飼い主! 今度こそ、我らの恐ろしさを……って、おい!」
イグニスが目を剥いた。 彼の視線の先には、ドーピングで目がバッキバキになったアーサーたちが、ゆらりと立ち上がる姿があった。
「あ? ……なんだ、また来たのか」 「ちょうど良かった。残業が足りないと思ってたんだ」
アーサーたちが、ゾンビのような動きで四天王にじりじりと近づく。 その背後には、「仕事が増えて嬉しい」という狂気オーラが漂っていた。
「ひぃっ!? なんだこいつら! 前よりヤバくなってねえか!?」
シャドウが一歩後ずさる。 復活早々、四天王たちは再び地獄(ブラック労働環境)の淵に立たされようとしていた。




