第24話:地獄の沙汰も『業務規定』次第
一方その頃。 魔界の最深部、魔王城の地下にある《霊安室兼・リスポーン待機所》。
静まり返った石造りの部屋に、電子レンジの「チンッ」というような軽快な音が5回連続で鳴り響いた。
シュウゥゥゥ……(ドライアイスのような煙)
部屋の中央に設置された5つの魔法陣から、黒焦げになった肉体が再生され、元の姿へと戻っていく。
「ぶはぁっ!! 死ぬかと思った……いや、死んだわ!」
最初に飛び起きたのは、リーダー格の火属性四天王。 彼は自分の体をペタペタと触り、五体満足であることを確認して叫んだ。
「おのれ、あの社畜騎士どもめ! いきなり必殺技(稟議書)をぶっ放してくるとは、大人の流儀を知らんのか!」
続いて、水、風、土の四天王もむっくりと起き上がる。
「最悪よぉ。爆風でメイクが落ちちゃったじゃない」 「ったく、鎧の修理費請求してやる」 「……眠い」
最後に、一番端の魔法陣から、闇属性の《シャドウ》が気だるげに起き上がった。
「あーあ。有給使って逃げようと思ったのに、結局巻き込まれましたよ。……シフト表どうなってんすか」
イグニスが不思議そうに首をかしげる。
「しかし、我々は確かに消し飛んだはず。なぜ生きている?」
シャドウが懐からボロボロの《魔王軍・就業規則ハンドブック》を取り出し、パラパラとめくった。
「あ、これっすね。第666条《上位魔族の福利厚生》について」
シャドウは棒読みで読み上げた。
【条文:幹部クラス(四天王以上)は、業務(世界征服)が完了するまで『死亡』を認めない。肉体が滅びた場合、3日間の待機時間を経て、強制的に蘇生させるものとする。なお、蘇生にかかる魔力代は給与から天引きされる】
シーン……。
沈黙の後、イグニスが絶叫した。
「ブラック企業じゃねーか!!!」
「『死んでお詫び』すら許されないってことね……」 「死後の安息すらないのか……」
四天王たちは頭を抱えた。 彼らは「不死身」の肉体を持っていたのではない。 **「死ぬことすら許されない労働契約」**を結ばされていたのだ。
その時、部屋の天井にあるスピーカーから、ノイズ混じりの不気味な声――魔王の声が響いた。
『――諸君。おはよう』
「「「「「社長(魔王様)!?」」」」」
『蘇生早々ですまないが、進捗はどうなっている? 勇者は倒したか? 世界は征服したか?』
イグニスが脂汗を流しながら直立不動になる。
「は、はい! 現在鋭意対応中であります! 先日は少々……予期せぬトラブル(ネクタイ型聖剣)により業務が停止しましたが、すぐに挽回いたします!」
『ふむ。期待しているぞ。……なお、次の査定までに成果が出なければ、来期は四天王を6人に増員し、君たちのポストを減らす』
『……プツン(通信終了)』
「「「「「ひぃぃぃぃっ!!」」」」」
増員。ポスト削減。降格。 死よりも恐ろしいワードに、四天王たちは震え上がった。
「や、やるしかねえ……! あのふざけた騎士どもを探し出して血祭りにあげ、実績を作るんだ!」
イグニスが拳を突き上げる。
「シャドウ! 奴らの足取りは!?」
「えーっと……。GPS(魔力探知)によると、北の《死の森》に入っていったみたいっすね」
「死の森だと? あんな僻地に何がある?」
「さあ? でも、そこに引き籠もってるみたいです」
「好都合だ! 逃げ場のない森で包囲し、今度こそ我ら5人の連携で地獄を見せてくれる!」
「「「「「おー!!」」」」」
こうして、不死身(という名の死ぬに死ねない)魔族たちは、再び地上へと進撃を開始した。 彼らはまだ知らない。 向かう先の《死の森》が、元社畜SEの手によって「対・運営用要塞」へと魔改造されており、先日自分たちを倒した騎士たちが「ドーピング漬け」で待ち構えていることを。
「行くぞ野郎ども! タイムカード(出勤)を押せぇぇぇ!」




