第22話:その「辞令」は、血塗られた文字で書かれている
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらカレーを完食した、元部下たち――《食卓の騎士》の4人。 彼らは食後のチャイを飲み終えると、それまでの弛緩した空気を一変させ、真剣な眼差しで私に向き直った。
「……チーフ。いえ、コーデリア様」
リーダーのアーサーが、ネクタイの結び目を正す。 その顔には、かつてデスマーチを生き抜いた戦士の影が宿っていた。
「カレーのお礼に、我々が掴んだ**《極秘情報》**を提供します。……我々がなぜ、魔王軍の四天王を襲撃してまで、あの『鍵』を奪ったのか」
「ただの退職願望じゃなかったの?」
「それもあります。ですが、最大の理由は……**『強制労働命令』**の存在を知ったからです」
「アップデート?」
私が眉をひそめると、ガラハッドが分厚い六法全書(のような魔導書)を開き、空中にホログラムを展開した。 そこに映し出されたのは、血のように赤い文字で書かれたシステムログだった。
【Update Patch Ver.6.6.6:全プレイヤーおよびNPCの《精神汚染》レベルを引き上げ、強制的に戦闘狂化モードへ移行させる】
「なっ……!?」
「これは、近日中に実装される予定のパッチです。この世界を管理している『何者か』は、この世界をスローライフ可能な箱庭ではなく……**《殺し合いの実験場》**に変えようとしている」
アーサーが拳を握りしめる。
「我々転生者は、そのための駒です。やがて自我を失い、殺戮マシーンとして使い潰される……。そうなる前に、運営元を叩き潰す必要があったのです」
室内の空気が凍りついた。 ライオネルさんが、静かに、しかし激しい怒りを湛えた声で問う。
「……つまり、何か。この世界の住人が争っているのは、誰かが意図的に仕組んだ『演出』だと?」
「肯定します。そして、その黒幕は……」
ランスロットが震える声で告げた。
「この世界の『外側』……つまり、チーフたちがいた《現実世界》にも存在しています」
――ドクン。
私の心臓が大きく跳ねた。 現実世界にもいる黒幕。 そして、この悪趣味な仕様変更。 脳裏に浮かぶのは、かつて私が所属していたブラック企業のトップ。利益のためなら社員の命も、ユーザーの心も踏みにじる、冷徹な経営陣の顔。
(まさか、ね。……いいえ、あり得るわ)
「タナカが言っていた『30日後の初期化』というのは、このデスゲーム化パッチの適用日のことだったのね」
私は理解した。 これは単なるバグ修正ではない。 世界そのものを「悪意」で塗り替える、最悪のアップデートだ。
「……許さない」
私の口から、低い声が漏れた。 スローライフ? 温泉? 美味しいご飯? それら全てを、くだらない実験のために奪おうというのか。
ガタッ。
私は椅子を蹴って立ち上がった。 その目には、かつて数多のバグを葬り去ってきた《鬼のデバッガー》の光が宿っていた。
「上等じゃない。……そのふざけた企画書、私が破り捨ててやるわ」
「コーデリア……」
ライオネルさんが立ち上がり、私の隣に並んだ。
「私はシステムのことはわからん。だが、君の敵になる者がいるなら、それが神だろうと悪魔だろうと斬るだけだ」
「我々も同行します! チーフの指揮下なら、どんな地獄でも生き残れる気がしますから!」
アーサーたちが敬礼する。 私は彼らを見渡し、不敵に笑った。
「いいでしょう。これより、対運営特別プロジェクトを発足します。……最初のタスクは、この世界の裏側に潜む《管理者用バックドア》の特定よ」




