第20話:食卓の騎士は、残業手当(ドロップアイテム)を要求する
世界のとある場所。魔王城の正門前。 そこに、異様な集団が立っていた。
彼らは銀色の全身鎧を纏っているが、その首元にはなぜか「ネクタイ」が締められ、手には剣の代わりに「アタッシュケース型魔導具」や「名刺手裏剣」を持っていた。
彼らの名は、勇者パーティ**《食卓の騎士》**。 前世、ブラック企業で苦楽を共にした同僚たちが集団転生した、悲しき社畜戦士たちである。
「――定刻だな。会議を始めるぞ」
リーダー格の男、騎士王**アーサー(元・係長)**が、腕時計を見る仕草をした。
「承知しました、係長……いえ、王よ。先方の担当者はすでにお揃いのようです」
双剣使いの**ランスロット(元・営業エース)**が、爽やかな営業スマイルで剣を抜く。
「コンプライアンス的に、この戦闘行為は正当防衛の範囲内です」
大盾を持つ聖騎士**ガラハッド(元・法務部)**が、分厚い六法全書(物理攻撃用)を構える。
対する魔王軍側。 ズラリと並んだのは、禍々しいオーラを放つ幹部たちだった。
「ククク……よく来たな人間ども。我らこそ、魔王様直属の精鋭**《四天王》**!」
「「「「「我ら五人衆!!」」」」」
――虚飾の爆炎、咲く。
背後に派手な演出を背負ってポーズを決めたのは、火・水・風・土・闇の属性を纏った5人の魔族たちだった。
「……あの。すいません」
アーサーが片手を挙げた。
「四天王って言いましたよね? なんで5人いるんですか? 定数超過では?」
「うるさい! 5人目が一番強いに決まっているだろう! それがこの業界の常識だ!」
真ん中のリーダー格(火)が吠える。 5人目の闇属性の奴が「僕、実はアルバイトなんで……」と小声で言っているが無視された。
「交渉決裂ですね。――総員、業務プロセスを開始せよ!」
アーサーの号令と共に、社畜騎士たちが動き出した。
◇
【ターン1:営業トーク(物理)】
「まずはアイスブレイクだ! 《名刺交換》!!」
ランスロットが目にも留まらぬ速さで突撃し、四天王(火)の懐に無数の「刃のついた名刺」をねじ込んだ。
――薄紙、風を斬る。
「ぐわぁぁ!? なんだこの切れ味は!?」 「我が社の真心(物理)です! さあ、契約(死)してください!」
【ターン2:リスク管理(防御)】
四天王(水・風)が反撃の魔法を放つ。 「生意気な! 津波と暴風で消し飛べ!」
「――異議あり。《安全衛生法違反》!」
ガラハッドが大盾を掲げると、不可視の障壁が展開された。
――拒絶の音、響く。
魔法は「労働基準法違反」として却下され、倍の威力で四天王に跳ね返った。
「なっ、我々の攻撃が『労災認定』されただと!?」
【ターン3:納期厳守(加速)】
「おい、定時まであと15分だぞ! 巻きでいくぞ!」
アーサーが叫ぶ。 後方支援の魔導師**トリスタン(元・進捗管理)**が杖を振るった。
「了解です! 全員にバフ付与! 《ラストスパート(ヘイスト・レベルMAX)》!」
――銀の疾風、景色を置き去る。
残像を残して移動する彼らに、5人の四天王たちは翻弄される。
「は、速い! 貴様ら、魔力消費を考えないのか!?」 「甘いな! 我々は徹夜明けの『ランナーズハイ』状態で常時戦っているのだ!」
【ターン4:最終決定(必殺技)】
「詰めだ! 全員、稟議書を回せ!」
アーサーが、首元のネクタイに手をかけた。
「この窮屈な社会(首輪)から、我らを解き放て……!」
シュルリ、と解かれたネクタイが、手の中でまばゆい黄金の光を放ち、硬質な刃へと変貌していく。 それは、全てのサラリーマンが夢見る「退職願」のように輝かしく、鋭利な聖剣。
――拘束の結び目、光へ昇華する。
「食らえ、社畜の魂! 《聖剣ネクスカリバー》ッ!!」
アーサーが振り下ろした光の刃。 それは、面倒な会議を一撃で終わらせる「鶴の一声」のごとき閃光。
「ちょ、タンマ! タイム!」 「あ、バイトの時間なんで上がります」
四天王たちの悲鳴も虚しく。
――光の飽和、世界を白く塗り潰す。
魔王城の正門付近が、静寂だけを残して更地になった。
◇
「……ふぅ。お疲れ様です(オツカレサマデス)」
土煙が晴れた後。 アーサーたちは再びネクタイを締め直し、整列して一礼した。 5人の四天王たちは、黒焦げになってピクピクしている(バイトの闇属性だけは、上手く有給を使って逃げたようだ)。
「係長。ドロップアイテムの回収完了しました」 「よし。魔石は経費で落とすとして……問題はこれだ」
アーサーは、倒した四天王の一人が持っていた「奇妙な鍵の欠片」を拾い上げた。
【アイテム名:デバッグルームの鍵(欠片C)】
「……なんだこれは。この世界のシステムに関わる重要アイテムっぽいな」
ガラハッドが眼鏡を光らせて分析する。
「最近、世界各地でバグが多発しているという報告があります。おそらく、この鍵を集めれば『運営』に直談判できるのでは?」
「運営にか? ……なるほど」
アーサーはニヤリと笑った。 彼らの目的は、魔王を倒すことではない。 このふざけた世界からログアウトし、日本の(ホワイトな)企業に再就職することだ。
「ならば、我々の次のタスクは決まった。残りの鍵を探し出し、運営元を突き止める」
「賛成です。……ところで係長」
ランスロットがお腹をさすった。
「腹が減りました。この近くに、とんでもなく美味い飯を出す『謎の露天風呂付き拠点』があるという噂を聞いたんですが」
「ほう? 経費で落ちるなら行ってみるか」
「なんでも、そこには『伝説の聖獣』と『最強の悪役令嬢』がいるとか」
「悪役令嬢? ……ふん、どうせ我々のような『転生組』だろう。名刺交換くらいはしておいて損はない」
食卓の騎士たちは、アタッシュケースを拾い上げ、閉じた。
――冷徹な施錠の音。
彼らはまだ知らない。 その向かう先が、かつて自分たちの会社の《鬼のチーフ》だったコーデリアの家であること。 そして、そこで提供される食事が、彼らの社畜魂を骨抜きにする「劇薬」であることを。
「行くぞ! 今日は直帰だ!」 「「「イエス・ボス!!」」」




