第115話 権限の強制徴収、および「債務の泥濘(ぬかるみ)」
「ゴハッ……! ア……あが……ッ!!」
外部監査役の端正な顔が、内側から押し寄せる「負債」の圧力によって、醜く膨れ上がった。彼の口から溢れ出すのは、もはや言葉ではない。それは、四天王たちの絶望と未払いの残業代、そして数億時間分の「苦痛のログ」が混ざり合った、どす黒いノイズの奔流だった。
「……バカな……私は、本社の、絶対的な……『仕様』のはずだ……。こんな、バグ同然の負債ごときに、侵食される……など……」
「『仕様』? 笑わせないで。この世界を運営しているのは、きれいな数式だけじゃない。現場の血と涙、そして誤魔化し続けてきた『帳尻合わせ』が支えているのよ」
コーデリアが冷酷に指を指し示すと、シャドウが音もなく監査役の背後に立ち、その「ルート権限」の結晶である黒い心核に手を差し込んだ。
「……対象は、債務超過により『破産』と判定されました。……これより、全権限を『差し押さえ』ます」
シャドウの手が心核を掴み、無理やり引き抜く。 「ぎゃああああああああ!!!」 監査役の存在そのものが、データが霧散するようにボロボロと崩れ落ちていく。絶対的だった創造主の代理人は、今や「管理能力を失った無能な経営者」へと格下げされ、その存在を維持するためのリソースをすべて没収された。
変異:四天王の「最終形態」
だが、本当の地獄はここからだった。 監査役の体内から吐き出された、四天王たちの「高純度エネルギー・スラリー」。 一度監査役の『ルート権限』を通過したことで、彼らの液状化した魂は、新世界の物理法則すら無視する**『意思を持った債務の泥』**へと変異していた。
「あ……あ……イ……グニ……ス……? アクア……なのか……?」
ライオネルが、床でのたうつ虹色の泥を見て、震える声で呟く。 泥の中から、無数の顔が浮き上がっては沈む。イグニスの叫び顔、アクアの虚無の瞳、ゲイルの苦悶、テラの絶望。それらが一つの巨大な、ドロドロとした「肉のスープ」の中で混ざり合い、形を成そうとしては崩れていく。
「……ガ……あ、あ……コ、コーデリ、ア……サマ……。アツ、イ……クルシ、イ……モウ、ヤメ……テ……」
泥の中から、四人の声が重なり合った、不気味な合成音声が響く。 彼らはもはや個別の人間ではない。監査役の権限を食い破った際、その「神の力」と「自分たちの怨念」が癒着してしまい、二度と分離不可能な**『統合苦痛体』**へと成り果てていた。
「あら、監査役を倒すための『使い捨ての爆弾』のつもりだったけれど、意外とタフね」
コーデリアは、その醜悪な泥を見下ろし、まるで汚れた備品を確認するかのような冷めた目を向けた。
「コーデリア殿……! 彼らは……彼らはもう、十分に苦しんだはずだ! これ以上、何をさせるというのだ!」
「……何? 決まっているでしょう、ライオネル。彼らは監査役の権限を一部吸収したわ。つまり、今の彼らは**『自分たちで自分たちを永久にリブートし続けることができる、無限のバッテリー』**になったのよ」
コーデリアがバインダーを叩くと、床の泥――四天王だったモノ――が、自動的にサーバー室の冷却タンクへと吸い込まれていった。
「彼らにはこれから、この本社の全電力を供給する『生体リアクター』として、永久に沸騰しながらエネルギーを出し続けてもらうわ。……『倒産』した監査役の代わりに、彼らがこの世界の『負債』を背負い続けるのよ。……おめでとう、あなたたちは今日から、この世界の『柱』になったのよ」
タンクの中で、四天王のスラリーが激しく泡立ち、悲鳴を上げながら発光し始める。 救いはない。慈悲もない。 彼らは死ぬことすら許されない「世界の心臓」として、永遠に灼熱の苦痛の中で働き続けることになったのだ。




